CA2000 – 動向レビュー:米国のIMLSが戦略的5か年計画で描くこれからの図書館像-地域変革における触発機能- / 豊田恭子

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カレントアウェアネス
No.348 2021年06月20日

 

CA2000

動向レビュー

 

米国のIMLSが戦略的5か年計画で描くこれからの図書館像-地域変革における触発機能-

北海学園大学非常勤講師:豊田恭子(とよだきょうこ)

 

 米国の博物館・図書館サービス機構(Institute of Museum and Library Services:IMLS)は、2018年からの戦略的5か年計画として「地域変革(Transforming Communities)」を掲げ(1)、崩壊が叫ばれる米国の地域コミュニティの再生にあたって、博物館・図書館がどういった役割を果たせるかを探ろうとしている。

 本稿では、この計画のもとに実施されている「地域触発構想(Community Catalyst Initiative)」の内容と、それによって助成を受けているプログラム事例を手掛かりにしながら、IMLSが目指そうとしている図書館の将来像を読み解いてみたい。

 なお、IMLSの戦略は、その組織的性格からあくまで「博物館・図書館」をセットにして描かれたものだが、本稿の関心は図書館の将来像にあることから、IMLSの提案のなかから、図書館関連部分のみを抽出している。また、IMLSの掲げる「コミュニティ」という単語を、ここではあえて「地域」と訳した。IMLSの力点は明らかに地域ベースの共同体に置かれていること、地方政府や行政組織との連携を重視していることなどから、日本語としては「地域」のほうがしっくりくるという判断による。しかし解釈にあたっては、地理的な枠組みを超えたさまざまな原理で結び付いた集団も含んだ概念として、広義に捉えていただけるよう、お願いしたい。

 

1.「生涯教育」から「地域振興」へのシフト

 米国で、図書館や博物館などの文化施設一般に関する連邦予算を管理するIMLSが、「地域触発構想」を発表したのは、2016年7月のことである(2)。その年を最終年とした前回の戦略的5か年計画(2012年-2016年)では、テーマを「学びの国の創造」とし(3)、どちらかというと博物館・図書館のもつ生涯教育機能を重視していたが、次の戦略計画策定を前に、「構想」の形で、「地域」を前面に押し出した考え方をまず発表した形になる。翌年に発表されることになる現在の5か年計画(2018年-2022年)のテーマ「地域変革」につなげていく道筋が、このころから模索されていたとみていいだろう。

 地域社会にとっての博物館・図書館の価値が立証し得なければ、公的資金の支援が得られにくくなっている、という経済的事情が背景にあることは想像に難くない。しかしもう一方で、21世紀に入って以降、図書館の社会的価値が地域コンサルタントなどの間で注目を集め、地域発展において果たす役割についての期待が次第に高まってきたことなども、少なからず影響しているとみられる(4)

 「生涯教育」から「地域振興」へのシフトは、図書館サービスの優先順位を多くの点で変化させることにつながっている。つまり、利用者個々人がその時々に図書館に求めてくることに集中するよりも、地域づくりの将来を見据えて、図書館が提供すべきサービスをデザインしなおすという方向だ。すでに顕在化している利用者ニーズと向き合うことをやめるわけではないが、それ以上に、地域における潜在的ニーズを掘り起こす役割や、それに対応できる別の組織につなげる役割などに重点が置かれる。それは、図書館単独の取り組みとしてよりは、地域行政や周辺で活動するさまざまな組織との協働作業を意味し、館内よりは、館外での活動を強化することを求めている。そして図書館は、サービス提供の主体というよりも、地域の「触発者(Catalyst)」になることを目指そうというのだから、ある意味で、米国の図書館政策における大転換が試みられているとみることもできるだろう。

 2017年1月には、「地域触発構想」の理念をまとめた報告書「ネットワークを強化し、変化を引き起こす:地域触発者としての博物館・図書館(Strengthening Networks, Sparking Change: Museums and Libraries as Community Catalysts)」(5)も発表された。そこでは、博物館・図書館の役割を、各種組織と連携して地元に集団的影響力を及ぼし、社会の「幸福度(wellbeing)」をあげることにあると規定し、それを実現するためのやり方、必要な適性や新たなスキルを今後の博物館・図書館は習得していかなければならない、と提言している。

 

2.「資産」をベースとした地域発展

 発表された「地域触発構想」では、「資産ベースの地域発展(Asset-Based Community Development)」といわれる手法が取り入れられている(6)。米・デポール大学(イリノイ州)のABCDインスティチュートが推進役となり、近年の米国で注目を浴びている地域復興手法で、地域の再生を、その地の「資産」を考えることから始めるやり方だ。

 この場合の「資産」とは、単に土地・建物といった有形物だけでなく、そこにある施設やその機能、さまざまな組織や活動、住む人々の営み、産業、歴史や文化などすべてを包含した地域資源を意味する。

 

図1 地域資産マップ(IMLS資料より)

 

 図1はIMLSが、新5か年計画の発表を受けて2019年9月に開催した研修の資料からとったものだ(7)

 研修のワークショップでは、各参加者にその地区にどんな資産があるかをまずリストアップさせる。そして次に、それら地域資源をどう活用すれば町が活性化するかを議論する。

 つまり地域にないもの(課題)から話を始めるのではなく、あるもの(資産)を見出すことを出発点とし、地域振興を検討するにあたっては、町の「外」から何かを持ってくるのではなく、あくまで町の「中」にある資源をどうつなげていくかを考えようというアプローチだ。そして図書館はここで、さまざまな地域資源をつなげる重要な役割を果たしうる、とIMLSは提言する。

 図書館が結節点となり、地域にひろがるネットワークの網の目をより細かくできれば、そこから漏れ落ちる人々をすくい上げ、さまざまな人々を地域社会に包含することができる。多様な資源を包摂する重層的なネットワークを構築できれば、その集合的影響力が、地域に変化を促すだろう、というわけだ。

 

3.「地域触発構想」助成事例

 こうしたビジョンのもとに、IMLSは2017年から毎年、助成金を準備し、公募による選定を行っている。

 初年度は57件の応募の中から12件のプログラムが選ばれ、1件あたり10万ドルから15万ドル(1,080万円から1,620万円、1ドル=108円で換算、以下同じ)の助成金が交付された(8)

 2018年と2019年もそれぞれ12件、2020年には13件のプログラムが選ばれ、5万ドル(540万円)程度から、多い場合は66万ドル(7,128万円)以上の資金が拠出されている(2017年から2020年の4年間で、助成総額は860万ドル、約9億円になる)。

 それでは、いったいどういうプログラムが選ばれているのか。2017年と18年に選ばれた合計24件の中から、主に図書館を対象にした12件の内容をまとめたものが表1である(9)

 

表1 2017年-2018年にIMLS「地域触発構想」の助成対象に選ばれた図書館プログラム一覧

 

 一瞥してまず気づくのは、プログラムを実践する場が図書館ではなく、施設の外にある場合が半分以上を占めているという点だ。リンカーン市図書館のプログラムでは、市内の教会、小学校、商業施設などに図書館員らが出向いて活動する。またコロンバス・メトロポリタン図書館の場合は、移民たちに地元をよく知ってもらうために、彼らの代表者と一緒に地域にある公園やスポーツ施設、警察や消防などを訪問して回る。

 主催は図書館でありながら、実行する主体が図書館員でない場合もある。イーノック・プラット図書館や、アセンズ-クラーク郡図書館で提供されるのは、地元の大学の社会福祉学部修士課程に在籍するソーシャルワーカーたちによる相談サービスであるし、オークパーク公共図書館で、子どもの学習・宿題支援を行うのは、トリトン・カレッジの学部生たちだ。

 提供されるプログラムも、従来の情報提供サービスの枠を大きく超えることをいとわない。エモリー大学ローズ図書館の場合はAIDS患者の支援にとって重要なものを、それが就職であれ健康であれ何であれ「すべての相談ごと」をまず聞くことで明らかにし、どうしたらそれらが解決できるかについて支援をしようとしている。バンコム郡公共図書館でも、対象は退役軍人となるが、同様の向き合い方が計画されている。

 地元にある大学の関与が多いのも目を引く。エモリー大学やヴァージニア大学など、大学図書館がプログラムの先頭に立つ場合もあるし、ワシントン州の場合はワシントン大学の情報大学院が、バンコム郡の場合はシラキュース大学の退役軍人家族支援機構が、プログラムに参加している。専門分野の教授や研究室が、プログラムの構築を理論的側面からバックアップしていることが見て取れる。先述したイーノック・プラット図書館とアセンズ-クラーク郡図書館の場合も、それぞれメリーランド大学、ジョージア大学の社会福祉学科大学院と一緒になってプログラム構築をしており、単にそこの学生に「場所貸し」をするというようなものではない。

 どのプログラムにも共通して言えるのは、目標を地域で暮らす人々の課題解決に置き、社会で周辺に追いやられている層や、行政のサービスから取りこぼされがちな人々に焦点をあてている点だ。そしてそうした人々に近づくために、図書館の側から積極的に出かけて行く。しかも図書館単独ではなく、必ず地元の資源(それは大学の場合もあるし、行政、NPO団体、商業施設や商工会などの場合もある)と連携を組む。そして対象者が必要とするサービスが何なのかを見極め、彼らがそれとつながる手助けをする。

 それぞれのプログラムの最終成果も、図書館が何をしたかではなく、これによって町がどう変わったか、という評価指標の導入が試みられている(10)。一連のプログラムの遂行には、ABCDインスティチュートのサポートが付く(11)

 

4.図書館・図書館員の新たな役割

 それにしてもなぜIMLSは、このある種の「マッチング・サービス」とでもいえるような仕事を、図書館が今後担うべき役割とし、積極的に育てようとしているのだろうか。

 もちろん図書館には、地域のさまざまな情報源を使ってニーズに応えるレファレンス・サービスや、利用者に他組織や団体を紹介するレフェラル・サービスを提供してきた実績がある。また必要な人に必要なサービスを届けるアウトリーチにおいても多くの経験を積んできており、それらの機能を強化すれば、住民と地域資源をつなぐ役割を果たせるという理屈は理解できる。

 しかしここで期待されているのは、図書館員のもつスキルや経験以上に、彼らが長年にわたって培ってきた社会的信頼度の高さなのだろうと思われる。

 

図2 ピュー・リサーチセンターによる情報源信用度調査から筆者翻訳

 

 図2は、ピュー・リサーチセンターが2016年、18歳以上の全米3,015人に対し、情報源の信頼度調査を行ったものである(12)。8つの情報源を挙げ、そこから出てきた情報を、どの程度信じるかを聞いたところ、地元の公共図書館や図書館員がもたらした情報は、4割が大いに信頼するとし、医療従事者や家族・友人、メディア、政府などがもたらした情報よりも上位にランクされたのである。

 ここで興味深いのは、図書館は何か独自に情報を生み出しているわけではなく、多くの場合、政府やメディアや専門家の情報を提供しているに過ぎないという事実だ。にもかかわらず、その情報元である政府やメディアや専門家がもたらす情報より、図書館員のもたらす情報の方が高い信頼を得ているというというのは、いったい何を意味するのか。

 それはたとえば行政のある部局が、直接、社会的弱者に手を差し伸べようとするより、図書館員を通したほうが受け入れてもらいやすい、ということかもしれない。あるいは移民が必要なサービスを求めるとき、図書館員に紹介してもらえば安心できると思う、ということなのかもしれない。

 長年、米国で地域再生に取り組んできた地域コンサルタントであるハーウッド(Richard Harwood)氏は、「地域変革に今ほど図書館が必要とされている時代はない」と語っている。地域をつなぎ、多くの人々を巻き込むためには、親しみやすさや中立性とともに、住民からの信頼の高さが重要な鍵となるとし、「図書館は、いま米国で、人々からの信頼を失っていない数少ない組織」だと分析している(13)

 つまり信頼こそが、図書館・図書館員が有する大きな強みであり、地域づくりにおいて貢献できる最大の価値になる、とIMLSはみているのではないだろうか。米国では、その町に移住したときも、災害に遭ったときも、困ったときも、人はまず図書館を訪れるように指南される。そして図書館は常に人々を地域につなげる玄関口(gateway)として機能し、住民を地域につなぎ止める支柱(anchor)の役割を果たしてきた。今、図書館員は、信頼を武器に、地域の随所に出向き、そこここで地域への玄関口を開き、市民を地域に招き入れ、つなぎ止めようとしているのだ。

 米国の社会が抱える深刻な事情(政府やメディアに対する高い不信感、地域の分断、拡大する格差、見捨てられた人々、等)に、図書館が単独で解決策をもたらせるわけもない。しかし図書館は信頼によって、人と何かをつなげることができ、つながりは、化学反応を起こすことがある。行政や企業や、さまざまな地域の資産をつなげれば、化学反応の連鎖を呼び起こせるかもしれない。それは地域を再生する力になるだろう――。IMLSはそういう絵図を描き、だからこそ図書館の新しい役割を、そういう変化を起こす「触発者」として展望しているのではないか。

 コロナ禍によって、地域社会の分断はますます進んだとされる。これが、新たな図書館員の役割として認知され、成功を収めていくのか。今後の動きを注視していきたい。

 

(1) Transforming Communities:Institute of Museum and Library Services Strategic Plan 2018-2022. IMLS, 2018, 13p.
http://www.imls.gov/sites/default/files/publications/documents/imls-strategic-plan-2018-2022.pdf, (accessed 2021-03-17).

(2) “IMLS Launches Community Catalyst Initiative: Focus Will Be on Community-Centric Approaches for Museums and Libraries”. IMLS. 2016-07-12.
https://www.imls.gov/news/imls-launches-community-catalyst-initiative, (accessed 2021-03-17).

(3) Creating a Nation of Learners: Strategic Plan 2012-2016. IMLS, 2012, 17p.
https://www.imls.gov/sites/default/files/legacy/assets/1/AssetManager/StrategicPlan2012-16_Brochure.pdf, (accessed 2021-04-18).

(4) たとえば米国図書館協会(ALA)は、地域改革を専門とするコンサルティング会社・ハーウッド・インスティチュートと組み、2013年から「地域を変革する図書館(Libraries Transforming Communities)」の活動をおこなっている。詳しくは、
豊田恭子.特集, トピックスで追う図書館とその周辺:ALAが展開する「地域を変革する図書館」プロジェクトー地域とともに歩む図書館の新たな役割―.図書館雑誌. 2018,112(2), p. 98-100.

(5) Norton, Michael.;Dowdall, Emily. “Report Describes New Frameworks for Museums and Libraries to Strengthen Community Involvement”. IMLS. 2017-01-10.
https://www.imls.gov/news/report-describes-new-frameworks-museums-and-libraries-strengthen-community-involvement, (accessed 2021-03-17).
Strengthening Networks, Sparking Change: Museums and Libraries as Community Catalysts. IMLS, 2016, 59p.
https://www.imls.gov/sites/default/files/publications/documents/community-catalyst-report-january-2017.pdf, (accessed 2021-03-17).

(6)“ABCD Institute” . Depaul University.
https://resources.depaul.edu/abcd-institute/Pages/default.aspx, (accessed 2021-03-17).

(7) Mattew, Kathryn. et al. “Finding Catalysts in Your Community: Harnessing the Potential of Libraries and Museums”. Community Catalyst Initiative Listening Session. 2019-09.
https://imls.gov/sites/default/files/cci_listening_session.pdf, (accessed 2021-03-17).

(8) “IMLS Awards $1.6 Million in Community Catalyst Grants”. IMLS. 2017-08-10.
https://www.imls.gov/news/imls-awards-16-million-community-catalyst-grants, (accessed 2021-03-17).

(9) 各プログラムの応募内容は、下記で見られる。ただ、2021年4月18日時点で、2017年の応募内容が閲覧できない状態になっている。復旧するまでは、個別の応募番号をIMLSにリクエストすることで、内容取得が可能。
https://www.imls.gov/grants/awarded-grants?field_states=All&field_city=&field_program_categories_text=Community%20Catalyst%20Initiative&fulltext_search=&page=0, (accessed 2021-03-17).
またこの中のいくつかに焦点をあてて紹介した文献として、
豊田恭子.崩壊する地域コミュニティとアメリカ公共図書館の挑戦.日本農学図書館協議会誌.2021, 201(3), p. 23-30.

(10) “Community Catalyst: How Do We Know We Are Having An Impact? ”. IMLS. 2017-02.
https://www.imls.gov/blog/2017/02/community-catalyst-how-do-we-know-we-are-having-impact, (accessed 2021-04-18).

(11) “Evaluation”. IMLS.
https://www.imls.gov/our-work/community-catalyst/evaluation, (accessed 2021-04-18).

(12) Horrigan, John. How People Approach Facts and Information. Pew Research Center, 2017, p. 9.
https://www.pewresearch.org/internet/wp-content/uploads/sites/9/2017/09/PI_2017.09.11_FactsAndInfo_FINAL.pdf, (accessed 2021-03-17).

(13) Harwood, Rick. “Libraries Transforming Communities”. 2014 Western States Government Information Virtual Conference. 2014-08-06/08, University of Colorado Boulder Libraries.
https://scholar.colorado.edu/concern/parent/s4655h698/file_sets/9019s346v, (accessed 2021-04-28).

 

[受理:2021-04-30]

 


豊田恭子. 米国のIMLSが戦略的5か年計画で描くこれからの図書館像-地域変革における触発機能-. カレントアウェアネス. 2021, (348), CA2000, p. 16-19
https://current.ndl.go.jp/ca2000
DOI:
https://doi.org/10.11501/11688292

Toyoda Kyoko
Future of Libraries
: IMLS Describes the Role of Libraries as Community Catalysts in Its 5- year Strategic Plan