CA1643 – 打破!変わらない組織と動かないシステム~パイレーツ・オブ・ライブラリアンを目指して~ / 田邊稔

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カレントアウェアネス
No.294 2007年12月20日

 

CA1643

 

打破!変わらない組織と動かないシステム
~パイレーツ・オブ・ライブラリアンを目指して~

 

1. 国内市場の行き詰まりと先細り

 近年,国内の大学図書館は,大学全体の緊縮財政や電子ジャーナルを含む雑誌価格のさらなる高騰等により,図書館予算が逼迫している。それに呼応するかのように,国内の図書館システム市場にも行き詰まり感,先細り感がある。我々図書館側が次期の図書館システムについて,明確な方向性が打ち出せないでいるために,ベンダーとしても身動きの取れない状況にいるのであろう。

 一方で,2007年にはリコーとユサコがEx Libris社製品の国内販売を連携して促進することを発表した(1)。また慶應義塾大学が,国内で初めてEx Libris社の電子資源管理システムVerdeの利用ライセンス契約を締結するとともに(2),欧米以外の地域で初めてGoogleブック検索図書館プロジェクトと連携した(3)。これらのニュースに見られるように,今後ますます海外ベンダーの国内台頭が激しくなるだろう。ややもすると,国内市場は海外パッケージで埋め尽くされることになる。Ex Libris,Google,さらにはElsevier,OCLC,といった「黒船」への対応は,国内の大学図書館界全体の共通課題である。

 このような状況をいかに解消するかは,図書館の大胆な再構築に懸かっている。利用者サービスとバックヤード業務の全体最適化を目指し,ひと・もの・かね・情報といったマネージメントリソースの再定義・再配置が急務である。とりわけ,国内の大学図書館界で最近声高に叫ばれている「利用者指向の図書館サービス」を実現するには,外部の環境変化や高度な利用者要求に耐えうる強固で柔軟なシステム基盤が必要となる。換言すれば「今後20年使える図書館システムモデル」が描けるかが図書館・システムベンダー双方にとって大きな勝ち残り戦略となろう。

 そこで本稿では,システム構築やパッケージ導入時に直面する,理想と現実のギャップを分析し,どこにフォーカスすればよいのかを模索したい。

 

2.理想と現実のギャップ(現状把握)

 人は欲張りな動物なので,システム導入に際して,「あれもこれも」と要求仕様に盛り込もうとする。また「システムさえ導入すれば何でも自動で簡単にできる」という幻想を見てしまう。しかし,システムといっても所詮人間が作るものなので,決まりきった動きや想定される動きは得意だが,レアケースや急な割り込みに対しては,人間のように臨機応変な対応はできない。当たり前のことだが,このようなことを理解している人はどのくらいいるだろうか。また、システム構築やパッケージ導入を失敗し、「動かないシステム」となってしまう可能性について考慮している人はどのくらいいるだろうか。

 一方前述のとおり,緊縮財政によりITにかけられる予算も減額せざるを得ない状況である。すなわち、新しく何かを始めるには,既存の何かを捨てなければならない(いわゆるスクラップ・アンド・ビルド)状況下にある。とりわけ,新システムを導入する場合には,システムに合わせて業務の見直しが必要となる場合が多い。しかし、システム導入に伴う業務の再検討に対して、図書館スタッフから否定的な反応が示され、新システムへの移行が立往生してしまうことも間々ある。それまでの慣れ親しんだ業務のための便利な機能を維持するよう求める人が多いのである。

 このような「かゆいところに手が届く」システムを負担なく導入したい、という理想に対して,現実は決して甘くない。ゴールド(Robin Gauld)の調査(4)によると,情報システムの開発は,その20〜30%が「完全に失敗して諦め」,30〜60%が「一部失敗して納期・コストを超過,または別の問題に波及」し,「完全に成功する」のは10〜30%に過ぎない。日本のIT業界でもほぼ同様であるという(5)。つまり,「大半のシステム開発は失敗する」のである。

 「システムは思ったようには動かない。作った通りにしか動かないものだ」。これは,20年程前,私がまだ新米システムエンジニアだった頃,とある「動かないシステム」のバグと格闘していた時に当時の上司から頂いた言葉である。「きっと動くはず,という思い込みは捨てよ。何事も疑って掛かれ!」ということだと解釈したが,これをユーザーの立場に置き換えると,「このぐらい言わなくてもやってくれるだろうと他力本願的に願うのではなく,きちんと要求を整理し,優先順位を付け,どこまで実装すれば本質的な要求を満たせるか,何を捨てて何が必要かを見極めること」ということになるだろう。

 システムに求める理想と、現実とのギャップが大きければ大きいほど,システムの失敗率は上がる。これは単に経費の無駄遣いに留まらない。利用者サービスの低下やスタッフのモチベーション低下など、組織の成長を阻む主要因(すなわち,成長障壁)となり得るものである。

 

3. なぜ失敗するのか?

 「動かないシステム」と一言で言っても,「プログラムが仕様どおり動かない」、「レスポンスが出ない」など,その症状はさまざまである。またその原因についても,「仕様を決める責任者が不明確/優柔不断で仕様が決められない」、「プログラム作成者の技術が低い」など,いろいろ考えられよう。システムベンダーとユーザーでそれぞれ言い分が異なる場合も多い。

 ここで重要なことは、「動かないシステム」ができる要因が、ユーザー側に存在していることが少なくないことである(6)。もちろん,システムベンダー側の要因で失敗する場合も多い。だが『30のプロジェクト破綻例に学ぶ「IT失敗学」の研究』で紹介されているように、ユーザー要因による失敗事例は、ユーザーが想像する以上に多く存在している。

 また,ベンダー任せにせず,ユーザー自らオープンソースソフトウェア(以下OSS)での開発にチャレンジした結果,サービス開始当初に致命的な障害が発生したケースもある(7)。このケースでは、失敗の原因としては「OSSを利用した開発に不慣れだったこと」、「十分なテスト期間が取れなかったこと」に加え、「きっちりとプロジェクトを仕切れる人がいなかったこと」、「Webアプリケーションの開発に慣れた人が少なかったこと」というユーザー=開発者側の問題が挙がっている。

 ここでは図書館システムに限定して,「動かないシステム」を招いてしまうユーザー=図書館側の要因を、探ってみたい。

  • (1) システムの硬直性

     近年のトレンドとして,図書館システムに対する見方と役割が変わってきた。従来は,目録や閲覧,ILLといったスタッフ業務の効率化がシステムに求められてきたが,最近は利用者のニーズに応えるべく,リッチなコンテンツやインターフェースを継続して提供することも求められている。時代の変化や利用者のニーズに対応するスピードが必要であるが,現在の図書館システムの多くは,それ自体が変化に耐えられる構造になっていない。すなわち、大学や機関が個別にシステム開発を進め,独自の仕様でかゆいところに手を届かせ過ぎてしまった結果,改修をしようにも柔軟に変更できない状況に陥っているのである。

  • (2) システム開発の費用不足

     大学全体が緊縮財政の中,図書館システムの改修にコストを掛けることが困難となっている。とりわけ大学における図書館の価値が低いと、予算割当てはさらに低くなる。ベンダー側の提案・開発成果物のレベルも、費用相応に陥ることが少なくない。

  • (3) システム担当者の不足

     近年,国公立大学を始めとして,大学図書館におけるシステム担当者(システムズライブラリアン)が激減している。元々図書館にいたシステム担当者が,情報基盤センターやITセンターなど大学のIT部門に吸収されてしまうケースが多いためである。その結果、これまで図書館の現場とベンダーの橋渡し役を担ってきたシステム担当者が図書館から去ってしまい、図書館側は背景や要求を十分に踏まえた要求仕様を提示できなくなる、またベンダー側も,図書館側の要求を十分に理解できず、要求を反映していないシステムを提案するという事態が発生してしまう。また提案されたシステムを評価できる人材が図書館側にいないため、適切な評価ができず,その結果意思決定が遅れたり,不適切な意思決定を下すという結果を招くことも多い。

  • (4) 組織の硬直性

     前章でも述べたとおり,システムを使って図書館業務を行う運用サイド(=現場)は,変化を受け入れにくいことが多い。これは,人の意識の問題であると同時に,「チャレンジしない組織・責任を取らない組織」という根の深い問題でもある。システム移行に際しては、もはや不要となったり、時代遅れとなった業務を切り捨てたり、見直すことが必要不可欠となるが、何かを捨てることは相当な痛みを伴うことである。皆が痛みを避け、役割分担や責任の所在が不明確な状況ではチャレンジは生まれず,「ハイリターン」は期待できない。この状況はベンダーから見れば、逆に「ハイリスク」なものとなる。

  • (5) 安易なシステムの導入

     「世界有数のシステムベンダーが作ったものだし,名のある大規模大学で数多く導入されているから安心」など「寄らば大樹」の考えで,しっかりと評価を行わないまま,名ばかりでシステムを導入してしまう図書館もあろう。しかし,まず「システムありき」ではサービスは動かない。世の中でどんなに評判の良いシステムを自分の組織に入れたとしても,何もしないで動くわけではない。特に,海外パッケージの場合は日本語環境への対応という問題もあり,かなり手を入れないと実運用には耐えられないことが多い。カスタマイズやローカライゼーションが不適切であると、図書館スタッフはもちろんのこと,利用者にも相当の負担を強いることになりかねない。利用者指向のシステムを目指すばかりに,スタッフや利用者が使いにくいシステムになってしまうのは本末転倒である。

 

4. 対策

 成功の鍵を一言で表すならば,「幻想に惑わされずにシステム導入手順に沿って当たり前のことを当たり前にやる」ということに尽きる。すなわち組織全体のミッション・ビジョンを明確にし,役割分担・責任の所在をはっきりさせ,決定権限を有する専担のプロジェクトチームを作る。そして具体的に何をどうしたいのか要求仕様を明確にし,概算費用を見積もり,内容・スケジュールを含む導入・運用方針を策定する。これに際しては,市場を読み,導入候補のシステムを挙げ,現場レベルでのトライアル評価を行うことも必要だろう。評価結果を分析し,システムの内容を決定する際には,カスタマイズ範囲をできるだけ最小限に留めることが望ましい。そして十全なテストを行い,契約内容も十分に把握して契約する。契約・導入後も,定期的に利用者(エンドユーザー)の評価を調査し,改善ポイントの決定→実装→提供を繰り返すプロセスにフィードバックしていく。このような「泥臭い作業」を面倒がらずに淡々とこなすこと,すなわち王道が,結果的には一番の近道になる。

 また基本的に,利用者サービスと業務サービスは分けて考えるべきだろう。利用者指向に重点を置くからといって,業務基盤をおろそかにしていいことにはならない。業務基盤の部分がしっかりしていないと,その上に成り立つサービス部分も脆弱なものになってしまう。まさに「砂上の楼閣」である。予算面でも,IT予算のみのスクラップ・アンド・ビルドでは立ち行かない。資源配分や人件費も含めた、図書館運営全体の見直し(全体最適化)が必要になってくる。利用者満足度を得るために,組織として何を捨て,何を優先するのかを明確にすることが必要とされる。

 そして,できない理由を並べたり,誰かのせいにしないこと、責任をもってチャレンジすること、チャレンジと責任は常にセットなのである。

 

5. おわりに

 私立大学図書館協会では,コンテンツ共有とシステム統合など連携の機運が盛り上がってきており(8),一部で「図書館競争不要論」まで囁かれている。とは言え,大学全入時代の中,大学図書館も特色や競争力を打ち出さなくてよいのか、また大学全体の予算がジリ貧の中,図書館の価値を向上しないでよいのか、Googleに呑みこまれてよいのかなど,まだまだ議論の余地が多い。

 次期システムをどうするべきかについては,国立情報学研究所や国立国会図書館,国立大学図書館協会,公立大学図書館協議会などでも、それぞれ悩みを抱えていることであろう。新たなシステム導入にあたっては莫大な費用が掛かる上,とりわけ図書館システムでは、他大学や他機関との連携にも考慮を払う必要があり,嫌が上にも慎重になる。その一方で教員を含めた利用者や大学の本部組織といったステークホルダーを気にし過ぎて,思い切った方針が打ち出せない場合も多い。しかし,いつまでもそうは言っていられない。誰かが「海賊」となって,大海に船を漕ぎ出さないといけない。まさに「パイレーツ・オブ・ライブラリアン」だ。

 真に利用者指向の図書館システムを実現するには,「既存の図書館資産の棚卸し」と「従来の図書館員にはない視点や発想」の両輪が必要になる。このためには,世界標準の仕組みを取り入れるとともに,組織構造を少しフラット化して,大学内・大学間を横断的に動ける組織体や民間企業の協力を得られるような体制を作ることも一案であろう。

 今こそ,図書館がMARCデータや特殊コレクション,レファレンスノウハウといった図書館資産を引っ下げて,外界に働きかけるときではないか。Googleにはない,よりリッチで,よりセマンティックな世界を提供できるシステムを導入していければ,利用者からの支持を集めることもできよう。教育・研究に必要不可欠な「知のインフラ」として,図書館が図書館の枠を越えるとき,そこに次世代の図書館の在り方や新たな価値が生まれてくるのだと信じて止まない。

慶應義塾大学メディアセンター本部:田邊 稔(たなべ みのる)

 

(1) リコー. “リコーとユサコ、世界的な図書館システムベンダー「Ex Libris」社製品の国内販売で提携”. ニュースリリース. 2007-07-04. http://www.ricoh.co.jp/release/by_field/other/2007/0704.html, (参照2007-10-10).

(2) Ex Libris. “Keio University Becomes First Ex Libris Verde Customer in Japan”. News. 2007-06-21. http://www.exlibrisgroup.com/newsdetails.htm?nid=539, (accessed 2007-10-10).

(3) 慶應義塾大学. “「デジタル時代の知の構築」に向け,Googleとの連携による図書館蔵書のデジタル化と世界にむけての公開を決定”. 慶応義塾Top News, http://www.keio.ac.jp/news/070710.html, (参照2007-10-10).

(4) Gauld, Robin. Public sector information system project failures: Lesson from a New Zealand hospital organization. Government Information Quarterly. 2007, 24(1), p.102-114.

(5) システムアナリストの青島弘幸は、「システム構築プロジェクトの成功率は僅か30%! 実に70%がコスト・納期を超過し失敗して」おり、「普通にやっていれば、ほぼ失敗する」と指摘している。
[青島弘幸]. “間違いだらけのシステム構築”. システム構築 駆け込み寺. http://www.geocities.jp/aoshima_systems/books/book.html, (参照 2007-12-05).

(6) 日本情報システム・ユーザー協会. システム・リファレンス・マニュアル. 2005, p.198-199. http://www.ipa.go.jp/about/jigyoseika/04fy-pro/chosa/srm/srm3.pdf, (参照 2007-12-05).
鍋野敬一郎. ERP導入プロジェクト体制作りにおける“誤解”で失敗. アットマークIT.,(連載, ERP導入プロジェクト失敗の法則, 2). http://www.atmarkit.co.jp/fbiz/cbuild/serial/erplaw/02/02.html, (参照 2007-12-05).

(7) 深澤良彰. オープンソースにおける大学の役割り:早稲田大学を例として. OSSAJ オープンソースセビジネスミナー資料. 東京, 2005-05-30, オープンソースソフトウェア協会. http://www.ossaj.org/seminar/050530/ossaj_20050530_2.pdf, (参照 2007-12-05).

(8) このような機運の盛り上がりを示す事例の一つとして、第68回(2007 年度)私立大学図書館協会総会・研究大会(2007年9月7日、立教大学で開催)が、「大学図書館連携の新たな展開」をメインテーマに開催されている。同総会・研究大会で行われた代表的な講演は下記の通り。

  • 「大学間の図書館システムの統合-システムモデルと実装-」(講演者:明治大学図書館・中林雅士氏)
  • 「山手線沿線大学私立図書館コンソーシアムに見る図書館連携」(講演者:立教大学図書館事務部長・牛崎進氏)

 

Ref.

Chulkov, Dmitriy V. et al. Information technology project failures:Applyng the bandit problem to evaluate managerial decision makling. Information Management & Computer Security. 2005, 13(2), p.135-143.

不条理なコンピュータ研究会ほか. 「IT失敗学」の研究:30のプロジェクト破綻例に学ぶ. 日経BP社[発行], 日経BP出版センター[発売], 2006, 223p.

谷島宣之. “「動かないコンピュータ」と闘う:21世紀版「トラブル撲滅のための10カ条」”. 日経ITPro:経営とIT新潮流2007., (感動経営, 第20回). http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070718/277746/?ST=biz_tatsujin, (参照2007-10-10).

 


田邊稔. 打破!変わらない組織と動かないシステム〜パイレーツ・オブ・ライブラリアンを目指して〜. カレントアウェアネス. (294), 2007, p.7-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1643