CA623 – カンボジア国立図書館の再生へ向けて――コーネル大の援助プロジェクト―― / 山口学

カレントアウェアネス
No.122 1989.10.20


CA623

カンボジア国立図書館の再生へ向けて
−コーネル大の援助プロジェクト−

カンボジア語は,オストロアジア語族モン・クメール語に属し,かって東南アジア一円に君臨したクメール王朝の公用語として広く通用していた。現在でも旧カンボジア王国領以外にもベトナム,タイ,ラオス領に居住するカンボジア人約1000万人が使用している。ロンノルのクーデターが起るまで,カンボジアではカンボジア語の新聞,雑誌,小説の出版が盛んであり,小・中学校の教育もカンボジア語で行なわれていた。1975年から79年にかけ政権を掌握したクメール・ルージュは,「宗教および帝国主義者が及ぼした害毒の抹殺」を掲げて,彼等の影響を受けたすべての記録を消滅しようとした。約60人の図書館員の殆んどは殺害された。首都プノンペンの国立図書館でも,数万部の蔵書が焼却され,残ったのは数百部にすぎなかった。図書館は豚小屋として使用された。

コーネル大学は,約2000点のカンボジア関係資料を所蔵しており,その半数は,主にカンボジアの歴史,政治,文化に関するカンボジア語の図書や文献である。本年になってカンボジア国政府は,コーネル大がその蔵書をカンボジア国立図書館の蔵書の再生に役立てようというプロジェクトに許可を与えた。コーネル大は蔵書をマイクロフィルム化したコピーをカンボジアに送付する。

さらに,クメール・ルージュの支配をのがれることの出来た書籍の劣化防止措置方法についてカンボジア人に対して研修を行なうこととなり,4月にジョン・ディーンなど3名の図書館員が,カンボジアに数週間滞在し,仏典や文学作品が書かれた貝多羅葉の文書の防虫などの作業の訓練にあたった。コーネル大は,これら貝多羅葉のマイクロフィルム化を計画している。さらに,旧トウルスレン高等学校を留置場にして,クメール・ルージュが行なった,10万ページに及ぶ自白調書のマイクロ化をも計画している。犠牲者は,ベトナムやCIAの手先だと「自供」させられた後,処刑されたのである。

本年10月には,人類学者のレジャーウッド女史が,クリストファー・レイノルズ財団の助成を得てプロジェクト遂行のために1年間カンボジアに滞在する予定である。コーネル大の定評ある東南アジア地域研究とそのぼう大なコレクションの発展はアメリカの戦後の東南アジアへの積極介入政策と無関係ではあり得ない。それが,ベトナム戦争の鬼っ子とも言えるクメール・ルージュの所業によるカンボジア文化の消滅の危機を救う柱石となっている事に,歴史の皮肉を感ぜずにはいられないが,資料収集ひいては図書館が民族文化に対してもつ役割の重要性を,あらためて内外に印象づけるプロジェクトと言えよう。

山口 学

Ref. New York Times 1989.7.26