CA1739 – トルコの司書職制と図書館情報学教育 / 林 瞬介

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カレントアウェアネス
No.307 2011年3月20日

 

CA1739

 

 

トルコの司書職制と図書館情報学教育

 

1. はじめに

 2010年12月10日、トルコ共和国『官報』(T.C. Resmî Gazete)第27781号に、次のような閣議決定が掲載された。

 民俗調査官、司書、文書館員、資料保存専門職および社会学専門職の「官職」は、国家公務員法第36条第1項第2号に規定する「技術職」であるものとする(1)

 この閣議決定は、トルコの司書職制と図書館員養成の歴史において少なからぬ意味をもつものである。本稿では、この決定を手がかりにトルコの司書職制と図書館情報学教育の現状について紹介する。

 

2. トルコにおける図書館情報学教育

 トルコでは、図書館情報学の研究教育を行う大学組織は、アーカイブズ学の研究教育を行うものと合わせて「情報・記録管理学科」の名称で統一されており、現在この学科に学生を受け入れている大学はトルコ国内に5つ存在する。この名称に変更されたのは2002年であり、それまでは主に「図書館学科」と呼ばれていた。

 図書館情報学教育において最も長い歴史を持つのは、トルコの首都にあるアンカラ大学で、初代国立図書館長ウテュケン(Adnan Ötüken)(2)の協力によって1942年に始められた図書館教室を前身とする。この教室が、1954年に米国のフォード財団からの援助を受けて米国人教員を迎え、歴史言語地理学部図書館学科となった(3)

 次に古いものはイスタンブル大学で、1964年に教員をドイツから招いて文学部に図書館学科を創設した(4)

 第三はアンカラのハジェッテペ大学文学部のもので、1974年から学生を受け入れている。ここは英語教育を重視したカリキュラムを特色に掲げている(5)

 1980年代以降、研究教育の充実とともに3大学の図書館学科は拡大し、アンカラ大学とハジェッテペ大学ではアーカイブズ学専攻、ドキュメンテーション・情報学専攻が増設された(6)。1990年代には、情報化社会に対応して図書館学科の教育目的は図書館に限定されない情報専門職の養成へと発展し(7)、この目的の下で図書館学科は情報・記録管理学科に改組された(8)。2002年以降、3大学の情報・記録管理学科では、学生は専攻の枠を超えて学ぶことができるようになっている。

 2008年にはエルズルムにあるアタテュルク大学文学部情報・記録管理学科が学生の受け入れを開始し、図書館情報学教育機関に加わった(9)。このほか、イスタンブルのマルマラ大学文理学部に2002年にアーカイブズ学科から改組された情報・記録管理学科があり、アーカイブズ学を中心とする研究教育が行われている。

 

3. 司書の専門職制

 トルコでは、大学の情報・記録管理学科で教育を受け、4年の学部課程を修了した者が司書有資格者とみなされる。情報・記録管理学科を修了していない者は、図書館で働いていても司書(kütüphaneci)の職名で呼ばれることはない。

 トルコは全国81県894郡に配置された1,135館の公共図書館(10)が文化観光省の地方出先機関で、大学も約3分の2が国立なので、司書の職場のうち多くの割合を政府機関が占める国である。これら政府機関の図書館では、司書の官職に就くことができる者は、情報・記録管理学科の修了者に限られている。

 トルコの公務員制度では、新規採用者は、全国の官公庁が参加して毎年数回に分けて実施される採用プログラムで決定される(11)。すべての募集対象官職は、学歴などの申込資格が厳格に定められており、司書の官職は、大学の情報・記録管理学科を修了していないと採用を希望することさえできない仕組みになっている(12)

 民間でも同様で、司書という語は情報・記録管理学科を修了している図書館職員を指し、情報・記録管理学科を修了していない職員との区分が見られる。

 

4. 司書の教育・人事の課題

 これまで見てきたようにトルコでは、大学における情報・記録管理学科修了の資格が司書の人事制度において実効のある前提として機能しているが、図書館関係者の間では、まだ多くの課題があると考えられている(13)

 まず、司書として職を得ることが困難である。トルコの図書館では、従来職員の大部分が一般事務系の官職で占められてきたため、図書館の数に対して司書の求人は少なく、公共図書館の場合、職員のうち司書有資格者の割合は依然として15%に満たない(14)

 また、公務員の採用プログラムでは、事前に実施される公務員選抜試験の獲得点に基づいて採用者が決定されるが、司書志望者に課せられる試験は歴史、地理、政治、経済、外国語などの一般知識を問う内容のみである(15)。そのため、政府機関で司書の官職に就くためには、司書となるために大学で学んだ図書館情報学と全く無関係な試験で厳しい競争を勝ち抜かなければならない。

 その上、苦労して司書の仕事を得ることができても、公務員司書の待遇は不十分であると言われている(16)。司書の官職は国家公務員法の規定上「一般行政職」という職群に位置づけられてきたが(17)、この職群は建築学部、工学部、経済学部や考古学科の修了者が採用される建築技官、エンジニア、統計専門官、経済専門官、遺跡調査官などの「技術職」の職群に位置づけられる官職と比べ、給与等の処遇面で劣る。

 こうした課題の中でも、トルコの図書館界では、他の専門職養成課程の修了者との処遇格差は深刻視されており、司書に優秀な人材を集める上で支障になると指摘されてきた(18)

 このような背景において2010年に実現したのが、冒頭に紹介した閣議決定である。これにより、司書有資格者である情報・記録管理学科修了者は専門性を評価され、情報・記録管理学科修了者だけが就くことのできる司書の官職は「技術職」へ移行することになった。司書の処遇向上により、情報・記録管理学科に優秀な学生が集まり、司書の人材供給が活性化することが期待される。

 

5. おわりに

 トルコには、情報・記録管理学科を修了した司書有資格者の専門職団体として1949年設立のトルコ図書館員協会(Türk Kütüphaneciler Derneği)があり、司書の専門職としての地位向上に向けた活動を行っている(19)

 2010年11月、アンカラを訪問した筆者は、トルコ図書館員協会のカルタル(Ali Fuat Kartal)会長に面会する機会を得た。冒頭で紹介した閣議決定は、訪問時に文化観光省で公布の準備を進めていることをカルタル会長から教えられたもので、この決定で協会として長年取り組んできた課題の一つに一区切りがつくとのことであった。

 カルタル会長によれば、問題は司書の人事制度だけではないという。トルコでは公共図書館へ配分される予算が少なく、図書館には古い資料しか所蔵されていないような状況で、国民の図書館に対する期待も乏しく、司書の地位向上の障害となっているそうである。

 このように、トルコの司書を取り巻く環境には依然課題が積み残されているが、専門職としての高い自覚をもった司書たちによる、長い努力の過程で少しずつ改善されていくことを期待したい。

関西館アジア情報課:林 瞬介(はやし しゅんすけ)

 

(1) トルコ語からの抄訳。原文は
T.C. Resmî Gazete. 2010.12.10, sa. 27781.
http://www.resmigazete.gov.tr/main.aspx?home=http://www.resmigazete.gov.tr/eskiler/2010/12/20101210.htm&main=http://www.resmigazete.gov.tr/eskiler/2010/12/20101210.htm, (accessed 2011-01-21).

(2) ウテュケンはベルリンで図書館学を学び、帰国後、教育省に入省した。1950年、国立図書館設置法制定に伴い初代館長に任命された。
Ötüken, Adnan. Kütüphaneciliğimiz için…. Ankara, Türk Kütüphaneciler Derneği, 1979, 79p.

(3) Ötüken, Adnan. Türkiyede kütüphanecilik öğretiminin tarihçesi. Türk Kütüphaneciler Derneği Bülteni. 1957, 6(1-2), p. 1-35.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/166/, (accessed 2011-01-21).
Ersoy, Osman. Kütüphanecilik kursları. Dil ve Tarih Coğrafya Fakültesi Dergisi. 1966, 23(1-2), p. 49-59.
http://dergiler.ankara.edu.tr/dergiler/26/1046/12631.pdf, (accessed 2011-01-21).

(4) Baysal, Jale. İstanbul Üniversitesi Edebiyat Fakültesi Kütüphanecilik Bölümü’nün yirmi yıllık tarihçesi. Kütüphanecilik Dergisi : Belge Bilgi Kütüphane Araştırmaları. 1987, (1), p. 5-15.

(5) Kum, İlhan. Hacettepe Üniversitesi Sosyal ve İdari Bilimler Fakültesi Kütüphanecilik Bölümünde yürütülen lisans programı. Türk Kütüphaneciler Derneği Bülteni. 1979, 28(4), p. 171-177.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/784/, (accessed 2011-01-21).

(6) イスタンブル大学は図書館学科と別にアーカイブズ学科を置いた。
Rukancı, Fatih. “Ülkemizde arşiv eğitimi ve geleceği”. Bilginin Serüveni : Dünü, Bugünü ve Yarını… : Türk Kütüphaneciler Derneği’nin 50. Yılı Uluslararası Sempozyum Bildirileri. Bayram, Özlem, et al. Ankara, 1999-11-17/21. Ankara, Türk Kütüphaneciler Derneği, 1999, p. 136-143.

(7) Çakın, İrfan. Bilgi profesyonellerinin eğitiminde yeniden yapılanma : Hacettepe Üniversitesi örneği. Türk Kütüphaneciliği. 2000, 14(1), p. 3-17.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/1689, (accessed 2011-01-21).

(8) イスタンブル大学のアーカイブズ学科は学生の受け入れを停止し、情報・記録管理学科に吸収された。
“İstanbul Üniversitesi Edebiyat Fakültesi Bilgi ve Belge Yönetimi Bölümü”. İstanbul Üniversitesi Edebiyat Fakültesi.
http://www.istanbul.edu.tr/edebiyat/bolum_sayfasi/bilgi_belge_yonetimi_bolumu.htm, (accessed 2011-01-21).
Haberler. Türk Kütüphaneciliği. 2002, 16(1), p. 102-105.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/1812, (accessed 2011-01-21).

(9) Yılmaz, Malik. Atatürk Üniversitesi Edebiyat Fakültesi Bilgi ve Belge Yönetimi Bölümü : kuruluş aşaması ve bugünkü durumu. Türk Kütüphaneciliği. 2010, 24(1), p. 118-129.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/2186/4236, (accessed 2011-01-21).

(10) 2010年1月時点で文化観光省の地方出先機関であった県公共図書館、郡公共図書館、その他の公共図書館と児童図書館の合計数。
“Kültür ve Turizm Bakanlığı 2010-2014 stratejik planı”. Kültür ve Turizm Bakanlığı Strateji Geliştirme Başkanlığı. 2010-01.
http://sgb.kulturturizm.gov.tr/dosya/1-235086/h/stratejikplan.pdf, (accessed 2011-01-21).

(11) “2010 Kamu Personel Seçme Sınavı (KPSS) lisans kılavuzu”. Öğrenci Seçme ve Yerleştirme Merkezi, 2010-05-11.
ftp://dokuman.osym.gov.tr/2010/2010KPSS/2010_KPSS_Lisans_KLVZ.pdf, (accessed 2011-01-21).

(12) 例えば、2010年の第1回公務員採用プログラムにおいて、公共図書館20人、大学42人、政府機関4人の司書の官職が募集対象となったが、すべての官職が情報・記録管理学科修了を学歴要件に指定していた。
“KPSS-2010/1 tercih kılavuzu”. Öğrenci Seçme ve Yerleştirme Merkezi.
http://www.osym.gov.tr/belge/1-11919/kpss-20101-tercih-kilavuzu.html, (accessed 2011-01-21).

(13) ここで紹介する課題は、筆者が国立国会図書館の在外研究制度により2010年の10月から11月にかけてトルコへ出張した際、現地で面会した司書からの聞き取りによる。

(14) 2009年の文化統計によれば、公共図書館職員3,084人のうち、司書有資格者に当たる図書館学科、情報・記録管理学科等の修了者数は448人である。他学科出身の大卒者も843人おり、司書は大卒者全体の中でも3分の1ほどでしかない。
Türkiye İstatistik Kurumu. Kültür İstatistikler 2009. Ankara, Türkiye İstatistik Kurumu, 2009, 216p.
http://www.turkstat.gov.tr/IcerikGetir.do?istab_id=42, (accessed 2011-01-21).

(15) “2010 Kamu Personel Seçme Sınavı (KPSS) lisans kılavuzu”. Öğrenci Seçme ve Yerleştirme Merkezi. 2010-05-11.
ftp://dokuman.osym.gov.tr/2010/2010KPSS/2010_KPSS_Lisans_KLVZ.pdf , (accessed 2011-01-21).

(16) 最近アンカラの大学図書館と公共図書館で勤務する司書89人に対して行われた職業満足度調査によれば、司書の60パーセント弱が仕事に対して得られる報酬を「非常に不満」または「不満」と認識している。
Yılmaz, Bülent et al. Ankara’daki üniversite ve halk kütüphanelerinde çalışan kütüphanecilerin iş doyumları üzerine bir araştırma. Bilgi Dünyası. 2010, 11(1), p. 49-80.
http://www.unak.org.tr/BilgiDunyasi/gorusler/2010/cilt11/sayi1/49-80.pdf, (accessed 2011-01-21).

(17) 大学図書館の司書は、外国語の専門試験で基準以上の点を取得することにより、「教育職」である「専門員」に昇格する道がある。

(18) Bilgi ve belge yönetimi/kütüphanecilik bölümü mezunlarının teknik hizmetler sınıfı kapsamına alınması ile ilgili gerekçe. Türk Kütüphaneciliği. 2009, 23(2), p. 366-372.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/2147/4197, (accessed 2011-01-21).

(19) Kartal, Ali Fuat. TKD : Türkiye’de 60 yıllık bir mücadelenin adı?. Türk Kütüphaneciliği. 2009, 23(4), p. 672-677.
http://tk.kutuphaneci.org.tr/index.php/tk/article/view/2093/4143, (accessed 2011-01-21).

 

Ref:

林瞬介. トルコの図書館. アジア情報室通報. 2011, 9(1), p. 2-7.

 


林瞬介. トルコの司書職制と図書館情報学教育. カレントアウェアネス. 2011, (307), CA1739, p. 12-14.
http://current.ndl.go.jp/ca1739