CA920 – スウェーデンで再び始まった図書館法制定論議:経済危機を背景に / 木下淑恵

カレントアウェアネス
No.173 1994.01.20


CA920

スウェーデンで再び始まった図書館法制定論議−経済危機を背景に−

スウェーデンは,図書館の整備された北欧で唯一図書館法を持たない国である。すでに1974年の議会の決議により図書館活動を含む国家の文化政策の基本方針が設定されたほか,1985年には図書館活動のガイドラインが定められているが,図書館法についても,この1974年及び1985年いずれの年においても話題にはなったものの,制定には至らなかった。現在,図書館活動は,これら基本方針及びガイドラインを基礎として行われている。

ところが,最近あらためて図書館法の制定をめぐって議論が起こっている。1990年,国の文化問題審議会(Kulturradet)は図書館法制定の問題を提起した。その背景には,現在のスウェーデンが陥っている深刻な経済危機がある。すなわち,スウェーデンにおいては,公共図書館の充実は地方自治体であるコミューン(全国に約300存在する)に任されている。しかし,このところ不景気のため多くのコミューンでは財政事情が悪化しており,こうしたところでは図書館関係の予算がそのあおりを受けて減らされるなど,従来通りの規模で図書館活動を続けていくことがたいへん困難になりつつあるのが実情である。さらに,1991年の政権交代により,それまで図書館活動の発展に好意的であった社会民主党から保守系の政党に政権が移ったことから,国家レベルにおいても図書館関係の予算・補助金等が削減されるのは必至であると言われている。

審議会は当時から始まっていた多くのコミューンにおけるこのような図書館活動縮小の動きがスウェーデンの図書館に重大な影響を与えることを懸念した。図書館法制定の是非は,議会の文化委員会において図書館政策とともに議題とされ,l992年秋には公聴会も開かれた。これまで図書館法制定に反対してきた有力な意見のうちには,法律で最低基準を定めることで図書館活動の一層の発展が妨げられる恐れがあるとの見方があった。

しかし,賛成派は,現状をみる限り法律がなくても図書館活動のレベルは低下していると反論する。実現してはいないものの,図書貸出しの有料化を検討中のコミューンもある。さらに審議会委員の一人が公聴会で語ったところによると,1989年にデンマークが図書館にかけた費用は,住民一人当たり371クローナ,フィンランドが290クローナであるのに対し,スウェーデンでは262クローナに留まっている(1989年12月当時,スウェーデン・クローナは約24円)。

一方,図書館法制定に難色を示しているのは,主にコミューンである。国家からの補助金が十分に得られないまま多くの義務が法定されるのは,現在の経済状況からしても大変に厳しい負担をもたらす恐れがある。

政府は現在議会に対し,1974年の文化政策の基本方針を評価するための調査報告書のとりまとめを要請しているが,審議会は,その報告書中に,公共図書館の法制度についてもとりあげることが必要だと訴えている。

スウェーデンの図書館法制定論議が結論を出すには今しばらく時間がかかりそうであるが,国内ではさまざまな討論会も開催されるなど盛り上がりを見せている。

木下淑恵(きのしたよしえ)

Ref: Mannerheim, Ylva. Vi vill ha bibliotekslag ! Biblioteksbladet 77 (9) 265, 1992
Att ha eller inte ha en bibliotekslag. Biblioteksbladet 77 (10) 295-296, 324, 1992
白井静子 スウェーデンの図書館から(3): スウェーデンの図書館の歴史 みんなの図書館 (147) 60-65, 1989