CA1661 – 公共図書館の多文化サービスを進めるために-情報ニーズ調査の必要性- / 平田泰子

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カレントアウェアネス
No.296 2008年6月20日

 

CA1661

 

公共図書館の多文化サービスを進めるために
-情報ニーズ調査の必要性-

 

1. はじめに

 移民・難民などの民族的・言語的・文化的マイノリティ(以下、「マイノリティ」)に対する図書館サービスの歴史は、1世紀ほど前に遡るが、その目的は移民や難民を受け入れるホスト国の言語や文化への同化を促進することであった。しかし1960~70年代以降、公民権運動や民族意識の高揚などの影響を受け、ホスト国でも次第に同化からマイノリティの言語や文化を尊重する多文化主義政策の方向へと変わってきたことが、現在の図書館における多文化サービスの背景にある。

 

2. 多文化サービスの対象

 最初に、多文化サービスの対象はマイノリティだけではないことを確認しておきたい。IFLA多文化社会図書館サービス分科会(以下、「IFLA分科会」)の主張は次のとおりである。「多文化サービスはマイノリティだけが恩恵を受けると思いがちであるが、じつはすべての図書館利用者に対する多文化情報の提供と、これまで十分なサービスを受けてこなかった言語的・民族的・文化的集団を対象とした図書館サービスの提供という2つの要素をふくんでいる。つまりその社会全体が多文化サービスの恩恵を受けるべきであるということである」(1)

 人々はますます多様化する社会に生活しており、異なる文化間の交流は多くの場合、創造性や相乗効果を生むが、対話やコミュニケーションが欠けていれば逆に誤解や軋轢を生む可能性もある。地域住民全てに平等なサービスを提供する公共図書館は、文化的に多様な社会の仲介者としての役割がある。しかし現実には文化的・社会的に不利な立場にあるマイノリティへの図書館サービスはまだ十分とは言えない。

 IFLA分科会では多文化社会でこれまで十分なサービスを受けてこなかった集団として、(1)移民のマイノリティ、(2)保護を求めている人、難民、短期滞在許可資格の住民、(3)移住労働者、(4)ナショナル・マイノリティ、の4集団(2)を挙げ、彼らに対しては特別の配慮、例えばそれぞれが好む言語と媒体による情報提供が必要であるとしている。

 また、「ユネスコ公共図書館宣言1994年」は、すべての人に平等にサービスが提供されること、また通常のサービスや資料が利用できない人々-例えばマイノリティ、障害者、入院患者、受刑者-に対しては特別なサービスと資料の提供が必要である、と謳っている。

 多文化サービスは、多様化する社会全体を対象とする幅広いサービスだが、ここでは主たる対象者であるマイノリティに限定して話を進める。

 

3. 日本における多文化サービスの歩み

 日本の図書館界で、多文化サービスの必要性が認識される転機となったのは、1986年IFLA東京大会における「多文化社会図書館サービス分科会および全体会議決議」(3)である。その後多文化サービスは、日本図書館協会の「公立図書館の任務と目標」(1989年1月確定公表 2004年3月改訂)、文部科学省の「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(平成13年7月18日文部科学省告示第132号)、さらには司書課程のテキスト(4)にも取り上げられ、一定の理解を日本の図書館界で得るようになったといえる。

 実践例としては、1988年大阪市立生野図書館に「韓国・朝鮮図書コーナー」が開設されたのを皮切りに、「出入国管理法及び難民認定法」(1989年12月改正、1990年6月施行)の改正以降来住した南米日系人労働者の多い群馬県大泉町など、各地域で多文化サービスが根付きつつある。

 しかし、日本で多文化サービスが始まって20年を経過した現在、さらに前進させるためには、これまで多言語資料の収集と提供、および多言語による図書館利用案内の作成などに重点を置いて行ってきたサービスを振り返り、問題点を明らかにしておかなければならない。

 こうした状況の中、2007年第93回全国図書館大会東京大会で、「図書館の多文化サービスのこれまで、これから」と題して、多文化サービス研究委員会による分科会が、初めて単独開催された。この分科会の開催により (1)マイノリティ出身職員の採用、(2)マイノリティの母語で検索できる目録システムの構築、(3)対象となるコミュニティの実態とニーズの把握、(4)図書館および関係機関とのパートナーシップの確立、などが今後の課題として共通認識された。本稿では、マイノリティの図書館利用を促進するために、課題のひとつである情報ニーズ調査の必要性について考える。

 

4. 情報ニーズ調査の必要性

 IFLA分科会は、マイノリティの情報ニーズ調査の必要性を、決議あるいは刊行物のなかで以下のように指摘している。

  • IFLA分科会のガイドライン
     「個々の図書館は、民族的・言語的・文化的マイノリティ集団と協議して、そのコミュニティの性格やニーズを継続的に調査し、その査定と協議にもとづいてサービスをおこなうべきである」(5)(強調筆者)。
  • “The IFLA Multicultural Library Manifesto”(6)
     図書館は利用者ニーズの分析と適切な資源に基づいて政策と戦略プランを打ち立てるべきである。

 実際、1986年IFLA大会決議(7)では、「マイノリティが必要とする情報や資料の調査」とそれに基づく解決の道を提示することを、日本図書館協会とその関係機関に対して要請している。だが今日に至るまで、マイノリティの情報ニーズに対する調査は行われていない。

 

5. マイノリティの情報ニーズ

 近年、地球規模での国境を越えた人の移動が激増している。飢餓や政情不安のため母国を逃れてきた難民、あるいは仕事やチャンスを求めて移住して来る労働者など、新規入国者あるいは新来外国人にとって、(1)ホスト国で使用される言語の基本的なリテラシー、(2)新しい地域社会での生活スキルに関する情報、(3)出身国との文化的な絆を維持するための情報、などはもっとも基本的なニーズと考えられる。

 しかし、マイノリティの情報ニーズは、民族・言語・文化の違いだけで括られるほど単一ではないことも理解しておかねばならない。トランスナショナルな移動や国際結婚など、複数の文化が混ざり合い変容する社会にあって、同じ民族集団とみなされても皆が同一とは限らない。

 キューバン(Sondra Cuban)はこの点を特に強調し、アメリカにおける最近の移民集団は、(1)移民の理由、(2)職業的地位と社会階級、(3)国籍と人種、(4)性、(5)世代の要因、によって、ホスト国社会への適応の仕方や情報ニーズが異なると指摘している(8)

 キューバンの指摘が、日本の状況にそっくり当てはまるかどうかは別としても、そうしたニーズの違いを調査し把握すると同時に、グローバル化し情報通信技術の発達した社会において、彼らの情報環境や情報入手行動などを分析し、適切な情報の伝達方法を準備することが、多文化サービスをさらに進めるために必要である。

 

6. マイノリティの情報環境と情報入手行動

 マイノリティ住民の情報環境と、どのように必要な情報を入手しているのか、を知ることはニーズ調査と同様に、図書館が行おうとしているサービスの提供を考える上で重要なポイントである。

  1. 生活情報に関する情報環境

     日本でも各自治体が、マイノリティ向けに生活上の各種案内などを、彼らの言語で相当数出版している。しかし、確実に彼らの手に渡っているかどうかに関しては、問題が多い。神奈川県国際交流協会(現「かながわ国際交流財団」)の行った調査(9)によれば、行政機関が発行する多言語生活情報はほとんど知られていない。また口コミやキーパーソンによる情報伝達も依然大きな役割を果たしているが、新聞・雑誌・テレビ・インターネットなどのさまざまなエスニック・メディア(10)が利用されているという結果が出ている。

  2. 図書館

     マイノリティが情報を入手するために地域の図書館を利用するかどうかは、出身国の図書館事情に大きく左右される。つまり、出身国の図書館が未発達でほとんど行ったことがなければ、滞在国で図書館を利用することを思いつかないからである。さらにマイノリティの母語で書かれた資料が図書館にあること、あるいは図書館が無料で利用できる施設であることを知らないなど、さまざまな理由で図書館が十分に活用されていない。ナカタ・グレース・キヨカは、日本の公共図書館はもっと積極的にマイノリティに確実に届く形で広報活動をすべきだと提言する(11)

 

7. 情報ニーズ調査にあたって

 実際にマイノリティの情報ニーズ調査を始めるに当たっては、関連する調査の有無や文献などを確認したうえで、方法論や視点を明確にしておくことが大切である。

 例えば、スリニヴァサン(Rameshi Srinivasan)らは、マイノリティの情報行動(Information behavior)研究のモデルとして、Diasporic Information Environment Model(DIEM)を提唱している。これまで図書館によるマイノリティの情報行動および情報ニーズに関する調査は、居住する地域の文脈でしか捉えられてこなかった。しかし、実際には地域や国を越えたオンライン・ネットワークによるグローバルな情報環境が存在している。DIEMは、(1)再帰的人類学の手法、(2)ソーシャル・ネットワーク分析、(3)コミュニティをベースとした情報サービス調査、(4)コミュニティをベースとした活動調査、の4つの調査方法を使い、情報が媒介される“Ground”、例えば(1)コミュニティセンター、(2)ウェブサイト(チャット、ニュースサイト、ソーシャル・ネットワーク・サイトなど)、(3)公共図書館、(4)その他レストランや商店など、でどのように情報が伝達あるいは入手されているかなどを分析しようというものである(12)

 日本におけるマイノリティの情報ニーズと情報入手行動に関しては、先に言及した神奈川県国際交流協会の調査、および在住するマイノリティが情報源として利用しているエスニック・メディアやそれに関する文献(13)なども参考になるであろう。

 

8. おわりに

 これまで日本では、まずできることからということで多文化サービスをスタートさせてきたが、今後はマイノリティ住民の情報ニーズと情報入手行動調査を踏まえた上で戦略的なプランを考える時期にきている。その調査が、多様化した地域社会と図書館サービス全体のあり方を見直し、マイノリティだけでなく地域住民の図書館利用を促進する契機となることを期待したい。

自由が丘産能短期大学:平田泰子(ひらた やすこ)

 

(1) Library Services to Multicultural Populations Section, International Federation of Library Association and Institutions. “多文化サービスの意義”. IFLANET. http://www.ifla.org/VII/s32/pub/s32Raison-jp.pdf, (参照 2008-04-10).

(2) Library Services to Multicultural Populations Section, International Federation of Library Association and Institutions. “多文化主義”. IFLANET. http://www.ifla.org/VII/s32/pub/multiculturalism-jp.pdf, (参照 2008-04-10).

(3) この決議は、日本には「在日の文化的マイノリティ(少数派)が相当数いるにも関わらず、彼らのための適当な図書館資料や図書館サービスが特に公共図書館において欠けている」ことを指摘し、「マイノリティが必要とする情報や資料」の調査とそれに基づく解決の道を提示することを要請した。
Professional Resolution made by the Section at Tokyo. Journal of Multicultural Librarianship. 1988, 1(2), p.46.

(4) 小田光宏. 図書館サービス論. 日本図書館協会, 2005, 252p.
高山正也ほか. 図書館サービス論. 改訂, 樹村房, 2005, 183p.

(5) 日本における多文化サービスの普及活動は、IFLA多文化社会図書館サービス分科会のガイドラインを参考に進められてきた。現在分科会では、ガイドライン第3版に向けて改訂作業中である。
深井耀子ほか. IFLA多文化社会図書館サービス. 改訂2版, 多文化サービスネットワーク, 2002, p.12.

(6) Manifestoは、多文化社会における図書館のあるべき姿と使命に関する宣言で、2008年4月、UNESCO Information for All Programme(IFAP)の政府間理事会で、2009年秋に予定されるUNESCO第35回総会の議題として提出するという勧告が採択された。
Library Services to Multicultural Populations Section, International Federation of Library Association and Institutions. “The IFLA Multicultural Library Manifesto, The Multicultural Library – a gateway to a cultural diverse society in dialogue”. IFLANET. http://www.ifla.org/VII/s32/pub/MulticulturalLibraryManifesto.pdf, (accessed 2008-05-08).

(7) Professional Resolution made by the Section at Tokyo. Journal of Multicultural Librarianship. 1988, 1(2), p.46.

(8) Cuban, Sondra. From Serving New Immigrant Communities in the Library. Westport, Libraries Unlimited, 2007, 255p.

(9) 地域における多言語情報の流通にかかわる調査・研究プロジェクト. 多言語生活情報の提供・流通その2. 神奈川県国際交流協会, 2006, 153p.

(10) エスニック・メディアとは「エスニック集団のメンバーによって、その言語やエスニック・アイデンティティなどの必要性から用いられる、出版・放送・ウェブサイト等の情報媒体であり、とくにかれらが現に居住する国家内で編成・制作されるものをいう」。
白水繁彦. “エスニック・メディア”. 事典日本の多言語社会. 真田真治ほか, 岩波書店, 2005, p.165.

(11) ナカタ グレース・キヨカ. “ブラジル人から見た日本の公立図書館の多文化サービス:ポルトガル語資料を中心に”. 多文化サービス入門. 日本図書館協会多文化サービス研究委員会. 日本図書館協会, 2004, p.108-113.

(12) Srinivasan, Ramesh. et al. Diasporic Information Environments: Reframing Immigrant-Focused Information Research. Journal of the American Society for Information Science and Technology. 2007, 58(12), p.1734-1744.

(13) 例えば、以下のような資料がある。
かながわ自治体の国際政策研究会. エスニックメディア調査報告. http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kokusai/seisaku/esunikku-houkoku.pdf, (参照 2008-05-10).
東京都生活文化局. 東京在住外国人リポート:エスニック・メディア及び外国人支援団体等への調査. 東京都生活文化局, 2005, 59p. http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/index3files/toukyozaijyuugaikokujinrepo-to.pdf, (参照 2008-05-12).
白水繁彦. エスニック・メディア:多文化社会日本をめざして. 明石書店, 1996, 266p.
森口秀志. エスニック・メディア・ガイド. シャパンマシニスト社, 1997, 215p.
白水繁彦. エスニック・メディア研究:越境・多文化・アイデンティティ. 明石書店, 2004, 482p.

 


平田泰子. 公共図書館の多文化サービスを進めるために-情報ニーズ調査の必要性-. カレントアウェアネス. 2008, (296), p.2-4.
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