CA1572 – 「子どもをインターネットから保護する法律」合憲判決と図書館への影響 / 高鍬裕樹

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カレントアウェアネス
No.286 2005.12.20

 

CA1572

 

「子どもをインターネットから保護する法律」合憲判決と図書館への影響

 

はじめに

 2003年6月23日に「子どもをインターネットから保護する法律(Children’s Internet Protection Act: CIPA)」(CA1473参照)が合衆国最高裁で合憲と判示(CIPA判決;E098参照)されたことは,米国の図書館界で驚きをもって受け止められた。CIPAの発効に伴い,E-rate(E073参照)等の補助金を受けている図書館はフィルターソフトを導入するか補助金をあきらめるかの選択を迫られた。そのため,ニューハンプシャー州の大多数の図書館は「情報と思想への開かれたアクセス」に賛意を表明して補助金の受け取りを中止した。オレゴン州,ヴァージニア州などでも,資金を受け取らないことを決めた図書館が出たのである(1)

 

CIPA判決が意味すること

 ここでCIPA判決が図書館に要求することを確認しておきたい。そもそもCIPAが技術的保護手段(Technology Protection Measure: TPM)としてフィルターソフトを求めるのは,「児童ポルノ(Child Pornography)」,「猥褻(Obscenity)」,そして未成年者に対しては「未成年者に有害(Harmful to Minors)」という憲法の保護下にない種類の情報(まとめて「C-O-H」という)にアクセスしないようにするためであり,それ以外の情報をブロックすれば表現の自由を定めた合衆国憲法修正第1条違反となる(2)

 ところが現在のTPMは技術的限界により「過度にブロックする」傾向を避けられない。このことはCIPAが法廷で検討される際に大きな問題となり,ケネディ(Anthony Kennedy)裁判官は「もしも……成人利用者の,憲法で保護されたインターネット資料を見るという選択が相当程度妨げられることが示されたなら,適用に関する異議申し立ての問題となろう」と述べ,TPMの適用方法が不適切であれば憲法上の争議を招くことを示唆した。そのような中で相対多数意見は,誤ったブロッキングが憲法上の争議を招くことは認めているものの,「そのような懸念は利用者がフィルターソフトを無効にすることが十分に容易であることで解消される」(3)とし,CIPAを文面上合憲としたのである。

 簡略にまとめると,CIPAにより補助金を受ける図書館はTPMを導入しなければならないが,同時にいくつかの条件を満たさなければ憲法違反の適用となる危険がある。その条件とは以下である。

  • C-O-H以外の情報を可能な限りブロックしない。
  • 成人の利用者の要求に応じて,TPMを容易に無効にできる。また,無効を求める理由を尋ねない。
  • 利用者の申し出に応じて,TPMがブロックした情報のうちC-O-H以外のものについて容易にブロック解除できる。

 

CIPAに「対応した」フィルターソフトの登場

 CIPA判決はフィルターソフトのベンダーにも影響を与えた。判決が出た直後から,いくつかのベンダーが自社製品について「CIPA対応」を謳って販売していることがLibrary Journal誌に報告されている(4)。エイル(Lori Bowen Ayle)の調査によれば,調査対象となった22種のフィルターソフトのうち16種はCIPAに対応するカテゴリを用意しており,17種は端末でフィルターソフトを無効にすることができる (5)

 現在のところ,裁判所も連邦通信委員会(Federal Communications Commission)も,どのようなTPMであればCIPAの要請を満たすかについていかなる指針も提供していないため,これらの「CIPA対応」が妥当であるかどうかは今後の判断を待つ必要がある。

 

図書館によるTPMの開発・管理の動き

 一方で,図書館が自らTPMを開発・管理することで,ブロックされる情報を必要最小限に抑え,無効化やブロック解除を図書館の管理下に置こうとする動きも見られる。その一例として,カンザス州立図書館の開発した“Kanguard”が挙げられる(6)。Kanguardの場合,ブロックするサイトは図書館員がボランティアで参加する内容審査委員会で決定される。利用者がブロックされたサイトに行き当たった際には特別なウェブページが表示され,ブロックするとの図書館の判断に対して再検討を要請できるようになっている。また,フィルターを無効にするための小さなプログラムを用意し,職員がアイコンをクリックするだけでTPMを無効化できるようにしている。

 

CIPA判決の基準に適合しない図書館に対する指摘

 CIPA判決が示したインターネット・アクセスの基準に適合しない図書館に対して指摘を行う団体も現れた。2005年4月,米国自由人権協会(American Civil Liberties Union: ACLU)ロードアイランド州支部は報告書を出し,州内の公立図書館がCIPA判決の示した条件に適合していないことを示した(7)。C-O-H以外の情報がブロックされており,また3分の1の図書館ではフィルターソフトが無効化できることを利用者に知らせていないと報告したのである。

 この報告を受けて図書館はブロックするカテゴリを再検討することを決定した。加えて,フィルターソフトを提供しているCLAN(Cooperating Libraries Automated Network)は,スタッフに対して,見ようとしたサイトがブロックされた場合にフィルターソフトの無効化を図書館に要求できることを利用者に明確に知らせるよう指示したと発表した(8)。また10月には,ブロックされるサイトのカテゴリを再検討し,「裸体(Nudity)」に属するサイトへのブロックを解除したとも発表した。

 それでもACLUは懸念を表明し続けている。ACLUは自ら調査を行い,少なくとも4つの図書館で,CLANの基準を超えて「賭博(gambling)」や「違法(illegal)」といったカテゴリの情報もブロックされていると発表した。また調査対象の48館のうち18館からは返答がなかったとしたのである(9)

 

州法での「CIPA」

 州法によって公立図書館でのインターネット・アクセスに制限を加える動きも存在する。全米州議会議員連盟(National Conference of State Legislatures)の調査によると,2005年3月の時点で21の州に公立学校や公立図書館に適用されるインターネット・フィルタリング法が存在する(10)。補助金を受け取らないことでCIPAの制限を回避した図書館でも,州法の規制を免れない場合があり得よう。その場合,州法に義務づけられたフィルターソフトの導入により,CIPAの基準に適合しなくなった図書館が利用者から訴訟を提起される危険がある。

 

おわりに

 CIPA判決は確かに図書館に大きな衝撃を与えたが,TPMで制限すべき範囲をC-O-Hのごく狭い範囲に限定したこと,TPMの無効化や解除を合憲であるための条件としたことなど,これまで不明確であった図書館でのインターネット・アクセス提供に一定の指針を提供した。この指針はこれからの米国図書館におけるインターネット・アクセスの基礎となっていくだろう。

大阪教育大学:高鍬 裕樹(たかくわ ひろき)

 

(1) Libraries Choose to Filter or Not to Filter As CIPA Deadline Arrives. American Libraries. 35(7), 2004, 17.

(2) Minow, Mary. Lawfully Surfing the Net: Disabling Public Library Internet Filters to Avoid More Lawsuits in the United States. First Monday. 9(4), 2004. available from < http://firstmonday.org/issues/issue9_4/minow/index.html >, (accessed 2005-09-29).

(3) United States et. al. v. American Library Association, Inc., et. al., 539 U.S. —(2003).

(4) Oder, Norman et al. CIPA Fallout: ALA Cancels Meeting with Filter Makers. Library Journal. 128(15), 2003, 14-15.

(5) Ayle, Lori Bowen. “Library Software Filters”. (online), available from < http://libraryfiltering.org >, (accessed 2005-07-25).

(6) Reddick, Thomas M. Building and Running a Collaborative Internet Filter Is Akin to a Kansas Barn Raising. Computers in Libraries. 24(4), 2004, 10-14.

(7) ACLU. Reader’s Block: Internet Censorship in Rhode Island Public Libraries. 2005, 20p. (online), available from < http://www.riaclu.org/friendly/documents/2005libraryinternetreport.pdf >, (accessed 2005-08-20).

(8) Oder, Norman. RI Libraries Overblock Under CIPA. Library Journal. 130(10), 2005, 18-19.

(9) Rhode Island Libraries Relax Blocking Standards; ACLU Still Concerned. Library Journal. 2005-10-14. (online), available from < http://www.libraryjournal.com/article/CA6271503.html >, (accessed 2005-11-07).

(10) National Conference of State Legislatures. “Children and the Internet: Laws Relating to Filtering, Blocking and Usage Policies in Schools and Libraries”. (online), available from < http://www.ncsl.org/programs/lis/cip/filterlaws.htm >, (accessed 2005-09-20).

 


高鍬裕樹. 「子どもをインターネットから保護する法律」合憲判決と図書館への影響. カレントアウェアネス. (286), 2005, 6-7.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no286/CA1572.html