CA1617 – 研究図書館目録の危機と将来像−3機関の報告書から− / 渡邊隆弘

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カレントアウェアネス
No.290 2006年12月20日

 

CA1617

 

研究図書館目録の危機と将来像
−3機関の報告書から−

 

 2005年末から2006年にかけて,米国の3機関から,研究図書館(学術図書館)における目録・目録業務の将来像に関するまとまった報告書が相次いで公表された。『カリフォルニア大学における書誌サービス提供方法の再検討(1)』(2005年12月)(E448参照),『インディアナ大学における目録業務の将来に関する白書(2)』(2006年1月),そしてLC(米国議会図書館)による『目録の変化する本質および他の情報発見ツールとの統合(3)』(2006年3月)である。

 これらの背景には,現在の目録の機能や費用対効果に対する危機認識があり,その認識や対処方法をめぐって論争も起こっている。本稿では3報告書を中心に,研究図書館目録をめぐる議論の動向を紹介したい。

 

1. マーカム(Deanna Marcum)の危機認識

 2003年からLCの図書館サービス担当副館長(Associate Librarian)を務めるマーカムは,2005年1月に「目録業務の将来」と題した講演を行った(4)

 本講演では,「Google時代」における目録業務への危機認識を,2つの側面から指摘している。一つは目録利用の低下であり,様々な調査結果が利用者(特に学生)の検索エンジンへのシフトを示しているという。もう一つはGoogle Book Search(E285参照)に代表される大規模デジタル化プロジェクトの進行であり,単語レベルのインデクシングを伴うデジタル化が急速に進展すれば目録業務のあり方も問い直されるとしている。そして,こうした状況のもとでは目録業務の費用対効果(LCの目録業務の年間コストは4,400万ドル)を高める再構築が必要であるとし,抄録・索引ツールやオンラインレファレンスツールとの「ハイブリッドシステム」構築や,一次情報のデジタル化を前提として記述目録タスクを簡素化し余力をより知的な作業(典拠コントロールなど)に振り向けること,などの可能性をあげている。

 講演という性格から,明確で詳細な青写真が示されたものではないが,本講演はLCの目録政策に責任を持つ幹部の発言として注目を集め,上記インディアナ大学及びLCの報告書でも議論の出発点の一つとして明示されている。

 

2. カリフォルニア大学の報告書

 カリフォルニア大学の報告書は,5名の図書館員からなる「書誌サービスタスクフォース(BSTF)」によるものである。本報告書は,「この10年でどのオンライン検索もより単純で効果的なものになったが,図書館目録だけが例外である」と述べているように,OPACの機能改善に問題意識の力点を置いている。「探索・検索の改善」のための勧告事項として,検索失敗時のサポート,大量ヒット時のナビゲーション(FRBR(CA1480参照)モデルの導入やファセットブラウジング(5)など),レレバンスランキング(検索結果のランキング表示)の導入といったOPAC単独での機能改善事項に加え,「利用者のいるところに書誌サービスを届ける」として,学内の教育ポータル等から目録検索を可能にすることや目録データを外部サーチエンジンに提供すること等もあげている。

 また,コスト削減のための目録業務見直しも重視されている。目録部門統合など学内事情に係わる事項もあるが,リソースごとに適切なメタデータスキーマと記述レベルを選択する(すべてをMARC/AACRに統一しない),LCSH(米国議会図書館件名標目表)の全面的使用を見直しOCLCのFAST(6)に注目する,メタデータ作成に外部ソースの利用(コピーカタロギング)を徹底する,等があげられている。一方で,重要な分野には作業を集中し豊かなデータを作るとの提言もあり,例として,FRBRモデルを用いたナビゲーション機能が特に有効な,文学・音楽分野の多作な著者の著作などがあげられている。

 なお,本報告書末尾には抄録・抜粋を含んだ約60点の文献リスト(ほぼ2003年以降の文献)があり,有用である。

 

3. インディアナ大学の報告書

 インディアナ大学の報告書も,図書館員11名からなる「目録業務の将来に関するタスクグループ」によるものである。学術コミュニケーションの変容等の外部状況の記述が比較的詳細で,続いて今後の目録および目録担当者の役割について紙数を割いている。

 FRBRモデルの導入や外部システムとの連携など,今後の改善見通しについては他の報告書と類似の認識を示しているが,目録は今後も図書館サービスの中核として有効であり続けることが強調され,危機的という状況認識は(皆無ではないが)やや薄いようである。また目録担当者についても,状況に応じた能力開発の必要性を指摘したうえで,より役割が広がり,図書館が直面する諸問題のキープレーヤーになるとの見通しを示している。

 本報告書では最後に,今後の戦略として「目録部門と他部門との新しい連携」,「目録担当者の専門性をMARC以外のメタデータ形式へ拡張」,「より効率的な内部目録作業」,「OPACの進化のための調査・準備」の4項目を示している。

 

4. LCの「カルホーン報告書」の発表と論争

 2006年3月17日に発表されたLCの報告書は,コーネル大学図書館のカルホーン(Karen Calhoun)がLCの委託を受けて執筆したものである。本報告書の分析対象はLCの目録ではなく「研究図書館の目録」であり,より具体的には研究図書館協会(ARL)の加盟館123館を想定するとしている。

 本報告書は,研究図書館が過去の財産に頼れない「不連続な変化」の時代に入り,目録は「衰退期で,その工程や構造は持続不可能」な状態にあるという危機的認識のもとに,そのあり方や機能を抜本的に見直し,変化へのビジョンや行動への青写真を描こうとしている。想定読者層の第一は「図書館の意志決定者」であり,前述の両大学のものに比べると経営戦略的視点への志向が強く出ている。方法論としては,過去5年間の幅広い文献調査と,図書館管理職・研究者・情報関係企業等計21組への構造的インタビューの結果を考察の材料としている。

 カルホーン報告書はその大胆ともいえる内容によって発表直後から大きな注目を浴び,4月3日にはLC専門職組合(Professional Guild)の文書という形で,マン(Thomas Mann)による厳しい内容の「批判的レビュー(7)」が出された。また,Library Journal誌のオンライン週刊誌Academic Newswireは4月20日号でマーカムへのインタビューを含む記事(8)を掲載した。マーカムは,カルホーン報告書の内容はそう唐突なものではなく,「LCの管理職たちは概ね同意している」と述べている。しかし,同記事内でLC専門職組合のシュナイダーマン(Saul Schniderman)は,マンの批判が「我々のメンバーの圧倒的多数の見方を反映している」としている。

 

5. カルホーン報告書の内容と批判

 本節ではカルホーン報告書の特徴的内容を概観し,マンの批判点も合わせて述べる。

 まず,前節でも少し述べたが,目録の現状に対する危機認識の強さが一つの特徴である。具体的には利用者の目録離れ,学術情報世界におけるカバー率の低下,機能改善の遅れなどが指摘されるが,特に検索エンジン等へのシフトによる利用低下・市場縮小の深刻さが強調され,もはや製品ライフサイクルの衰退期に入っていると述べている。マンはこの認識に対して,一般・学部学生レベルではそうかもしれないが,対象を研究者に限れば諸調査でも目録は依然として重要な位置を占めていると批判している。

 このような危機を克服するための指針を導き出すべく,カルホーン報告書はいくつかのビジネス理論を援用している。競争戦略論で著名なポーター(Michael Porter)らの「衰退産業における終盤戦略(9)」の引用によりいくつかの戦略が考察されているが,衰退の不可避性を前提とするビジネスモデルの適用について,マンは少なくとも研究利用においては典拠管理等によって検索語の標準化を行う目録の必要性は変わらないと批判している。カルホーン報告書では全体的に,研究図書館目録を論議しながら一般的なクイック情報探索と研究者の求める網羅的検索との違いが整理されていないというところが,マンの批判の中心点である。

 またカルホーン報告書は,レビット(Theodore Levitt)の製品ライフサイクル論(10)を適用して,新規利用者の獲得(及び/または)新規利用法の開拓による「再生」可能性に言及している。こうしたビジネス理論の考察を踏まえて,5年の時間枠を想定した3つの戦略「延命(Extending)」「拡大(Expanding)」「先導(Leading)」が示される。「延命」戦略は,OPACの機能改善とコスト削減によって目録の寿命延長をなしとげるものである。「拡大」戦略では,外部機関との共同等によって目録の新たな利用者を呼び込むことをめざす。そして「先導」戦略では,教育・研究を支援する情報システムにおける図書館の役割を拡張し新たなステージが企図される(ただしこのレベルは必ずしも具体的に述べられていない)。

 最後にカルホーンは,今後2年間を想定した行動の「青写真(Blueprint)」を作成している。この青写真は10分類80項目の様々な内容に及ぶが,経営戦略的視点の重視とコスト削減への傾斜が特徴としてあげられよう。前節で述べたように意志決定者への提言を主目的にしているため,戦略オプションの選択,職員の能力開発,ファンドとパートナーの確保,といった項目が大半を占めている。また目録・目録業務の実際については,カリフォルニア,インディアナ両大学の報告書にも通じるいくつかのOPAC機能改善提案を示しているが,一方でコピーカタロギングの徹底(ローカルカスタマイズを行わない),データ品質よりも作業の迅速性の重視,自動処理の強化など,コスト削減方策の提示も目立つ。これに対してマンは,体系的な検索に耐えるデータ品質が最も重要で,それを犠牲にしては意味がないと批判している。

 そして,マンが「批判的レビュー」中で最も力を入れて反論しているのは,「青写真」中の「LCSHを用いて手作業で包括的に主題分析を行うのをやめて主題キーワードを採用し,LCにLCSHの廃棄を促す」との項目に対してである。マンは,事前結合型統制語彙であるLCSHの,研究者の目録利用における有効性を力説している。統制語彙の費用対効果に関する議論は古くからあるし,カルホーンは多くの提言項目の一つとしてあげているのみでどの程度の考えなのか疑問もあるが,断定的な表現のせいもあってか,報告全体を象徴するものといった捉えかたで大きな波紋を呼んだ。前述のAcademic Newswire誌の記事も「LCSHの終焉?」が冒頭の見出しになっており,マーカムもインタビューに答えて「LCSHを完全に終焉させるようなシナリオは想像できない」と沈静化につとめている。折しもLCでは,2006年4月に発表されたシリーズ典拠の作成中止方針が強い反発を受けながら6月から実施された(11)。カルホーン報告はLCの目録政策を直接扱ったものではないが,1.で述べたマーカム講演等もあって目録コストの問題に敏感になっている図書館界では,どうしても関連をもって受け止められてしまうようである(12)

 

6. おわりに

 以上,3機関の報告書と,それをめぐる若干の議論について紹介した。

 図書館目録をめぐる状況としては,IFLAの国際目録原則(CA1571参照)やAACR全面改訂(RDA)(E372参照)など目録規則の抜本的見直しや,RLGとOCLCの合併(E486参照)など,大きな動きには枚挙にいとまがない。また,本稿ではまとめきれないが,3機関の報告書以外にも,目録・目録業務の今後を論じた雑誌論文や会議発表はこのところ随分目につく。ブログやメーリングリストでの議論も活発である。背景には重い危機認識があってのことではあるが,目録がこれだけ盛んに論じられるのはあまり例のないことではないだろうか。今後の帰趨に注目するとともに,振り返って(見方によっては)さらに深刻な状況にあるともいえるわが国の図書館目録を考えていく必要があるだろう。

帝塚山学院大学人間文化学部文化学科:渡邊隆弘(わたなべ たかひろ)

 

(1) The University of California Libraries, Bibliographic Services Task Force. Rethinking how we provide bibliographic services for the University of California. Final report. The University of Carlifornia, 2005. (online), available from < http://libraries.universityofcalifornia.edu/sopag/BSTF/Final.pdf >, (accessed 2006-10-09).

(2) Byrd, J. et al. A white paper on the Future of Cataloging at Indiana University. Indiana University, 2006. (online), available from < http://www.iub.edu/~libtserv/pub/Future_of_Cataloging_White_Paper.pdf >, (accessed 2006-10-09).

(3) Calhoun, K. The changing nature of the catalog and its integration with other discovery tools. Final report. Library of Congress, 2006. (online), available from < http://www.loc.gov/catdir/calhoun-report-final.pdf >, (accessed 2006-10-09).

(4) Marcum, D.B. The Future of cataloging. Library Resources & Technical Services. 50(1), 2006, 5-9. 講演は2005年1月16日,EBSCO Leadership Seminar (Boston) でのものであり,ウェブ上にも記録がある(上記と全く同一ではない)。< http://www.loc.gov/library/reports/CatalogingSpeech.pdf >, (accessed 2006-10-09).

(5) 従来型のヒットレコード一覧とともに,検索結果集合を「主題」「地理」「時代」「著者」といった側面(ファセット)ごとに整理して類似文献の集合(クラスタ)を表示するインターフェースが,ノースカロライナ州立大(E566参照)などいくつかの機関のOPACに導入されている。また,書誌情報に限らず様々なメタデータに汎用的に利用できるオープンソースシステム“Flamenco Search”も開発されている(E507参照)。

(6) OCLC. FAST: Faceted Application of Subject Terminology. (online), available from < http://www.oclc.org/research/projects/fast/ >, (accessed 2006-10-09).

(7) Mann, T. The Changing nature of the catalog and its integration with other discovery tools, final report. March 17, 2006. prepared for the Library of Congress by Karen Calhoun. : A critical review. AFSCME 2910, 2006. (online), available from < http://guild2910.org/AFSCMECalhounReviewREV.pdf > (accessed 2006-10-09).

(8) The End of LCSH?: provocative report stirs up cataloging discussion; LC’s Marcum says she sees no abrupt changes. Library Journal Academic newswire. Apr. 20, 2006, 2006. (online) available from < http://www.libraryjournal.com/clear/CA6326622.html >, (accessed 2006-10-09).

(9)Harrigan, K. R. et. al. “衰退産業における終盤戦略”.競争戦略論. 1. Porter, M. E. (竹内弘高訳). 東京, ダイヤモンド社, 1999, 270p. 177-207.

(10) Levitt, T. EXPLOIT the product life cycle. Harvard Business Review. 43(6), 1965. 81-94.

(11) Library of Congress. Cataloging Policy and Support Office. “Series at the Library of Congress: June 1, 2006”. (online), available from < http://www.loc.gov/catdir/cpso/series.html >, (accessed 2006-10-09).

(12)マンはLCのテクニカルサービス方針全般を論じた文書も発表し,カルホーン報告書を関係文書の一つと位置づけている。
Mann, T. What is going on at the Library of Congress?. 2006. (online), available from < http://guild2910.org/AFSCMEWhatIsGoingOn.pdf > (accessed 2006-10-09).

 

Ref.

永田治樹. “整理技術と書誌情報”. 図書館年鑑2006,東京, 日本図書館協会, 2006, 116-118

愛知淑徳大学図書館. “こんな風にして大きな変化は起こるのか:LCのキャルホーン・レポートとシリーズ典拠の中止”.司書の目と耳. (オンライン), 入手先 < http://www2.aasa.ac.jp/org/lib/j/issues_j/metomimi/metomimi.html#20060714 >, (accessed 2006-10-30).

 


渡邊隆弘. 研究図書館目録の危機と将来像−3機関の報告書から−. カレントアウェアネス. (290), 2006, 14-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1617