CA1559 – 動向レビュー:オープンアクセスのインパクト分析 / 宮入暢子

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カレントアウェアネス
No.284 2005.06.20

 

CA1559

動向レビュー

 

オープンアクセスのインパクト分析

 

はじめに

 ジャーナルのオープンアクセス(OA;CA15431544参照)に関する議論の高まりに伴い,この新しい出版形態が学術情報流通に及ぼす影響についての様々な見解が発表されている。そのひとつに,「OA化は文献のインパクトを増大させる」という意見がある。ここでいう「インパクト」とは,研究評価の定量的指標として扱われる文献の被引用数である。多くの場合,「OAによってアクセス機会が拡大する結果,引用されるチャンスも増大する」という単純な仮定にもとづいて論じられるが,数量データの裏づけをもってこれを示そうとする調査も行われてきた。その先駆はローレンス(Steve Lawrence)(1)に見られ,オープンアクセスが可能な文献数と対象分野の拡大,書誌・引用データの蓄積に伴って,報告が相次いでいる。

 本稿では2004年に発表されたOAのインパクトに関する主要な報告を整理し,より問題の核心に近づくためにいくつかの視点を提供する。ここで触れた以外の報告および最新動向については,Open Citation Projectにまとめられた文献リスト(2)を参照されたい。

 

1. 文献レビュー

 2004年の報告は,大きく2つの見解に分かれる。ひとつは「OAと被引用数の間に明白な相関は見られない」というもので,もうひとつは「OAによって明らかにインパクトは増大する」という主張である。以下にそれぞれの主張を概観する。

1.1 明白な相関は「まだ」見られない(ジャーナル単位の調査)

 2004年4月,トムソンサイエンティフィック社では,Journal Citation Reports(R)(JCR)に見られるOAジャーナルの引用インパクトについて調査した(E196参照)(3)。2002年版のJCR Science Editionによるインパクトファクター(4)ランキングで,OAジャーナルがどのように分布しているかが調査された。過半数のOAジャーナル(66%)はそれぞれの分野で下位50%にランキングされており,何誌かの例外を除いて,OAが必ずしも高い被引用数に結びつかないことが報告された。出版後の経過年数ごとの被引用数についても,OAジャーナルは非OAジャーナルとほぼ同様の引用サイクルを示し,わずかに早く引用され始める傾向が認められたのみであった。

 半年後には2003年版のJCRを用いて追跡調査が行われた(5)。インパクトファクターによるランキングでは,前回と同様過半数のOAジャーナル(60%)が各分野の下位50%に属していた。最新文献指数(Immediacy Index)(6)によるランキングでは下位50%に属するOAジャーナルの割合は減り,OAジャーナルが従来の出版モデルよりも早く引用され始めるという前回の調査結果を裏付けた。

 著者マクベイ(Marie E. McVeigh)は,いくつかのOAジャーナルが被引用数を集めていることについては認めながらも,冊子体で高い発行部数を誇るジャーナルが必ずしもたくさん引用されないのと同様に,OAであることが直接的に被引用数を高める要因とはならない,と考察している。

1.2 明らかにインパクトは増大する(論文単位の調査)

 ハーナッド(Stevan Harnad)らは,OAと非OAのインパクトを雑誌レベルで比較したマクベイの手法は不十分であり,論文単位での比較によってOAと被引用数の高い相関は明らかであると主張している(7)。ブロディ(Tim Brody)ら(8)による物理学分野の調査では,トムソンサイエンティフィック社提供の引用データを用いて,arXiv(9)に登録されたOA論文と,同じジャーナルに掲載されたOAでない論文の被引用数を比較した。その結果,OA論文が2.5〜5.8倍の割合で多く引用されていることがわかった。

 アンテルマン(Kristin Antelman)(10)は4つの分野(哲学,政治学,電気電子工学,数学)について,Web of Scienceから求めた被引用数による比較を行った。ブロディらによる報告を裏付けるように,ここでもOA論文とその被引用数には統計的に有意な相関が報告された。最もOA率が低い哲学の分野では,OAと被引用数の相関も低いなど,分野による傾向の違いはあるものの,すべての分野において被引用数の高いグループほどOAによる影響を強く受けていることがわかった。

 ペルネッガー(Thomas V. Perneger)(11)は1999年にBMJ誌に掲載された300あまりの論文について,出版後一週間のヒット数(オンライン・フルテキストへのアクセス統計)と,2004年5月時点での被引用数(Web of Scienceによる)を調査した結果,それらの相関関係を認め,オンライン出版直後のヒット数は論文がその後獲得する被引用数の予測材料になると結論付けている。研究タイプ(study design)とヒット数のあいだには有意な相関性は見られなかった。読者はフルテキストにアクセスする前に,論文タイトルと抄録からその重要性を判断していると考えられ,より重要と判断された文献がより多くのヒット数を獲得し,引用されるようになる,というのがペルネッガーがたどり着いた仮説である。

 

2. 考察

 以上,簡単にこれまでの主要な論点をまとめたが,今後の議論を発展させるにあたって必要ないくつかの視点を,各調査報告におけるデータ制約や手法と関連して述べる。

2.1 地域ジャーナルによる統計の歪みに注意する

 マクベイの2回目の調査ではOAジャーナルの発行国内訳が報告されているが,北米・ヨーロッパ地域のジャーナルは約40%にとどまった。Web of Science全体では90%近くを欧米誌が占めていることを考えると,マクベイ調査の結果は非欧米系のOAジャーナルのパフォーマンスに大きく依存していることがわかる。OAジャーナルの過半数が下位50%に属していたのは,もともとインパクトファクターによるランキングで下位に属する,欧米以外の地域から発行されたOAジャーナルが多く含まれていたためだと推察される。欧米誌のみによる補正結果を求めるか,あるいは非欧米系OAジャーナルについて今後のランキングの変化をさらに追跡することが望ましい。

2.2 新規のOAジャーナルに関する調査が必要

 マクベイの最初の調査で192を数えたOAジャーナル数は,半年後に239タイトルに増えていたが,その大半はすでに収録済みのジャーナルがOA化を表明したものであり,新たに追加収録されたものではない。つまり,これらのジャーナルはトムソンサイエンティフィック社の収録基準をOA化以前にクリアしており,程度の差はあれ,すでに定評のあるジャーナルであったと考えられる。そうしたOAジャーナルが非OAの引用パターンにしたがっていたとしても,なんら不思議ではない。今後,さらにデータが蓄積され,より多くの新規OAジャーナルがWeb of Scienceに収録されるにしたがって,それらだけを対象とした調査も可能である。

2.3 OAジャーナルの認知度による差異はあるのか

 調査対象の均質性のためにかえって結論が特殊化してしまうのは,マクベイ調査だけではない。論文単位での各調査も,arXiv,Web of Science,BMJなどからの抽出サンプルにもとづいており,調査対象となった論文の品質がすでにある程度確保されていたことは確かである。特にアンテルマンの調査では,JCRを用いて,サンプルの母集団を高インパクトの論文誌に限定している。これらの調査結果は,認知度が高く,ある程度定評のあるジャーナルに掲載されたOA論文について得られたものである。より認知度の低いOAジャーナルにまで結論を敷衍するためには,対象範囲の拡大と,サンプリング手法の工夫が必要である。

2.4 分野ごとの差異をどう認識するか

 マクベイの分野別のランキング分析では,物理学,工学および数学で上位に位置するOAジャーナルが他の分野より多く見られる。最新文献指数では,過半数のOAジャーナルが上位50%以内にランクされる。マクベイはarXivなどのプレプリント・サーバが早くから発達したこれらの分野では,OAに対する抵抗が少ないのではないかと考察しているが,結局,OAによるインパクトの向上を認めるには時期尚早であると結論付けている。ブロディらによる調査は,マクベイが先送りにした結論の予兆であり得る。これらの分野のOAと引用インパクトの関係は,例えばOAジャーナルの絶対数がまだ少ない化学のような分野とは,分けて考える必要がある。

2.5 OAの「アクセス可能性」は完全か

 宇宙物理学関連のジャーナルについて調査したクルツ(Michael J. Kurtz)(12)によれば,フルテキストへのアクセスの可能性が高いジャーナルほど多くの読者を獲得している。この調査はOAジャーナルを対象に行われたものではないが,OAの最大の特性がフルテキストへのフリーアクセスであることを考えれば,OAジャーナル(あるいは論文)は非OAよりも多くの読者を獲得する可能性が高いことは確かである。

 ただし,OAの「アクセス可能性」は,テキストの「検索可能性」との関連によって決まるもので,完全とは言えない。アンテルマンは対象とした4分野の文献について,どこからフルテキストが入手可能であるかを調査しているが,3つの分野で著者自身のウェブサイトからのリンクが主要なアクセス・ポイントであった。数学だけは主題リポジトリからのリンクが最も多かった。

 OAであることは確実にアクセス可能性を高めるが,文献の所在が示されていなければ,そのアクセス可能性は完全ではない。むしろ,主題レポジトリや書誌データベースへの登録による「検索可能性」や「可視性」が,「アクセス可能性」を決定するといえる。

 

3. 結論

 このトピックについて論じる際に陥りやすいのは,「OA化によって文献の被引用数が半自動的に向上する」という短絡的な思い込みである。これまでの報告の多くは,ごく短期間・少数を対象とした,均質的なサンプル内での検証に過ぎない。いち早くOAと被引用数の関係を見出したローレンスにしても,「(検査対象とする論文が)もし同等の品質であると仮定すれば」と限定的な結論にとどめている。マクベイやペルネッガーも,OAであることよりも,利用者による文献自体の価値の認識がフルテキストへのアクセスにつながり,ひいてはその後の引用につながると指摘している。本稿で指摘したように,地域性やすでに培われたジャーナルの認知度,分野による特性,検索可能性など,諸条件の違いがどのように文献のインパクトに関わるのか,さらに実証的な研究が求められる。

トムソンサイエンティフィック:宮入 暢子(みやいり のぶこ)

 

(1) Lawrence, Steve. Free online availability substantially increases a paper’s impact. Nature. 411(6837), 2001, 521.
(2) The Open Citation Project. “The effect of open access and downloads (‘hits’) on citation impact: a bibliography of studies”. (online), available from < http://opcit.eprints.org/oacitation-biblio.html >, (accessed 2005-05-02).
(3) The impact of open access journals: a citation study from Thomson ISI. (online), available from < http://www.isinet.com/media/presentrep/acropdf/impact-oa-journals.pdf >, (accessed 2005-05-02).
(4) Impact Factor (文献引用影響率):ある2年間にジャーナルに掲載された「平均的な論文」がその翌年中にどれだけ頻繁に引用されたかを示す尺度。学術文献の引用動向は,分野によって大きく異なるため,インパクトファクターによりジャーナルを比較する場合は各分野内で比較する必要がある。Journal Citation Reports(R)に収録。
(5) McVeigh, Marie E. Open access journals in the ISI citation databases: analysis of impact factors and citation patterns. 2004. (online), available from < http://www.isinet.com/media/presentrep/essayspdf/openaccesscitations2.pdf >, (accessed 2005-05-02).
(6) Immediacy Index (最新文献指数):ある1年間に出版された論文が,同年中にどれだけ多く引用されているかを示す尺度。インパクトファクターと同様,同じ分野の中で比較しなければならない。Journal Citation Reports(R)に収録。
(7) Harnad, Stevan et al. Comparing the impact of open access (OA) vs. non-OA articles in the same journals. D-Lib Magazine. 10(6), 2004. (online), available from < http://www.dlib.org/dlib/june04/harnad/06harnad.html >, (accessed 2005-05-02).
[国立情報学研究所訳] 同一ジャーナルに掲載されたオープンアクセス論文と非オープンアクセス論文のインパクトを比較する. (オンライン), 入手先 < http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/harnad >, (参照2005-05-10).
(8) Brody, Tim et al. The effect of open access on citation impact. National policies on open access (OA) provision for university research output: an international meeting. New College, 2004-02, Southampton University. (online), available from < http://opcit.eprints.org/feb19oa/brody-impact.pdf >, (accessed 2005-05-02).
(9) arXiv.org e-Print archive. (online), available from < http://arxiv.org >, (accessed 2005-05-02).
(10) Antelman, Kristin. Do open-access articles have a greater research impact? College & Research Libraries. 65(5), 2004, 372-382.
(11) Perneger, Thomas V. Relation between online “hit counts” and subsequent citations: prospective study of research papers in the BMJ. BMJ. (329), 2004, 546-547.
(12) Kurts, Michael J. Restrictive access policies cut readership of electronic research journal articles by a factor of two. National policies on open access (OA) provision for university research output: an international meeting. New College, 2004-02, Southampton University. (online), available from < http://opcit.eprints.org/feb19oa/kurtz.pdf >, (accessed 2005-05-02).

 


宮入暢子. オープンアクセスのインパクト分析. カレントアウェアネス. 2005, (284), p.7-9.
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