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カレントアウェアネス
No.294 2007年12月20日
CA1642
図書館と書店のコラボレーション
~淘汰と対立を越えて
1. 大型書店は図書館を淘汰するか?
「経済学の法則によれば,公共サービスは,市場が社会が要求するサービスを手頃な価格で提供することに失敗したがゆえに,提供されるものである」。“Household use of public libraries and large bookstore”を,ヘムメーター(Jeffrey A. Hemmeter)はこう語り起こす。
大型書店の伸長が,米国の公共図書館の存続を脅かしているといわれている現状は,まさにその命題の「裏」である。果たして,それは本当にそうなのか? ヘムメーターは,55,000件以上の家庭への電話取材の結果,得たデータを集計し,丁寧に検証していく。「大型書店の出現は,実際に近隣の人々の図書館利用を減少せしめているのか?」。
結論をいえば,―それぞれの理由はまったく別であるのだが―、上流階級と下流階級においては図書館利用に対する大型書店の影響は比較的小さかったものの,中流階級においては大きかった。米国の公共図書館にとって,このことは我々が想像する以上に忌々しき問題だという。何故ならば中流階級こそが,公共図書館の存続や予算,基金について,賛否を問う投票の主要な票田だからである。
この結論には,米国と日本のバックグラウンドの違いが表れていると思う。そもそも集計段階で標本を収入や居住地域などではっきりと分類するところは,アメリカが階級社会であることを明確に示している。また是非はともかく,日本で図書館の存否を決定する住民投票が行われる可能性は,今のところ低く,図書館の新設・存続・予算の決定に対して,住民は首長や議会を通じて、間接的に関与するに過ぎない。また書籍の再販制度がなく,値引き販売が可能である米国において,大型書店チェーンは商品のディスカウントを期待され,現にその期待に応えており,図書館利用に及ぼす影響も,決して小さなものではないだろう。書籍の再販制度を採用する日本とは,ずいぶん様子が異なるだろう。とはいえ,日本においても格差社会が具体的でかつ切迫した問題として議論され始め,政府・地方公共団体を問わず財政の逼迫が喫緊の課題となっている昨今,米国の状況は,決して対岸の火事ではない。
もとより,ヘムメーターの分析結果においても,収入や階級のみが図書館利用状況に直結する要因ではない。だが仕事がらみの利用,求職のための利用は図書館から大型書店に流れているという。それは何よりも,図書館の持つ「資料」と書店の持つ「商品」の間に存在する情報の鮮度の違いに起因する,ある程度不可避なものと考えられる。一方,子供のいる家庭,とりわけ子供の多い家庭にとっては,大型書店が存在しても図書館利用は影響をさほど受けない。いかにコスト負担を背負いきれない収入状況であっても子供への教育投資は最重要課題であり,そこに「(階級間の)情報分断状況に架かる橋」としての図書館の存在意義があることを、ヘムメーターも述べている。
2. 淘汰から協働へ
そもそも「裏」命題は,もとの命題と同値ではない。もとの命題が真であっても真であるとは限らない(「対偶」命題は同値である)。ヘムメーター自身,「図書館と書店はまた相補的でもあり得る」と述べる。
Public Librariesのコラム“Professional Views”で,執筆者のサガー(Donald J. Sager)がその具体例をいくつか紹介している。
イリノイ州エバンストン公共図書館で館長を務めるナイ(Neal J. Ney)は「書店の目的は本を売って利益を得ることにあり,図書館のそれは我々が奉仕するコミュニティの情報ニーズに応えることにある」、「多くの人々にとって本の世界は二つに分けられる。図書館から借りられれば嬉しい本と,どうしても所有していなければいけない本と」と述べ,図書館と書店の役割の違いを明確にする。一方,書店チェーンのバーンズアンドノーブルと提携し、同館が若い詩人たちによる朗読会の開催した例を紹介し,「私は,私たちが今後,広く,多くの新しい隣人たちと協力し合う方法を見いだしていくであろうことを,確信している」と結んでいる。
イリノイ州ライル図書館のエモンス=クローガー(Suzan Emmons-Kroeger)とショー(Jane Balon Shaw)は,「有能で,頼りがいがあり,知識も豊富な」書店チェーンのボーダーズのスタッフたちと連携した「図書館における作家ライブ」が,図書館の存在をコミュニティにアピールする効果的な方法であったとしている。
さらに書店サイドのコメントとして、バーンズアンドノーブルのパッサナンテ(Donna Passannante)やボーダーズのレヴィ(Nancy Levy)の発言を紹介し,「私は,本や読書へとより大きく興味をかき立てるために,図書館が私たちの店と協働する多くの方法がある,と信じる」(パッサナンテ),「書店と図書館は,一緒に活動することによって双方とも益を得ることができる。本や読書への関心に火を点けることに努めている点では同じである」(レヴィ)といった声があることを取り上げている。
サガーは最後に「公共図書館と私的セクター間の協働が,ポジティヴな結果をもたらすということは明白である」と述べ,公共図書館と大型書店との共同活動が、優れた結果を招くとしている。
3. 日本でも協働の息吹が
先に触れたとおり,「階級社会」や住民投票の習慣,再販制といったバックグラウンドの違いが,日米の図書館と大型書店の関係に違いをもたらしていることは間違いないであろう。しかしながら国全体の「格差社会」化や,「新古書店」と呼ばれるディスカウントショップの出現などを思うと,「10年後に(最近はもっと早いか?)米国をあと追いする」と言われる日本にあって,米国の事例にあらかじめ学んでおくことは有益ではなかろうか。
図書館流通センター(TRC)会長の石井昭もまた,図書館と書店の協働の必要性を主張している。TRCは川口市立中央図書館の業務委託を受注しているが、川口市立中央図書館のある「キュポ・ラ川口」は川口市の再開発ビルであり,書店やシネコンも入居している。図書館・書店・映画館が共存するこの空間の,具体的な協働実績は未だしであるが,一つのビル内に,図書館・書店・映画館が集まる状況は,読書家にとって,とても魅力的な空間ではなかろうか。そして、そうした魅力にひかれて本好きの人たちが集まることこそが、図書館の存在意義を高め、書店の生業を支えていくことは間違いないと思う。
ジュンク堂書店大阪本店店長:福嶋 聡(ふくしま あきら)
Ref:
Hemmeter, Jeffrey A. Household use of public libraries and large bookstores. Library & Information Science Research. 2007, 28(4), p.595-616.
Sager, Donald J. Professional Views: Super Bookstores and Public Libraries. Public Libraries. 1994, 33(2), p.75-76, 78-79.
福嶋聡. 図書館と書店のコラボレーション~淘汰と対立を越えて. カレントアウェアネス. (294), 2007, p.6-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1642