CA665 – ヘッドホンで聴く利用案内 / 児玉理恵

 

カレントアウェアネス
No.129 1990.05.20

 

CA665

ヘッドホンで聴く利用案内

館内ツアーと言えば,1人のガイド役がグループになった利用者達をひき連れて館内を案内しながら,図書館のしくみや利用法を説明する,という形式が伝統的である。

しかし,最近,視聴覚メディアを使った利用者教育の一つとして,カセットテープ・ツアーが注目を集め始めた。

これは,利用者おのおのが携帯用カセットテープの説明を聴きながら自分のペースで館内をめぐるもので,またの名をウォークマン・ツアーと言う。日本では,慶応大学の三田情報センターなどが実施している(Ref 1)

一方,アメリカのテキサス芸術工科大学の中央図書館,スターリング・C・エヴァンス図書館では,1987年の秋,カセットテープ・ツアーを試行し,その教育効果を調査した(Ref 2)。ここでは,その報告を紹介しよう。

エヴァンス図書館は学生数約39,000人ものマンモスキャンパスに所属している。カセットテープ・ツアーを企画したのは,利用指導の需要の多さにレファレンス・ライブラリアン達が対応しきれなくなった事に端を発している。

それまでエヴァンス図書館では,新入生104クラス(1クラス約25人)に対する館内ツアーやオリエンテーションから大学院生対象の資料案内まで,幅広い利用指導を行なってきた。

しかし大学院生の質問は年々増え,新入生クラスからの利用指導の要望も高まる一方。加えてツアーに問題が出てきた。各クラスの担当教員にガイド役を依頼しているのだが,コンピュータ導入など近年変化の多い館内のしくみを理解してもらうため,図書館員が104人の教員を再教育する必要が生じてきたのである。その上困ったことに,学生数は数年後に増える予定というが,予算の関係上図書館員の増員は見込めない。

もっと人手をわずらわさず効果的な方法はないものか―そこに浮上してきたのがカセットテープ・ツアーだった。ビデオなどと比べ制作費も安く,館内の変化に応じて内容の改訂もしやすい。何よりも学生各自のペースで利用できる点が高く買われた。

ただ,「果して従来のツアーと同じだけの知識を学生が吸収してくれるだろうか」という疑問の声もあったため,まずカセットテープ・ツアーの教育効果を調査し,良い結果が出れば本格的な実施に移そうという事になった。

テープの脚本は,館内の部局内の代表者からなる委員会が制作。プレーヤーの亡失を防ぐため,学生証と引き替えに貸し出すという方式も決められた。

調査の方法は次の通りである。学期初めの2ヶ月間にツアーを申し込んだ新入生クラスのうち,いくつかにカセットテープ・ツアーに参加してもらい,他のクラスには従来通りのツアーを行なう。ツアーの前後,計2回,図書館の利用法やしくみを問うペーパーテストをする。テストは全37問の多肢選択式で,事前と事後では問題の順序が変えてある。学生には前もって,テストは普段の成績に影響しないと告げておく。

テストの結果は採点後グラフ化されたが,カセットテープ・ツアー組と従来のツアー組とでは,ほとんど同じ結果が得られたのである。事前のテストの誤答数は両グループとも同じで,37問中12.4問。事後のテストの誤答数は,従来組8.69問,テープ組8.46問,とほぼ同じ数値であった。また,事前より事後の方が好成績だった学生の割合は,従来組の82.76%に対しテープ組は80.25%とわずかに低いが,この程度の違いは統計上ほとんど意味をなさないとみなされた。

かくしてカセットテープ・ツアーの教育効果は認められ,プレーヤーや電池など機材の維持管理のし方についてもあらかじめ配慮した上で,本格的な実施に踏み出す事となった。

エヴァンス図書館では,この方法の導入により図書館員には時間的余裕が生まれ,今後,よりレベルの高いレファレンスに力を注げるようになると見込んでいる。

世は情報化時代,利用者からの質問が急増し,図書館員はてんてこ舞い。似たような説明のくり返しにくたくたになり,かといって職員数が増える見込みはない―こうした悩みをかかえる図書館の少なくない昨今,このような,カセットテープに図書館の基本的な使い方を吹き込んだ利用案内は,なかなか魅力的な方法ではないだろうか。

児玉理恵

Ref:
1)丸本郁子ほか 大学図書館の利用者教育 日本図書館協会 1989.8
2)Candace R. Benefiel and Joe Jaros, “Planning and Testing a Self-Guided Taped Tour in an Academic Library”, RQ 29 (2): 199-208 (Winter 1989)