カレントアウェアネス
No.341 2019年9月20日
CA1958
脚本アーカイブズ活動の成果と今後の展望
日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム:石橋映里(いしばしえり)
はじめに
「脚本アーカイブズ活動」とは、主にテレビ・ラジオの放送番組制作に使用した脚本・台本(以下「脚本等」)を収集、保存、管理、公開する活動である。2011年5月18日、文化庁と国立国会図書館(NDL)の間で「我が国の貴重な資料の次世代への確実な継承に関する協定」が締結され、「テレビ・ラジオ番組の脚本・台本」の所在情報の把握や目録の作成、収集・保存、活用等について一層緊密な連携・協力を行っていくことになった(1)。この協定を受け、2012年には一般社団法人日本放送作家協会から活動を継承し、一般社団法人日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム(2)(代表理事(当時)・山田太一;以下「コンソーシアム」)が設立された。現在までに収集された脚本等は9万点以上(映画、演劇、アニメ等の他分野の脚本を含む)。そのうち1980年以前の脚本等約2万7,000冊をNDLに寄贈し、東京本館の音楽・映像資料室で公開中である。また、1981年以降の脚本等約2万4,000冊が2016年より川崎市市民ミュージアム(3)のライブラリーで公開されている。川崎市市民ミュージアムでの公開開始を受け、コンソーシアムによる第1 次文化庁委託調査研究事業「文化関係資料のアーカイブ構築に関する調査研究~放送脚本・台本のアーカイブ構築に向けて」(2012年度から2016年度)は一区切りとされた。1年間のインターバルの後、活動は「発展期」として新たなフェーズへと進んだ。本稿では、第1次委託調査研究事業(以下「第1次調査研究」)の成果報告と共に、2018年度から開始された第2次委託調査研究事業(以下「第2次調査研究」)の展望を紹介したい。
1. 第1次調査研究の成果
1) 脚本の収集
活動の発端は2003年、テレビ放送開始50年を機に衆議院総務委員会が脚本家3人を有識者として招致したことによる。日本放送作家協会理事長だった脚本家・市川森一氏による脚本等を保存する資料館設立の訴えは超党派の議員の賛成を得たが、選挙など諸々の事情により、活動が具体的に動き始めるのは2年後となった。
2005年、足立区立中央図書館(東京都)内に日本放送作家協会の日本脚本アーカイブズ特別委員会が設置された。2011年の協定が締結されるまでの間、文化庁人材育成助成事業、放送文化基金等の様々な支援を受けながら、脚本等約4万点が収集された。韓国、米国、英国、フランス、中国の放送関係アーカイブ施設を視察する機会も得られた。これらの成果が、協定締結へとつながったと考えている。
2011年5月、協定に明記された「次世代へ継承すべきテレビ・ラジオ番組の脚本・台本の保存」の検討を目的として、有識者会議「脚本アーカイブズ検討委員会」(以下「検討委員会」)が設置された(座長:東京大学大学院情報学環教授・吉見俊哉氏)。メンバーは文化庁を中心に、NDL、日本脚本家連盟、日本シナリオ作家協会、東京国立近代美術館フィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)、NHKアーカイブス、公益財団法人放送番組センターなどである。さらに著作権のアドバイザーとして福井健策弁護士が加わった(4)。
検討委員会では、「何を」「どのように(どこに)残し」「どう活用するか」という大きな3つのテーマが設定され、検討を重ねると共に調査研究事業が進められた。
2) 「何を残すのか」「どのように(どこに)残すのか」
一般に図書館は「図書」以外の資料を所蔵するのは難しい。脚本等については、放送法第167条に基づいて設置された「放送番組センター」(5)が扱うべき資料ではないか、排架スペースがあるのか、利用提供の体制はどうなるか等の議論を経て、最終的には協定を根拠として、NDLでの受入れが承認された。
収集した資料は年代により3つに分類された。第一期は1980年以前である。この時期はテレビ・ラジオとも放送初期で映像や音声の残存率が非常に低い。特にテレビ番組について、ビデオテープが高価だったため何度も上書き利用され、脚本等のみが当時の放送番組を知る手がかりとなっている。第二期は、1981年から1999年である。放送局にアーカイブ施設ができ始めた時期であるが、脚本を体系的に残す意識は少なかった。第三期は2000年以降である。番組販売が本格的に行われると共に、データ入稿などが主流になり、脚本等が保存されている可能性が高い。第一期を主眼に、NDLへの寄贈が決定した。分散保存の理由は、排架スペースの問題の他、第二期以降は個人情報の記載が増加する点、表紙に「貸与する」と記載される等、権利関係が複雑になる点である。複写を前提とした図書館ではなく博物館や文書館を想定し受入れ先の検討が行われた。
候補として「地方の時代」映像祭などを開催し、漫画、映画、ビデオを所蔵する川崎市市民ミュージアムが挙がった。コンソーシアムの当時の代表理事・山田太一氏が川崎市名誉文化大使という縁から、寄贈の交渉が進められた。
寄贈先選定と並行し、コンソーシアムでは分散寄贈への準備が進められた。年代やジャンルによる資料の分別が最大の課題である。放送番組の脚本等は、放送年が記載されていないことが多い。多年度にわたって使用することを想定しないため、月日のみの記載で放送年はあまり記載されない。さらに、刊行物と異なり、第一稿、準備稿、決定稿等、制作過程で様々なバージョンが作られ、撮影時に記入されたカメラ割りなどの「書き込み」も多い。これらを複本と扱い除外するのか、すべてを残すのか、についても検討委員会で大きく意見が分かれたが、書き込みや脚本等の変遷の重要性に鑑み、すべてが保存の対象とされた。この時保存対象とすると判断したことが、NDL館内での「あの人の直筆」展(6)や「開館70周年記念展示」(7)に書き込み等のある脚本等が紹介展示される結果につながった。
3) 「どのように活用するのか」脚本データベース公開
寄贈・公開に向けた現物整理と共に、必須となったのが書誌データの再整理である。脚本等は独自の分類方法により、1冊ずつユニーク番号が付され、中性紙やOPP袋に入れて管理してきた。ナンバリングは寄贈先で再整理されることを想定しており、入力ルールなどが完備されないまま作業が進められていた。結果、入力者ごとにエクセルシートが分散保存され、その結合と整理は困難を極めた。
さらに寄贈した後、脚本等をどう検索するのか議論された。特別資料であることから、寄贈先のOPACに入れることは難しい。そこでコンソーシアムが「脚本データベース」(8)を作成し公開を進めることになった。資料が年代ごとに分散することから、データベースの機能として所蔵先を記載し、閲覧時にも使える管理番号を振りなおした(9)。
脚本データベースでは、表紙画像をサムネイルとして掲載している。撮影はNDLに寄贈後に行うことになったため、文化庁の委託研究の一環として、NDL館内にスキャナを持ち込んで業者に依頼し撮影した。川崎市市民ミュージアムの資料も同様に館内で撮影を行っている。さらに詳細画面の番組や出演者の情報にWikipediaへのリンクが自動表示される機能を付けている点も一つの特徴である。
4) デジタル脚本アーカイブズ第三弾「永六輔バーチャル記念館」
脚本の活用事例としては、以前『カレントアウェアネス-E』にデジタル脚本アーカイブズ試行として「市川森一の世界」「藤本義一アーカイブ」を紹介した(E1766参照)。その第三弾が、「永六輔バーチャル記念館」(10)である。永六輔氏の一周忌にあわせて2017年7月に公開した。テレビ草創期の名作バラエティ『夢であいましょう』の台本をご遺族から借り受けデジタル化し、244回放送のうち203回分が公開されている。
永氏のインタビューを残すことはかなわなかったが、永氏と親しかった関係者からの証言を搭載することにより、人物像を描くことに成功した。「写真館」のコーナーでは、永氏の仕事部屋を撮影し、生前使われていた机や蔵書、愛用品を観ることができる。藤本義一アーカイブに続き、ウェブサイトの構築およびインタビュー撮影は、「文化遺産オンライン」(11)や「 日本アニメーション映画クラシックス」(E1895参照)(12)等を手がける国立情報学研究所(NII)・高野明彦教授の研究チームに依頼した。
5) シンポジウムでの活用
脚本アーカイブズシンポジウムは2010年から開催されてきた。シンポジウムのテーマとして、毎年様々な活用事例を掲げている。著作権問題、データベースのトライアルのほか、映像を引用しながら、脚本等と対比して紹介する試みも行われている。映像アーカイブと脚本アーカイブとの連携は今後の課題であり、シンポジウムで実践していきたいと考えている。
2. 第2次調査研究の展望
第1次事業との大きな違いは、法政大学の藤田真文教授を研究代表とする大学連携による研究チームが生まれたことである。研究は国際発信を視野に入れており、チームのアドバイスを基に書誌の充実やオーラルヒストリーが実践的に行われている。
1) 収集の継続
発足当時の検討委員会では、収集済の脚本等の寄贈公開が完了するまで、積極的な収集を中断すべきとされた。しかし、NDLへの寄贈および公開という報道により、寄贈希望者が増え、受け入れを中断している段階では、貴重な脚本等が散逸の危機にさらされた。2012年に行った脚本所蔵アンケートの結果では、在野に眠る収集可能な脚本等は13万冊と予想された。そこで2016年から作家を中心に大規模な収集の呼びかけを行っている。2019年度寄贈された貴重な脚本等としては、故・筒井敬介(1918年東京生まれの脚本家、児童文学作家)の『バス通り裏』の脚本等である。本番組は1958年4月から、1963年3月まで5年にわたって放送され、日本の帯ドラマの基礎を固める作品である。生放送のため映像はほとんど残っていないという。このような1980年以前(第一期)の貴重な脚本等は、2万冊を超え倉庫に眠っており、一般公開が望まれる。
2) オーラルヒストリーの実施
2018年度から新たに実施している活動として、オーラルヒストリーが挙げられる。放送の脚本家のみならず、アニメの脚本家たちへのインタビューも実施している。放送の現場とは違う一面もあり、コンソーシアムが手掛ける「アニメ脚本と脚本家のデータベース」(13)にて公開していく予定である。
3) 国際発信に向けた活動
2018年度から、日本のコンテンツを海外発信することを目的に映像産業振興機構(VIPO)が管理する「JACC®サーチ(Japan Content Catalog)」(14)と連携し、アニメ・放送・音楽・映画と共に脚本が一括検索できるようになっている。2019年2月から、脚本データベースの英語版サイトも公開している。
脚本データベースの書誌入力事項としては、プロデューサーや美術担当、音楽担当、放送時間等を追加するなど、充実をはかっている。また、特に海外からの関心が高いアニメ脚本のあらすじを約100本作成し、その半数を英語に翻訳した。2019年中に脚本データベースにて公開予定である。
4) ジャパンサーチとの連携
前述のJACC®サーチを通じ、「脚本データベース」はジャパンサーチ(15)の連携データベースとして掲載されている。今後は表紙画像の提供など積極的に取り組んでいきたい。
今後の課題―2023年のテレビ放送開始70周年に向けて
第2次調査研究は2018年度から2022年度(2023年3月末)の5年を予定し計画的に進められている。事業の「発展期」としての大きな課題を3つ掲げたい。
まず、代表的なドラマ作品をインターネット上で多言語発信していく「日本の脚本100選」企画である。これは国語教育での活用、海外における日本文化研究での活用の他、NHKアーカイブスなどが実践する「回想法」(16)の一助にも成り得ると考えている。
2つ目は、脚本等の収集を完了させ、特に倉庫で眠っている1980年以前(第一期)の貴重な脚本の一般公開を目指すことである。
最後に、「脚本データベース」や「デジタル脚本アーカイブズ」などの成果物の受け皿として、ポストコンソーシアム組織に引き継いでいくことである。
この3つの課題解決を、第2次調査研究の目標として、テレビ放送70周年を記念する2023年に実践したいと願っている。
(1) “国立国会図書館と文化庁との協定について ~我が国の貴重な資料の次世代への確実な継承~”. 文化庁. 2011-05-18.
http://warp.ndl.go.jp/collections/NDL_WA_po_print/info:ndljp/pid/9287048/www.bunka.go.jp/ima/press_release/pdf/NDL_WA_po_archive_kyotei.pdf, (参照 2019-07-31).
“国立国会図書館と文化庁との協定について~我が国の貴重な資料の次世代への確実な継承~”. 国立国会図書館. 2011-05-18.
http://warp.ndl.go.jp/collections/NDL_WA_po_print/info:ndljp/pid/9961196/www.ndl.go.jp/jp/news/fy2011/__icsFiles/afieldfile/2011/05/17/NDL_WA_po_pr20110518.pdf, (参照 2019-07-31).
(2) 一般社団法人日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム.
https://www.nkac.jp/, (参照 2019-07-22).
(3) “ミュージアムライブラリー”. 川崎市市民ミュージアム.
https://www.kawasaki-museum.jp/library/, (参照 2019-07-22).
(4) “収集・保存・公開に関する課題の検討”. 文化関係資料のアーカイブ構築に関する調査研究:放送脚本・台本のアーカイブ構築に向けた調査研究. 日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム, 2013, p. 31-37.
https://www.nkac.jp/app/download/10923841074/H24%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8.pdf?t=1517186081, (参照 2019-07-31).
(5) 放送ライブラリー.
http://www.bpcj.or.jp/, (参照 2019-07-22).
(6) “企画展示 「あの人の直筆」”. 国立国会図書館.
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11254371/www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/1207039_1376.html, (参照 2019-07-22).
(7) “開館70周年記念展示「本の玉手箱-国立国会図書館70年の歴史と蔵書-」”. 国立国会図書館.
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11254371/www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/exhibition2018.html, (参照 2019-07-22).
(8) “脚本データベース”. 日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム.
http://db.nkac.or.jp/, (参照 2019-07-22).
(9) 国立国会図書館所蔵資料は「N01-〇〇」、川崎市市民ミュージアムは「K01-〇〇」、映画はフィルムセンターを示す「F」、演劇は早稲田大学坪内博士記念演劇博物館を示す「W」、アニメは動画を示す「D」がそれぞれ付されている。
(10) “永六輔バーチャル記念館”. 日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム.
http://eirokusuke.nkac.or.jp/, (参照 2019-07-22).
(11) 文化遺産オンライン.
https://bunka.nii.ac.jp/, (参照 2019-07-22).
(12) 日本アニメーション映画クラシックス.
http://animation.filmarchives.jp/index.html, (参照 2019-7-22).
(13) “アニメ脚本と脚本家のデータベース”. 日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム.
http://animedb.nkac.or.jp/top.htm, (参照 2019-07-22).
(14) “JACC®サーチ(Japan Content Catalog)”. 映像産業振興機構.
https://japancontentcatalog.jp/, (参照 2019-07-22).
(15) “連携機関 特定非営利活動法人映像産業振興機構”. ジャパンサーチ(BETA).
https://jpsearch.go.jp/organization/vipo, (参照 2019-07-22).
(16) 「回想法」とは、高齢者を対象として、懐かしいドラマなどに触れ語り合うことで、認知症の予防や改善につなげる試みである。NHKアーカイブスでも実践されている。
“回想法ライブラリー”. 日本放送協会.
https://www.nhk.or.jp/archives/kaisou/, (参照 2019-07-22).
[受理:2019-08-02]
石橋映里. 脚本アーカイブズ活動の成果と今後の展望. カレントアウェアネス. 2019, (341), CA1958, p. 5-7.
https://current.ndl.go.jp/ca1958
DOI:
https://doi.org/10.11501/11359091
Ishibashi Eri
Achievements and Future Prospects of “The Script Archive Movement”