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カレントアウェアネス
No.299 2009年3月20日
CA1685
動向レビュー
総合的図書館ポータルへの足跡―オーストラリア国立図書館の目録政策とシステム構築
はじめに
情報環境が激変するなかで、どの図書館もその変化に的確に対応し、書誌コントロールの見直しを図らないと、十全な図書館サービスが遂行できない局面におかれている。OPACや総合目録を通じて書誌情報を利用者に提供するだけではもはや不十分であり、文化的、学術的活動の所産としてのネットワーク情報資源も含む多様なメディアを総合的に提供するサービス(総合的ポータルの構築)が求められている。
2005年末から2006年にかけて、米国で研究図書館目録の機能衰退とその将来像についての報告書が相次いで発表され、「図書館目録の危機」なる言葉が人口に膾炙した(CA1617参照)。しかしながら同じ頃に、情報資源の発見と提供におけるOPACの限界と総合目録の重要性を指摘し、情報提供サービスの転換が提唱されていたことはあまり知られていない。それは、2005年10月に発表された、オーストラリア国立図書館(NLA)のピアース(Judith Pearce)の論文「情報資源の発見と提供における新たな枠組み」(1)である。
NLAはこの論文を出発点として、情報資源の発見と提供プロセスにおける目録の役割と将来について再検討してきており、国際的にも刮目に値する成果をあげている。以下にその足跡を辿り、評価を試みたい。
1. 情報資源の発見と提供サービス―総合目録の新たな役割
ピアース論文は、インターネットにおけるGoogleやYahoo!といったサーチエンジンが、図書館のOPAC等の伝統的なサービスを超えた効率的なツールとなりつつある現状を踏まえ、資源共有の必要性、利用者が求める資源への直接的なアクセスの提供、総合目録の重要性、資源提供サービスを行う図書館システムについてのレジストリー・サービスの必要性、発見サービスの将来、クライアントやターゲットのインテリジェント化等について検討し、総合目録や情報システム基盤の改修・改善とレジストリーの整備を提言している。
NLAはこの後、2006年2月にオンライン情報資源への案内も行う、オーストラリア国内の総合的ポータル“Libraries Ausralia”をリリースしている。オーストラリア国内の図書館800館以上が所蔵する、4,000万件以上の情報資源の所在情報を収録した全国総合目録であると同時に、オーストラリアの電子情報データベースとして、NLAのウェブアーカイブ “PANDORA”(CA1537参照)、写真アーカイブ“Picture Australia”(E443参照)、音楽アーカイブ“Music Australia”(CA1575参照)、新聞アーカイブ“Australian Newspapers”、オーストラリアの学術研究成果リポジトリ“ARROW Discovery Service”(E750、CA1575参照)等を含む、無料のウェブ探索インタフェースと位置付けられている。なお、これらとは別にNLAのローカル・オンライン目録(Catalogue)も提供している。
2006年5月には、NLAは従来の目録政策の見直しを行い、全体の政策や戦略計画の変化に対応するとともに、資源記述の発展を取り入れた新たな「オーストラリア国立図書館目録政策」(2)を公開した。2.5「資源発見サービスへの貢献」の項目には、「(NLAが)作成する書誌データは、(ローカル)目録(Catalogue)からだけではなく、Libraries Australia、Picture Australia、Music Australiaのような電子情報データベースの資源発見サービスとも連携して活用される。目録の記述メタデータは、電子コレクション管理システムを通じた電子情報の管理やウェブ提供にも利用される」とあり、まさに新たな目録の機能について述べている。またこれらのメタデータや、OAI-PMHプロトコルを通じて収集された各館のメタデータは、Googleや外部の資源発見サービスにハーベストされることで、目録やLibraries Australiaの直接利用者よりもさらに多くの利用者に利用されることになる。
2006年8月、ソウルの国際図書館連盟(IFLA)大会でIFLA-CDNL(国立図書館長会議)同盟(ICABS)が主催した公開セッションにおいて、キャスロ(Warwic Cathro)副館長(技術革新担当)は、ピアースの題辞に「変化する目録の役割」という副題を付して、そういったNLAの考え方を紹介している(3)。
キャスロは、図書館システムが資源発見プロセスにおいて果たす役割は大きく、図書館目録とそれ以外の情報資源発見サービスを往還できるようにすることが重要であるとし、そのうえで、発見を手助けするための「規模の大きなプール」としての総合目録を、図書館コレクション中の情報資源に対する最も重要なアクセス手段として発展させる必要があることを指摘した。そしてこの観点から、現段階でNLAが実現できていること、実現の障害となっていること、及び将来の課題を整理している。
2. 目録再考の諸検討
このような認識に基づき、NLAは、具体的な改善方法や施策を検討していった。
2006年9月、オーストラリア目録委員会は、「OPACを超えて:ウェブ・ベースト目録のための将来方向」と題されたシンポジウムをパースで開催した。このシンポジウムでボストン(Tony Boston)は「サーチエンジンにオーストラリア総合目録のデータを蒔くために」(4)という論文を発表している。ウェブサービスでのロングテール現象が注目されている中、「利用者の80%が図書館のコレクションの20%しか利用していない」という実態をどう正し、需要を掘り起こしていくべきか。そのためにはLibraries Australiaの魅力をさらに強化し、Googleや外部の資源発見サービスにデータを提供し、サーチエンジンを超える付加価値サービスを考え、個別情報・資料の入手を改善していくことが求められる、としている。
また、フィッチ(Kent Fitch)は、サーチエンジンLuceneを利用した総合目録の書誌レコードの検索実験のなかで、「FRBR 風に」(FRBR-Like)表示させる実験を行った(5)。FRBRを用いて、検索結果を言語別、資料タイプ別等にグルーピングすることにより、目録の機能を高め、多様なメディアや利用形態に対応した検索を可能にする実験であった。
2007年1月30日の「インフォメーション・オンライン2007」では、ボストンとデリット(Alison Dellit)が「MARCベース目録の検索結果の適合度ランキング:構造的メタデータを開発するためのガイドラインから実行まで」(6)を発表し、新たなソフトウエア・プラットフォームの導入により、2008年にLibraries Australiaを改善する計画を紹介している。
3. 新たなシステム構築と目録の構想
その計画は、システム面から2007年3月の「ITアーキテクチャ・プロジェクト報告」(7)において正式に明らかにされている。また目録の具体的な構想は、2007年4月19日のInnovative Ideas Forumで、デリットとフィッチが発表した論文「目録を再考する」(8)において表明されている。
「ITアーキテクチャ・プロジェクト報告」の目的は、今後の3年ほどの間に、NLAのコレクションの管理、発見と提供を支援するのに必要とされるであろうITアーキテクチャを定義することであった。これまでのアーキテクチャは電子図書館機能の発展に寄与したものの、いまや、新たなオンラインサービスの提供、利用者の経験の改善、新たな考え方や技術の変化への対応を阻害している。そして、NLAの戦略計画“Directions 2006-2008”の目標の1つである「利用者が資料を発見し入手することのできるさらに簡単で統合的なサービスを通じて、また、知識を収集、分担、記録し、提供し保存する新たな方法を確立することにより、学習や知識創造を強化する」において見込まれる5つの成果のうちの「急速に変化する世界における適合性、新たなオンラインコミュニティへの関与、図書館の可視性の強化」こそが、NLAのマントラ(呪文)であり戦略なのだ。「ITアーキテクチャ・プロジェクト報告」によれば、アーキテクチャを変えるための重要なコンセプトは、(1) サービス本位のアーキテクチャの導入、(2) データ統合のシングルビジネス、(3) オープンソース開発モデル、である。これらの設計思想に基づいて、今後のシステム開発を行っていくことが宣言されている。またサービス本位の事例として、様々なデータベースを探索し、受け入れ、提供するまでのアプローチをどのようにシステム化するかが描かれるとともに、シングル(統合)ビジネスとして、利用者が求める資源の類型分析、主題検索結果の表示画面の設計、利用者参加、マッチングとマージング、ブランディングとマーケティング、GoogleやWikipedia等とのパートナーシップ、といったさまざまな局面での可能性が追求されている。
このシステム構築計画に基づき検討された目録の改善計画「目録を再考する」では、今後の目録の戦略として、(1) 標準化と目録システム改善による書誌記述の改善とコスト削減、(2) 利用者とのコミュニケーションのための双方向のオンライン空間の構築、(3) Google等のアグリゲーターへの目録提供を通じた情報資源の統合、(4) アクセシビリティの改善:ランキング、グルーピング、クラスタリングなどの検索技術、マッチング、マージング、ディープリンクを通じた目録統合、資料・情報入手の改善等が挙がっている。そして結論として、図書館は広大な情報の世界と関係し、独自のコレクションや資源をよりよいツールや標準によって記述し、付加価値を付与することを通じて、それらの情報を広く提供し、利用者が公平に、簡単に発見できるよう努めるべきである、と述べている。
4. IT戦略計画 2007-2010
「ITアーキテクチャ・プロジェクト報告」は、2007年7月に「IT戦略計画 2007-2010」(9)として集大成された。この計画は、2007年7月から2010年6月までの3か年におけるIT基盤とサービスの推進のための中期的計画であり、高度戦略価値をもつ優先的活動とITベースの活動を確認するためのものである。計画は、戦略環境やその時点の優先度に従って、毎年見直される。財源は2億7,500万豪ドルとし、その中で新聞電子化プロジェクトの推進も図ることとされた。
戦略的優先事項として以下の6つの目標が掲げられている。(1) 電子コレクションの収集、管理、提供を支援するソフトウエア及び基盤コンポーネントをグレードアップする。(2) Libraries Australiaや他の協力発見サービスを維持、強化し統合する。(3) 新フルテキストサーチソフトウエアを開発し整備する。(4) オーストラリアの新聞、雑誌、図書のフルテキストコンテンツをオンライン提供することを通じて、電子化された図書館コレクション資料の範囲、量を拡張する。(5) 出版、協力、寄稿、相互作用を支援するためオンライン空間を整備する。(6) ビジネスプロセスの効率性、継続性の強化を支援する。
さらに、これらの目標を実現するための施策とそのアクションが定められている。このうち、目標(2)の「Libraries Australiaや他の協力発見サービスを維持、強化し統合する。」については、3つの施策が講じられる。(i) 発見・アクセスサービスの強化と支援、(ii) 利用者サーチ経験の改善、(iii) Libraries Australia運営の推進、である。
5. 次世代目録の実現と将来
同じ頃、米国ペンシルバニア州ヴィラノヴァ大学が開発したオープンソースであるVuFindがリリースされた(10)。
2008年になって、NLAは、これを利用したWeb 2.0対応の次世代目録の試行版をローカル目録として公開した。利用者の意見も徴し、改善を加え、現在、本格実施の段階を迎えている(11)。適合度ランキング、ファセット方式での絞り込み検索、ソーシャルタギングやコメント付与、検索結果や貸出し記録の保存といったマイライブラリー機能、Wikipedia、Google Book Searchとの連携、RSSフィードの出力などが可能となっている。さらに将来は、利用者の生成するデータや自動生成されるデータ(コンピュータによる書誌記述、主題分析等)の組み入れが進められていくであろう。Libraries Australiaの方もこれと並行し、NLAのリーダーシップのもとで国全体の課題として、これまで述べてきたような綿密な計画に基づいて改善されている。
我が国の図書館も、OPACを超えた総合的ポータルを構築するためには、電子情報資源のナショナル・データベース構築や、基盤整備のための各界の協力体制に関するグランドデザインが必要である。またインターネットのなかで書誌データがどのように検索・発見されるのかについて、さらに研究を進める必要がある。図書館の書誌コントロールはこれまでの概念をはるかに超え、全体の情報資源をどう生産し、保存し、流通し、活用するかという社会的システムに関する構想として、そのあり方が問われているのである。
聖徳大学:那須雅熙(なす まさき)
(1) Pearce, Judith. “New frameworks for resource discovery and delivery”. National Library of Australia.
http://www.nla.gov.au/nla/staffpaper/2005/pearce1.html, (accessed 2008-12-18).
(2) “National Library of Australia Cataloguing policy”. National Library of Australia.
http://www.nla.gov.au/policy/cataloguing/NLACataloguingPolicy.html, (accessed 2008-12-18).
(3) Cathro, Warwick. “New frameworks for resource discovery and delivery: the changing role of the catalogue”. 102 IFLA-CDNL Alliance for Bibliographic Standards ICABS. Seoul, Korea, 2006-08-20/24, IFLA. 2006.
http://www.ifla.org/IV/ifla72/papers/102-Cathro-en.pdf, (accessed 2008-12-18).
(4) Boston, Tony. “Seeding search engines with data from the Australian National Bibliographic Database (ANBD)”. Beyond the OPAC: Future Directions for Web-based Catalogues. Perth, Australia, 2006-09-18, National Library of Australia. 2006.
http://www.nla.gov.au/lis/standrds/grps/acoc/papers2006.html, (accessed 2008-12-18).
(5) Denton, William. “More interesting work at National Library of Australia”. The FRBR Blog.
http:www.frbr.org./2006/10/20/nla, (accessed 2008-12-18).
(6) Dellit, Alison.; Boston, Tony. “Relevance ranking of results from MARC-based catalogues: from guidelines to implementation exploiting structured metadata”. Information Online 2007. Sydney, Australia, 2007-01-30, ALIA. 2007.
http://ll01.nla.gov.au/InfoOnline2007Paper.html, (accessed 2008-12-18).
(7) National Library of Australia. IT Architecture Project Report. 2007, 30p.
http://www.nla.gov.au/dsp/documents/itag.pdf, (accessed 2008-12-18).
(8) Dellit, Alison ; Fitch, Kent. “Rethinking the catalogue”. Innovative Ideas Forum. Canberra, Australia, 2007-04-19, National Library of Australia. 2007.
http://www.nla.gov.au/nla/staffpaper/2007/documents/Dellit-Fitch-Rethinkingthecatalogue.pdf, (accessed 2008-12-18).
(9) National Library of Australia. Information Technology Strategic Plan 2007-2010. 2007, 15p.
http://www.nla.gov.au/policy/documents/IT%20Strategic%20Plan%202009-2010.pdf, (accessed 2008-12-18).
(10) Villanova University’s Falvey Memorial Library. “Vufind: The library OPAC meets Web 2.0”.
http://www.vufind.org/, (accessed 2008-12-18).
(11) National Library of Australia. “catalogue”.
http://catalogue.nla.gov.au/, (accessed 2008-12-18).
Ref.
那須雅熙. オーストラリア国立図書館の次世代目録試行版. NDL書誌情報ニュースレター, 2008年1号 (通号4号).
http://www.ndl.go.jp/jp/library/data/bib_newsletter/2008_1/index.html, (参照 2009-01-05).
那須雅熙. 総合的図書館ポータルへの足跡―オーストラリア国立図書館の目録政策とシステム構築. カレントアウェアネス. 2009, (299), p.14-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1685