CA1618 – 米国の図書館界とSNS検閲 / 井上靖代

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カレントアウェアネス
No.290 2006年12月20日

 

CA1618

 

米国の図書館界とSNS検閲

1. はじめに

 図書館資料そのものに対する検閲よりも,インターネット上での未成年者のアクセスを制限しようとする動きが拡大している。未成年利用者を対象としたインターネット上での検閲やフィルターソフト等による制限を法制化しようとする動きが,1996年のCPPA(Child Pornography Prevention Act, Pub.L.No.104-208)以降,COPA(Child Online ProtectionAct, Pub.L.No.105-277), CIPA(Children’s InternetProtection Act, Pub.L.No.106-554) (1)など,活発化している(CA1473CA1572参照)。合衆国憲法で保障されている「個人の知る自由」を制限しようとする動きは,こと未成年者を対象とする場合には「子どもにとって有害である」という理由によって妥当なものと判断されるようである。2006年7月に下院を通過したDOPA(Deleting Online PredatorsAct;H.R.5319)(2)は子どもが学校や図書館からソーシャル・ネットワーキング・サイト(Social NetworkingSites;SNS)にアクセスすることを制限する法律案である。2006年9月には上院にも上程の動きがあったが,おそらく中間選挙をにらみ今議会には上程されなかった。しかし選挙後の2007年1月にも名称を変更し,ほぼ同一内容の法案が提出される可能性が高いと米国図書館協会(ALA)ではみており,評議員や会員に地元上院議員に法案提出をさせないように政治的圧力をかけるようによびかけている。

 DOPAはNCIPA(Neighborhood Children’s InternetProtection Act)に準拠してE-レート(E073参照)を利用して,提供している公共図書館や学校に対して,未成年者が双方向で情報を利用できるサイトへのアクセスを制限することを求めている。ALAのヤングアダルト図書館サービス協会(YALSA)によると,このなかにはインスタント・メッセージやWiki,ブログなどの利用などのみならずAmazon.comや連邦政府自身が提供している行政情報等も含まれる。

 SNSとはインターネットを利用しての電子掲示板やニュース提供など,時間や場所をとわず,不特定多数の人々が議論をかわすことを可能とする限定的な公共の場である。SNSあるいはOnline Social Networkingとよばれるこれらのサイト群は,個人あるいは団体が発信する情報の場で双方向に交流を可能にする。米国では多くの10代の若者たち,あるいはヤングアダルト(YA)さらにはミレニアム世代とよばれる若者たちがSNSを利用している。近年,図書館においては,これら12歳から20歳ぐらいまでの年齢層の利用が,他の年齢層に比べ増加している。不読者層が多いとされるこの世代に対し,図書館は読書の推進に加え,識字活動や図書館を基盤とした社会参加活動の推進など,力を入れている。インターネットの普及とともに成長してきた世代であり,iPodや携帯電話利用と読書時間が生活時間のなかで,ほぼ同じ割合となっている世代でもある。

 ただ,SNSには日本の出会い系サイトと似ている側面がある。個人情報の掲示による不特定多数との接触によって犯罪にまきこまれるケースがある。SNSの利用の中心を10代であると考える人々や政治家などは,SNSを通じて不特定多数の人々と出会う可能性が高く犯罪にまきこまれる危険性が高いと考えている。YAたちは自分自身のスケジュール管理やFlickr(3)などを利用した顔写真の掲載などきわめて個人情報が多いSNSを利用しており,個人のSNS経由で有害情報にアクセスする可能性が高いとみられているのである。このDOPA法案は,10代にとって有害情報や犯罪の温床となるとして,未成年者特にYAを保護するためにSNSの規制を法制化しようとするものである。CIPAがフィルターソフト利用を求めたのとよく似ている。

 

2. SNSと図書館

 米国のヤングアダルトたちが頻繁に利用しているSNSは“MySpace”であり,自分のスケジュール管理や友人との連絡などもここを基点としている。図書館側もSNSを利用して,図書館をあまり利用しないYAをひきつけようとしている。

 MySpace(4)以外にもFlickr,del.icio.us(5)などのサービスや,ブログ,Podcast,Wikiなどの技術を利用して図書館情報を提供し,図書館という場をつくりだそうとしている。YAたちは図書館という施設にはなかなかやってこないが,インターネットを通じて図書館の機能を利用する。そういう形で図書館利用をするYAたちを主なターゲットとして,図書館側はSNS上に図書館サイトを形成し,文字情報のみならず動画や音声情報をも提供する。物理的な図書館の建物はないが,多様な情報を提供しているという。ホームページという形式のため,多様な電子形態での情報提供が可能であり,図書館側からの一方的な情報提供だけではなく,図書館と利用者間,そして利用者と利用者との間での情報交流の場も提供しているのである。SNS上で図書館資料の情報のみならず,こういったコミュニケーションの場を提供している図書館は急速に増加している(6)

 例えば,YAたちに役立つサイトに検索エンジンより早くアクセスできるようなリンク集を準備している図書館もある。YAたちは有効なサイトを効果的にアクセスするために図書館を利用する。図書館側は,検索エンジンを使う前に利用すると便利なリンク集を,あらかじめ準備しておく(7)。こうすることでYAたちは図書館をゲートウェイにして情報を入手するのである。

 さらに日本とは違い,本を読まない・図書館へこないYA向けに,SNS上の図書館から電子図書を提供している。図書館サイトにアクセスして,あらかじめ登録しておいた図書館カードのIDとパスワードを入力して,ネット上から一定期間ダウンロードする。読む電子図書もあれば,聴く電子図書(CA1595参照)もある。どちらの機能をも兼ね備えた電子図書もある。そういった資料をネット上で貸出するのである。貸出期間が過ぎると自動的に電子図書は消滅する。わざわざ図書館まで返却にこなくてもよい。

 『電子図書館の神話』でバーゾールが論じているように(CA1580参照),公共空間である「場所としての図書館」について議論するのであれば,その集会室の利用や展示スペースは,表現の自由を保障する場となる。つまり,資料提供を中心とする考え方からすると,図書館建築という「場所としての図書館」での貸出や閲覧活動,あるいはやや古いイメージとしての電子図書館での情報提供における知的自由の保障という議論になるだろう。だが,図書館は人々の思想のひろばであり交流の場であると考えるのであれば,SNS上での図書館も図書館なのである。SNS上の図書館は資料提供の場所であり,展示スペースであり,集会室である。したがって,図書館がインターネット上で場所を提供するのであれば,図書館としての知的自由が保障されなければならない。だが,DOPA法案はその図書館の知的自由を侵害する法律となり得る。

 

3. DOPAとALA

 そのためDOPA法案に対し図書館側は警戒感を強めている。知的自由の擁護者を自認するALAでは,DOPA法案に関して反対声明をだしている。2006年7月27日付けで上院議員たちにあてて手紙をだし,次の5つの理由から反対を表明している(8)

  1. DOPA法案の文言が過度に広範で,かつ不明確である。したがって図書館サイトを含む多くの有益な情報サイトをもブロックしてしまうことになる。
  2. DOPA法案は,双方向で活用できるインターネットソフトの有益な面を無視している。多様な協力体制をつくりあげ,若者たちの社会参加の場を限定してしまうことになる。
  3. ネットへのアクセスを阻害するのではなく,教育でインターネットを安全に活用することを学ばせるべきである。学校や図書館で教師や司書は子どもたちに情報リテラシー技術を学んでもらう環境を整備している。
  4. 連邦レベルではなく,地域レベルで問題解決をはかるべきである。それはEレートを受容するためにCIPAですでにきめられており,さらに重なる内容となる。
  5. 公共アクセスをもっとも求めている地域で制限をかけることになる。Eレートによりユニバーサルサービス・プログラムを受けている学校や図書館に制限を強いることにあり,つまり家庭でインターネットにアクセスできない個人に制限をすることになる。

 ALAはインターネット「有害」情報から未成年者を「保護」する目的で法律を制定することに,一貫して反対姿勢をとっている。技術的に完全に「有害情報」をブロックできるわけではないことを熟知しているとともに,「有害」という定義があいまいな状況下では,むしろ,個人の知る自由の権利を侵害する情報統制になる危険性のほうが大きいからである。

獨協大学経済学部経営学科:井上靖代(いのうえ やすよ)

 

 

(1) ALA Office for Intellectual Freedom. “CPPA,COPA, CIPA: Which Is Which?”. (online), available from < http://www.ala.org/ala/oif/ifissues/issuesrelatedlinks/cppacopacipa.htm#CPPA >, (accessed 2006-11-1).

(2) ALA Washington Office. DOPA. (online), available from < http://www.ala.org/ala/washoff/WOissues/techinttele/dopa/DOPA.htm >, (accessed 2006-11-1).
Young Adult Library Services Association. DOPA.(online), available from < http://teentechweek.wikispaces.com/DOPA >, (accessed 2006-11-8).
YALSA Podcast by Yalsa. (online), availablefrom < http://www.pod-serve.com/poscasts/show/yalsa-podcasts >, (accessed 2006-11-8).
YALSA. DOPA Information Packet: A Resourcefor Librarians & Library Workers. (online),available from < http://www.ala.org/yalsa >, (accessed 2006-11-8).
YALSA. Teens & Social Networking in School & PublicLibraries: A Toolkit for Librarians &Library Workers.(online), available from < http://www.ala.org/ala/yalsa/profdev/SocialNetworkingToolkit.pdf >, (accessed 2006-11-8).

(3) Flickr. (online), available from < http://www.flicker.com >, (accessed 2006-11-8).

(4) MySpace. (online), available from < http://www.myspace.com >, (accessed 2006-11-8).

(5) del.icio.us. (online), available from < http://www.del.icio.us >, (accessed 2006-11-8).

(6) YALSA–SNS上で提供している図書館リストは以下のサイトでアクセスできる。
YALSA. Online Social Networking. (online), available from < http://teentechweek.wikispaces.com/Online+Social+Networking >, (accessed 2006-11-8).
Libraries on MySpace. (online), available from< http://groups.myspace.com/myspacelibraries >,(accessed 2006-11-8).

(7) YALSA., op. cit. (2)
上記は安全なSNS利用方法をヤングアダルトに教えるべきだとして,SNSとヤングアダルト向け図書館活動について,ALA/YALSAが刊行している資料である。
また同様の趣旨で連邦政府でも資料を提供している。
Federal Trade Commission. Social NetworkingSites: Safety Tips for Tweens and Teens. (online), available from < http://www.ftc.gov/bcp/edu/pubs/consumer/tech/tec14.htm >, (accessed 2006-11-8).

(8) ALAがだした反対声明は以下のサイトで入手できる。
American Library Association. Re: Opposition toH.R.5319, the Deleting Online Predators Act(DOPA). (電子メール), To: United States Senate,< http://www.ala.org/ala/washoff/WOissues/techinttele/dopa/SenateLetter.pdf >, (accessed 2006-11-29).

 


井上靖代. 米国の図書館界とSNS検閲. カレントアウェアネス. (290), 2006, 17-19.
http://current.ndl.go.jp/ca1618