CA1828 – ドイツにおける、電子ジャーナルの戦略的な供給・流通の動向 / 坂本 拓

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カレントアウェアネス
No.321 2014年9月20日

 

CA1828

 

 

ドイツにおける、電子ジャーナルの 戦略的な供給・流通の動向

京都大学附属図書館:坂本拓(さかもと たく)

 

はじめに

 かつて冊子体のジャーナルのみを購読し、総合目録により各館の所蔵情報が共有されていた時代に比べ、今日の大学図書館は複雑な問題を多く抱えている。止まることを知らないジャーナルの価格高騰のために図書館の提供する学術基盤は不安定化し、また同時に出版社のビジネスモデルが従来の購読料徴収型からAPC(論文加工料)徴収型へと移行しつつあるため、図書館が関与できない学術情報流通の仕組みができつつある。加えて、以前は図書館が総合目録として管理していた書誌のデータベースが、現在はナレッジベースという形でベンダーの有料商品と化し、所蔵情報(購読情報)が共有されなくなってしまった。このような状況下でドイツでは、(1)電子ジャーナルのナショナル・ライセンス、(2)APCに対する国家的支援、(3)相互分担入力による電子ジャーナルの総合目録といったプロジェクトにより、既に成果を上げている。本稿では、これらドイツの先駆的プロジェクトの詳細を紹介したい。

 

 

1. ドイツの学術情報基盤の背景

 ドイツは16の州から成る連邦国家であり、各州は教育・研究を含む行政・立法分野で非常に大きな独自の裁量権を有しており(1)、大学もほとんどが州立大学である。しかし図書館サービスにおいては、各州内だけで利用者の需要を完全に満たすことができないため、他州と連携することによって、よりマクロな基盤を構築するというネットワークの志向性が伝統的に強かった。一例として、1910年に誕生した特別収集領域制度(Sondersammelgebiete、以下SSG)が挙げられる(2)。これは諸州の大規模図書館が学問分野を詳細に分類した上で自館の担当分類を決め、それに該当する学術資料を網羅的に収集し共有するという制度である。SSGはやや形を変えてはいるが、今日も存続している。

 また国全体としての戦略が要求される重要な案件については、これまでドイツ研究振興協会(以下DFG)のイニシアティブによって多くが推進されてきた。DFGは、ドイツ国内の研究者によって構成され、予算のほぼ全てを連邦政府と州政府から支給されてはいるが、完全に独立して研究者の公益のために研究プロジェクトへの助成やドイツ国内の研究インフラへの資金提供を、ピア・レビューに基づき行っている研究者の自治組織である。次章以降紹介するプロジェクトも全てDFGの支援によるものである。

 

2. 電子ジャーナルのナショナル・ライセンス

2.1 Nationallizenzen

 ドイツでは2004年から2010年までの間、DFGの全面援助によりNationallizenzen(以下ナショナル・ライセンス)が実施された。これは、主に電子ジャーナルのバックファイル、データベース、電子ブックの3種のコンテンツの恒久アクセス権を国として買い取り、国内の大学・研究所の所属者、そして学術に関心がありIDを申請した国民が、自由にアクセスできるようにしたものである。購読するタイトルの選定および出版社との交渉は、SSG担当館が行ってきた (3)

 

2.2 Alienz-lizenzen

 ナショナル・ライセンスは、1日あたり最大で73,000アクセスがあり(4)、重要な学術情報基盤となったと言える。しかし自然科学分野の研究者から、通常5年から10年前のコンテンツしか含んでいないバックファイルだけでなく、電子ジャーナルの最新の契約対象巻号(以下カレント分)もナショナル・ライセンスとして利用したいとの要望が強まり、2006年から、DFG主導によりカレント分のナショナル・ライセンス化の可能性について検討が開始された。そして2008年から2010年までの2年期限で、上記検討内容を実装するためのパイロット・プロジェクトNationallizenzen für laufende Zeitschriften(以下NLZ)が実施された。

 当初このNLZのパートナーとして、世界シェアで上位4位に入る大手出版社のうち2社にDFGがヒアリングを行ったが、非現実的な金額であったために断念し、代わりにOxford University Press、Sage、Annual Reviewsといった中堅規模の出版社およびRoyal Society of Chemistry、American Institute of Physicsといった学協会の計12社をパートナーとすることとした(5)。そしてこれら出版社との交渉・協議については、DFGとともに、すでに電子ジャーナル・データベースの契約について多大な経験を有している、バイエルン州立図書館、技術情報図書館、ゲッティンゲン大学図書館等の7館がドイツ語圏コンソーシアムGASCO(German, Austrian and Swiss Consortia Organisation)の代表として担当した。ここで少しドイツのコンソーシアムについて紙幅を割きたい。ドイツでの電子ジャーナルの契約については、基本的には各州でコンソーシアムが組まれ出版社と交渉が行われている。そしてドイツの16州のコンソーシアムとドイツ語圏国家であるオーストリアのKooperation E-Medien ÖsterreichおよびスイスのKonsortium der Schweizer Hochschulbibliothekenを含めたGASCOというコンソーシアムが結成されており(6)、NLZに参加している上記7館は、このGASCOで中心的な役割を担っている大規模図書館である。これら7館と12出版社の間での検討が終了し、2011年からナショナル・ライセンスの後継にあたるAlienz-lizenzen(以下アライアンス・ライセンス)がスタートした(7)

 アライアンス・ライセンスは、ナショナル・ライセンスのように契約した全コンテンツに無条件で全大学・研究機関がアクセスできるものではなく、上記12出版社のカレント分の購読に参加する意思表示をした機関だけが、そのアクセス権を獲得できるオプト・イン形式になっている。しかし例えば3年契約のうち初年度が終了し2年目に入ったタイトルについては、その初年度分のコンテンツがナショナル・ライセンスと同様のアクセスが可能になる“Moving Wall”というシステムが取られている。出版社側でパッケージ化された5年から10年ほど前のバックファイルにしかアクセスできなかった状況に比べ、1年遅れとは言えカレント分に全大学・研究機関がアクセスできる利点は非常に大きいと言えるだろう。またDFGからの援助が全額ではなく25%のみとなった点もナショナル・ライセンスとの大きな違いである。さらに、アライアンス・ライセンス参加機関の著者が上記出版社に投稿した論文については、エンバーゴ無しで機関リポジトリでのオープンアクセス(以下OA)を認めさせた、という点も重要な成果と言える(8)。2014年度契約実績としては、電子ジャーナル10パッケージ、データベース5、電子ブック1セットとなっている(9)

 

3. APCの国家的支援プロジェクト“Open Access Publizieren”

3.1プロジェクトの概要

 DFGは“Open Access Publizieren” というAPC支援専用のプロジェクトを2010年から5年期限で実施している。概要としてはドイツ国内の研究者がOAジャーナルに論文を投稿した際、そのAPCの75%をDFGが援助するというものである(10)

 このプロジェクトは、複数の研究者からAPC専用の助成プログラムを創設するようDFGに要望がよせられたことが契機となりDFG内で審査が始まった。APC支援のプロジェクトを創設すること自体は決定されたが、その支援を研究者個人に直接行うのか、所属機関を介して間接的に行うのかで議論が分かれ、最終的に後者が選択された。これは、飽くまでもAPC援助を行う主体は研究者の所属機関であり、DFGは各機関がそのためのAPC財源を確立するまでの間の援助を行うにすぎない、という方針をとったことを意味する(11)

 DFGによる支援の対象となる論文の条件は、APCがおおよそ平均的な金額である2,000ユーロ以下の論文であること、そして「純粋なOAジャーナル」への投稿論文であること(12)、という2点である。支援の実績としては、2012年度21の大学に1,300万ユーロの援助が行われた (13)

 

3.2明らかになったAPCの課題

 APCの75%がDFGにより援助されるとはいえ、残りの25%を所属機関が負担せねばならず、大規模研究大学の場合は対象論文の絶対数が多くなるため、この25%の財源の確保も容易ではない。ゲッティンゲン大学の場合は、この25%のAPCのために、図書館の既存の購読誌の1部をキャンセルした上で、医学部からの予算提供を受け、学内にOAファンドを創設した。医学部にのみ予算の提供を申し入れたのは、ゲッティンゲン大学のAPC支援対象論文のうち約60%が、医学系研究者によるものであったためである(14)。 

さらに、DFGによるOpen Access Publizieren プロジェクトは2014年末をもって終了し、これ以降各機関の負担率が現在の25%から増大する可能性が高い。外部資金等により予算が比較的潤沢な医学部の場合はまだ対応が容易であろうが、それ以外の学部の研究者のAPC財源を今後学内でどのように確保していくのかという点が最大の課題であると言える。

 

3.3プロジェクトの成果

 2012年の第3者機関による評価では、このプロジェクトにより多くの機関でAPCに対する意識が高まり、OAへと移行する構造が確立されつつある、と高く評価されている(15)

 また、このAPC援助を2012年度から受けた機関は、年間投稿論文に占めるOA論文の割合が約9%であったが、2010年度から援助を受けていた機関の場合はその割合が約20%と大きく上がっている点からも、このプロジェクトがOAに大きく貢献していると言えるだろう (16)

 

4.相互分担入力による電子ジャーナル総合目録

4.1 概要

 電子ジャーナルへの適切なアクセスを実現するため、17年前の1997年から電子ジャーナル総合目録・Elektoronische Zeitschriften Bibliothek (以下EZB)をレーゲンスブルク大学がDFGの支援の下提供している(17)。このEZBは、書誌情報(66,000を超える電子ジャーナルのメタデータ)と(18)、所蔵情報(世界10か国622機関の上記タイトルの購読情報)を内包している、電子ジャーナルの総合目録であり、ナレッジベースである。

 

4.2 EZBの機能

 利用者はEZBから、タイトルのAtoZ、主題分類、キーワード検索の3手段により、ジャーナルを検索することができ、その検索結果一覧には各ジャーナルに信号の「青、黄、赤」のアイコンが表示される。青はOAジャーナル等自由なアクセスが可能なタイトル、黄は有料誌であるが利用者の所属機関が契約しているタイトル、赤は残念ながらアクセス権が無いことをそれぞれ表している。また各ジャーナルの詳細画面では、一般的な書誌情報に加えて出版社の当該誌のサイトへのリンクURL、契約機関一覧表示へのリンクが表示される。2012年のEZB利用実績としては、ジャーナル詳細画面に年間約1,600万アクセスがあった(19)

 管理面では、全参加館が共有する中央データベースにて、高い頻度で各館が共同で各ジャーナルの書誌情報の確認とメンテナンスを行い、常に最新の状態を保っている。購読情報については各館の責任において更新が行われ、そのためのインターフェイスが用意されている。

 

4.3 EZB発展のプロセス

 17年前、わずか数百タイトルでEZBがスタートしてから現在に至る過程で、成功の最大の要因となったのは2000年からコンソーシアムのパッケージライセンスの管理を実現した点である(20)。個々の雑誌のタイトルのアクセス管理だけでなく、先述のドイツ各州のコンソーシアムが契約しているパッケージについて、一括してEZB管理者が該当するパッケージの契約情報を更新する運用を開始し、これが加盟館の絶大な業務の効率化に繋がった。

 他にも大きな転機となったのは2002年からインターフェイスを英独2か国語対応に変更した点である。これにより東欧諸国の加盟館を獲得し、2003年から米国議会図書館との書誌データの交換も実現させた(21)。また2002年から、アグリゲータ系ツールに含まれる膨大な数の書誌データを獲得したことも非常に大きい(22)

 サービス面においては、2004年からリンクリゾルバの機能も実現させている。これは、Open URLの技術を用いて、DFGによって構築されている主題データベースから、EZBを介して論文単位での本文へのアクセスを実現させたものである。またEZB内のデータのアウトプット機能も備えており、KBART形式でのデータ出力も可能にしている(23)

 

おわりに

 ドイツでは電子リソースに関する、先駆的な試みが早い段階から実現されてきた。特筆すべきは、それらが全てDFGという研究者コミュニティによって審査され、推進されてきた点である。昨今日本でも、図書館による研究支援は話題になっているが、図書館によって構築されたサービスの意義について研究者コミュニティから評価を受ける機会は無く、また研究者の総意として必要な情報基盤・サービスについて提案され支援を受ける機会もない。この構造的問題の解決は一朝一夕には行かないが、我々が学術情報の近視眼的な専門家になることなく、できる限り研究者の最新の需要・動向を把握することにも力を割く必要があると思われる。

 

(1) ギーセラ・フォン・ブッセほか. ドイツの図書館 : 現在・過去・未来. 日本図書館協会, 2008, p. 3.

(2) 前掲. p. 70.

(3) “Nationallizenzen Über nationale Lizenzen: DFG geförderte nationale Lizenzen für elektronische Medien Nationallizenzen “Classics” (2004-2010)”. DFG Nationallizenzen.
https://www.nationallizenzen.de/ueber-nationallizenzen/nationallizenzen, (accessed 2014-06-30).

(4) “DFG-Nationallizenzen : VHO und Shibboleth”. Gerald Steilen. Mannheim. 2008-06-03/06. Vereins Deutscher Bibliothekare. Berufsverband Information Bibliothek. 2008.
http://www.opus-bayern.de/bib-info/volltexte//2008/585/pdf/nl_vzg.pdf, (accessed 2014-06-30).

(5) “Pilotprojekt „Nationallizenzen für laufende Zeitschriften“ (NLZ, 2008-2010)”. DFG Nationallizenzen.
http://www.nationallizenzen.de/ueber-nationallizenzen/weitere-massnahmen#4.1, (accessed 2014-06-30).

(6) “Mitglieder der GASCO”. Hbz.
http://www.hbz-nrw.de/angebote/digitale_inhalte/gasco/mitglieder, (accessed 2014-06-30).

(7) “Allianz-Lizenzen Über nationale Lizenzen: DFG geförderte nationale Lizenzen für elektronische Medien Allianz-Lizenzen (2011 ff.)”. DFG Nationallizenzen.
https://www.nationallizenzen.de/ueber-nationallizenzen/allianz-lizenzen-2011-ff, (accessed 2016-06-30).

(8) Stöber, Anja. “Open-Access-Rechte in Allianz- und Nationallizenzen : Eine Handreichung für Repository-Manager, Bibliothekare und Autoren”. Bibliothek Forschung und Praxis. 2012, 36(3), p. 364-368.

(9) “Bewilligte Allianz- Lizenzen 2014”. DFG Nationallizenzen.
https://www.nationallizenzen.de/ueber-nationallizenzen/bewilligte-allianz-lizenzen-2014, (accessed 2014-06-30).

(10) “Merkblatt : Open Access Publizieren”. DFG.
http://www.dfg.de/formulare/12_20/12_20_de.pdf, (accessed 2014-06-30).

(11) 2013年11月21日、DFGの図書館サービスと情報システム関連プログラムの責任者である Johannes Fournier氏に対して、DFGボン・オフィスにて筆者が行ったインタビューによる。

(12) 購読料徴収型の雑誌に追加料金を支払うことでOAにできる所謂ハイブリッドタイプの論文は、出版社が購読料と投稿料の二重取りを行っている恐れがあるため、対象としていない。

(13) Fournier, Johannes; Weihberg, Roland. Das Förderprogramm»Open Access Publizieren« der Deutschen Forschunggemeinschaft. Zum Aufbau von Publikationsfonds an wissenschaftlichen Hochsculen in Deutschland. Zeitschrift für Bibliothekswesen und Bibliographie. 2013, 60(5), p. 236-243.

(14) 2013年11月20日、ゲッティンゲン大学図書館電子出版部門のチーフである Margo Bargheer氏に対して、現地で筆者が行ったインタビューによる。

(15) Fournier. op. cit.

(16) 2013年11月21日、DFGの図書館サービスと情報システム関連プログラムの責任者である Johannes Fournier氏に対して、DFGボン・オフィスにて筆者が行ったインタビューによる。

(17) “Wir über uns”. Elektoronische Zeitschriften Bibliothek.
http://rzblx1.uni-regensburg.de/ezeit/us.phtml?bibid=AAAAA&colors=7&lang=de, (accessed 2014-06-30).

(18) University Library of Regensburg. “Electronic Journals Library Annual Report 2012”.
http://ezb.uni-regensburg.de/anwender/Jahresbericht_EZB_2012engl_1.pdf, (accessed 2014-06-30).

(19) Ibid.

(20) Hutzler, Evelinde et al. “EZB – Elektronische Zeitschríftenbibliothek : 10 Fragen von Bruno Bauer an Evelinde Hutzler, Projektverantwortliche für die EZB an der Universitätsbibliothek Regensburg”. Arbeitsgemeinschaft für Medizinisches Bibliothekswesen. 2002, p. 26-30.
http://eprints.rclis.org/6654/1/hutzler.pdf, (accessed 2014-06-30).

(21) Penza, Don et al. “E-Journal Access through International Cooperation: Library of Congress and the Electronic Journals Library EZB”. Serials Review. 2004, (30), p. 176-182.

(22) Hutzler, Evelinde. “10 Jahre Elektronische Zeitschriftenbibliothek-Kontinuität und Wandel einer kooperativen Dienstleistung”. Bibliotheksdienst. 2008, 42(2), p. 169-181.

(23) 2013年11月18日、EZB利用部門責任者であるEvelinedeHutzler氏に対して、現地で筆者が行ったインタビューによる。

 

[受理:2014-08-02]

 


坂本拓. ドイツにおける、電子ジャーナルの戦略的な供給・流通の動向. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1828, p. 5-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1828

Sakamoto Taku.
The Strategic Supply and Distribution of E-Journals in Germany.