CA1483 – 連携強化を図る英国の国立図書館と学術界 / 竹内秀樹

カレントアウェアネス
No.275 2003.03.20

 

CA1483

 

連携強化を図る英国の国立図書館と学術界

 

 英国下院の教育・雇用訓練特別委員会(Educationand Skills Committee,以下,「委員会」)(1)は,2002年6月『高等教育のための図書館資源』(2)と題する報告書(以下,「委員会報告書」)を発表した。

 出版物の価格高騰,出版点数の増加,電子出版物やインターネットの普及など,学術情報をめぐる環境の変化を受けて,高等教育機関の教育・研究水準を維持するために,学術情報の提供において図書館が果たすべき役割と,その実現に必要な政策課題を明らかにし,政府に勧告することが委員会報告書の目的である。

 委員会報告書の勧告の骨子は,(1)情報環境が急速に変貌している中で,英国の研究者に世界最高水準の情報資源の利用を保障していくために,研究図書館と3つの国立図書館,各々の所管官庁である教育・雇用訓練省(Department for Education and Skills : DfES)と文化・メディア・スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport : DCMS),また高等教育財政審議会(Higher Education Funding Council : HEFC)(3)が連携協力を密にし,国家戦略を策定し実行すべきであること,特に全国電子研究図書館(National Electronic Research Library : NERL)を協同構築すること,(2)学術情報の流通における英国図書館(BL)の役割は重要であり,BLは蔵書のデジタル化を一層進めるとともに,商業出版社に独占されている学術論文の頒布機能をBLの電子図書館が担えるように必要な方策を講じること,の2点である。

 この報告書の内容には,研究支援図書館グループ(Research Support Libraries Group : RSLG)の議論や一連の調査活動が強い影響を与えている。

 

1.RSLG設立の背景

 1990年代以降の英国の学術図書館に大きな影響を与えてきたのが,フォレット・レポート(1993年)(4)とアンダーソン・レポート(1996年)(5)である。

 フォレット・レポートは,3つのHEFCと北アイルランド教育省により設置された調査委員会の報告書であり,学生数と学術出版物の増加,情報技術の進展に対応した学術図書館のあり方を提示している。これを受けて,学術図書館の施設整備が進められるとともに,情報システム合同委員会(Joint Information Systems Committee : JISC)の主導のもと,学術情報ネットワークSuperJANETの整備や,多彩な電子図書館プログラム(eLib;CA1333参照)が展開されている(6)

 アンダーソン・レポートは,フォレット・レポートを踏まえ,国内における学術情報資源の偏在を解消し,必要とするあらゆる学術情報に研究者がアクセスできるよう,研究図書館と国立図書館,大規模公共図書館,専門図書館による,国レベル,地域レベルでのネットワーク形成の必要性を提言した。特に,収集・廃棄方針の全国的調整とOPACの横断検索の実現,電子情報資源の収集・保存を提唱した。

 フォレット・レポートとアンダーソン・レポートの提言は,学術図書館界においては,その多くが実施に移されていったが,館種を超えた全国レベルの連携がなされるには至らなかった。

 そこで,これを実現するために2001年6月,BL,スコットランド,ウェールズの各国立図書館,3つのHEFC,北アイルランド教育省により設置されたのがRSLGである(7)。RSLGの委員長はフォレット・レポートをとりまとめたブライアン・フォレット(Brian Follett)が務め,アンダーソン・レポートをとりまとめたマイケル・アンダーソン(Michael Anderson)も委員に名を連ねている。

 RSLGは,英国の研究者が誰でも等しく利用できる世界最高水準の学術情報資源の整備を実現する国家戦略の策定を目的としており,とりわけ,アンダーソン・レポートで提唱されている収集・廃棄方針の全国的調整に基づいた分散型ナショナルコレクションの構築,館種を超えたオンライン総合目録の作成,全国に分散した電子情報資源への一元的アクセスを実現するNERLの構築等を進めていくことを目指している。RSLGの議論は委員会報告書の随所に反映されており,その提言をBLとHEFCが受け入れ実行することを期待する,と委員会報告書は述べている。

 

2.委員会報告書とBL

 BLの活動の半分以上は高等教育・研究の支援に向けられており,BLは英国の高等教育・研究の水準の維持に不可欠の存在であるとして,委員会報告書はBLに関する勧告に紙幅を費やしている。

 BLのブリンドリー(Lynne Brindley)館長は委員会で次のように資料収集予算の不足を陳述している。紙資料,電子出版物のいずれも出版点数が増大しており,またその価格上昇は平均的な物価上昇率を大幅に上回っていることから,現在の予算では収集水準を維持していくのは困難になっている。よって,蔵書のデジタル化の重要性は認めつつも,資料の購買力の維持を優先させるため,国から措置される予算はデジタル化経費には充当していない。

 これを受けて,委員会報告書は,DfESが所管の異なるBLを直接に支援することは従来なかったが,今後はDCMSと協力して,高等教育機関のための研究資源に十分な資金が供給されるようにすべきであると勧告している。また,BLの蔵書のデジタル化の重要性を指摘し,DCMSがBLのデジタル化計画を支援し,予算配分に反映させるように勧告している。

 一方,BLに対しては,現在の商業出版社による学術出版市場の独占の弊害に対応するために,それに代わる学術研究成果の頒布機能をBLの電子図書館に持たせることを勧告している。

 委員会報告書について,英国図書館・情報専門家協会の機関誌Library + Information Updateは,BLは2002年初めから委員会に接触し,ロビー活動を展開した結果,新たな財源の獲得に成功したと報じている(8)

 2001年に発表した戦略計画において,BLは学術界へのサービスと連携強化を最大の目標に掲げており(CA14241425参照),委員会への働きかけやRSLGへの関与はその戦略の一環である。このほかにも,イングランド高等教育財政審議会やLSE(London School of Economics)図書館との戦略的提携を次々に発表するなど,自らの生き残りを賭けて,着実に布石を打っている。

関西館事業部図書館協力課:竹内 秀樹(たけうち ひでき)

 

(1) 下院の特別委員会(select committee)の一つで,教育・雇用訓練省の財政支出,管理運営,政策等を審議するとともに,当該分野における比較的短期的な政策課題について,参考人から意見聴取し,下院に報告書を提出することが任務。
(2) House of Commons Education and Skills Committee. Library resources for higher education. The Stationery Office Limited, 2002, 17p. (online), available from < http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200102/cmselect/cmeduski/804/804.pdf >, (accessed 2003-01-24).
(3) 国の高等教育補助金配分機関。イングランド,ウェールズ,スコットランドにそれぞれ設置されている。
(4) Joint Funding Council’s Libraries Review Group. Report (The Follett Report). 1993. (online), available from < http://www.ukoln.ac.uk/services/papers/follett/report >, (accessed 2003-01-24).
(5) Joint Funding Council’s Library Review. Report of the Group on a National/Regional Strategy for Library Provision for Researchers (The Anderson Report). 1996. (online), available from < http://www.ukoln.ac.uk/services/elib/papers/other/anderson/ >, (accessed 2003-01-24).
(6) 呑海沙織.英国における学術情報資源提供システム.情報の科学と技術.51(9),2001,484-494
(7) RSLG. “Welcome to the RSLG site”. (online), available from < http://www.rslg.ac.uk/ >, (accessed 2003-01-24).
(8) Give BL more – official. Library + Information Update. 1(6), 2002, 3.

 


竹内秀樹. 連携強化を図る英国の国立図書館と学術界. カレントアウェアネス. 2004, (275), p.2-3.
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