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カレントアウェアネス
No.292 2007年6月20日
CA1628
北海道大学の“果実”HUSCAP
1. はじめに
北海道大学では,2004年から機関リポジトリ(E323参照)の設置の検討を開始し,2005年7月のコンテンツ収集開始から,2006年4月の正式公開を経て現在に至る間に,約1万8千編の文献を「北海道大学学術成果コレクション」に搭載した。
本稿では,このうち,国際的な学術雑誌に発表された研究論文の収集活動について記す。国際的学術雑誌へ発表された研究論文の多くは,出版社との著作権譲渡契約において,大学のウェブサイトからその原稿ファイルを公開することが著者の権利として認められている(1)。私たちは,これらの研究論文を,もっとも重要で,かつ,もっとも手強い収録対象と捉え,最初期からコンテンツ構築戦略の中心目標として取り組んできた。日々産出される研究論文の網羅的な確保にはまだ遠く及ばないが,その収集活動について,以下紹介する。
2. 広く浅い,しかし,露出度の高い広報
活動の最初期には,機関リポジトリを「北海道大学学術リポジトリ」と名づけ,いわゆる「雑誌危機」やオープンアクセスの理念を説明した,きわめて解説的なチラシを全教員に配布した。すると,幾人かの研究者から「チラシはたいてい読まずに捨てる」,「『リポジトリ』という言葉にはなじみがなく,よく分からない」等の助言があった。
その後,紙1枚で説得を試みることはあきらめ,認知度を上げることに専念した。まず,機関リポジトリの名前を「HUSCAP」と変更した。ハスカップ,と読む。ハスカップは北海道に自生するベリーであり,北海道大学構成員にとってはなじみの深い果実である。この果実をモチーフとしたシンボルマークを作成し,そのデザインを大きく入れたポスターを学内各所に掲示した。説明の文章は最小限に抑えた。
研究者を集めての説明会も企画し,30回以上にのぼるプレゼンテーションを実施した。理念的説明は省略し,「図書館が研究論文の電子ファイルを欲しがっていること」だけを明確に伝えることに努めた。研究成果のビジビリティ向上の狙いについては,スライドの中で1枚だけを用い,ローレンス(Steve Lawrence)(2)やハーナッド(Stevan Harnad)(3)の統計調査結果(CA1559参照)を紹介した。このシーンでは必ず聴衆から「ほぉ」という声があがった。この1枚で一定程度の印象を与えられたものと私たちは信じる。
残念ながら,こうした説明会の参加者は実際のところ多くはなかった。しかし,10分間のプレゼンテーションに対して,数倍の時間にわたる活発な質疑が行われ,学術情報流通や機関リポジトリに対する研究者サイドの考えを得る貴重な機会として多くの収穫があった。
ただし,私たちが学んだ欧米の先行事例と同様に,説明会等で機関リポジトリに理解を示した研究者がすべて自分の研究論文を提供してくれるというわけではなかった。説明会後しばらくは研究者からの論文提供があったが,すぐに途絶えた。待っているだけでは持続的なコンテンツ構築は困難であることを痛感した。
3. 「何でも」ではなく,「これを」
ごく初期の段階に,文献データベースを手がかりに,本学所属研究者の過去2年間分の著作文献を調査し,各研究者に文献提供を依頼したことがある。事前アンケートに対し好意的な反応を示した研究者60名のみをターゲットとしたが,提供され公開できた文献は11件に過ぎなかった。
若干の研究者にインタビューを行った結果,
- 過去の文献の原稿ファイルは散逸している。
- 結局どの文献を渡せばよいのか。
- 多忙であり,文献送付に係る多大な作業を行う余裕はない。
といった意見が大勢を占めた。
このため,ともかく最初の1編を提供してもらうことを最優先に考え,その方法としては「何でも提供してください」というスタイルでなく,文献データベースを参考に特定の直近の文献を示し「これを下さい」という依頼の仕方をするよう変更した。
この方法では,図書館からの依頼に対して,約半数の文献提供が得られた。先述の,既に過去のものとなった研究論文への提供依頼に比し,格段に良好なレスポンスということができる。さらに,これをきっかけに,新たな論文を発表するごとに原稿ファイルを提供する研究者が徐々にではあるが増えてきている。
また一方,結果的に多くの研究者とコンタクトをとることができたメリットも大きい。説明会に足を運んでくれるような人だけでなく,無関心な人,反対意見を持つ人等との対話のきっかけともなった。
4. さかんに読まれていることを文献提供者に示す
2006年6月から,文献提供者へ提供文献のドメイン別被ダウンロード数を定期的に通知するサービスを開始した。初回送信の結果,「予想以上に閲覧回数が高いことに驚いた」「大変励みになる。これからも自分なりに手応えのある論文を仕上げた時は,そちらにも報告したい」等のメッセージが寄せられた。
本サービスは,実際に文献がさかんにダウンロードされていることを示すことにより,HUSCAP への文献提供の誘引となることを企図したものである。分析に値する十分なデータはまだないが,初回配信直後に,それを受け取った研究者からの自発的な文献提供が22件あったことを参考までに記す。
5. 新たなアクセス方法の開拓
現在,研究者との対話の中で聞かれた次のような疑問に応えるための準備の途上である。
「HUSCAP に登録した文献は,私たちが普段使っている文献データベースで検索できるのか?」
グーグル等のウェブ検索エンジンで検索できるようになるとの説明は,共感を得られることも多かったが,それでは不十分だとの感想をもらうことも多かった。私たちは新たな試みとして,リンクリゾルバとの相互運用による利用者ナビゲーション(E622参照)について,米国OCLC等との共同研究開発に着手したところである(4)。
最適文献へのナビゲーションはリンクサーバにとっての本来的機能である(CA1482参照)。リンクリゾルバと機関リポジトリの連携は,電子ジャーナル購読ライセンスを持たない大学の研究者にとっての大きな福音となるものと考えられる。さらに重要なことには,機関リポジトリのコンテンツ構築活動においても,リンクリゾルバとの連携は可視性向上というメリットについての説得力の補強材料となるだろう。
6. まとめ
機関リポジトリ設置に関する北海道大学の初期の取り組みについて述べた。
私たちの最終的な目標は,本稿で述べたような活動を着実に積み重ねることにより,機関リポジトリの狙いと効果についての理解を浸透させ,将来,自発的な文献提供にシフトしていくことにある。セルフアーカイビングの慣例化のきっかけとなりうる最初の1編をいかにして得,それをいかにして継続的で自発的な行動につなげていくか,引き続き効果的なアイディアを探っていきたい。
北海道大学附属図書館:杉田茂樹(すぎた しげき)
(1) SHERPA/RoMEO Publisher copyright policies & self-archiving. (online), available from < http://www.sherpa.ac.uk/romeo.php >, (accessed 2007-04-17).
(2) Steve Lawrence. Free online availability substantially increases a paper’s impact. Nature. 411 (4837), 2001, 521.
(3) Staven Harnad. et al. Comparing the Impact of Open Access (OA) vs. Non-OA Articles in the Same Journals. D-Lib Magazine. 10(6), 2004. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/june04/harnad/06harnad.html >, (accessed 2007-04-17).;(邦訳)同一ジャーナルに掲載されたオープンアクセス論文と非オープンアクセス論文のインパクトを比較する.(オンライン版), 入手先 < http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/harnad/ >, (参照 2007-04-17).
(4) Airway Projects brings together linking services and institutional repositories. OCLC Abstrats. 10(11), 2007. (online), available from < http://www5.oclc.org/downloads/design/abstracts/03192007/AIRWAY.htm >, (accessed 2007-04-17).;(邦訳)AIRWay プロジェクトがリンキングサービスと機関リポジトリを結びつける.(オンライン版), 入手先 < http://airway.lib.hokudai.ac.jp/announcement_ja.html >, (参照 2007-04-17).
Ref.
北海道大学学術成果コレクションHUSCAP.(オンライン版), 入手先 < http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/index.isp >, (参照2007-04-17).
杉田茂樹. HUSCAP の近況からAriadne 論文まで.(オンライン版), 入手先 < http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?plugin=attach&refer=DRF1&openfile=hokudai.pdf >,(参照 2007-04-17).
Shigeki Sugita et al. Linking Services to Open Access Repositories. D-Lib Magazine. 13(3/4), 2007. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/march07/sugita/03sugita.html >, (accessed 2007-04-17).
Airway プロジェクト:リンクリゾルバを通じた機関資源へのアクセス.(オンライン版), 入手先 < http://airway.hokudai.ac.jp/index_ja.html >,(参照 2007-04-17).
杉田茂樹. 北海道大学の“果実”HUSCAP. カレントアウェアネス. (292), 2007, p.2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1628