CA1424 – 図書館における戦略経営の実際―BLに見るベストプラクティス― / 柳与志夫

カレントアウェアネス
No.266 2001.10.20

 

Trend Review (1)
CA1424
図書館における戦略経営の実際―BLに見るベストプラクティス―

1 図書館経営論の活性化

1990年代の相次ぐ専門誌の発行や英国での専門研究センターの設置(1993年,CERLIM:Centre for Research in Library and Information Management)に見られるように,欧米図書館情報学における近年の図書館経営論の隆盛は明らかである。もちろんそれは,「経営論」という性格上,単なる理論的流行ではなく,図書館の経営環境の大きな変化と,それに対応しようとする現場での様々な実践を反映したものと思われる。

1999年と2000年の海外図書館経営論の研究動向レビュー(1)によると,研究対象は経営論の全分野にわたるが,全体で約2,000件(2000年)の発表文献数の分布には,一般経営論と比較しても,かなり偏りがあるようである。その中で最も文献が集中しているのは,人的資源(このような概念化が適切か否かの議論も含めて)であるが,図書館における専門職の重要性に鑑みれば当然であろう。また,専門職だけではなく,補佐職員やボランティアの問題が取り上げられている点は,図書館の現状を反映している。

わずか1年の違いであるが,1999年と2000年を比較すると,その間の経営環境の急激な変化を窺い知るいくつかのテーマがあることに気がつく。その一つは,従来の図書館協力(library cooperation)に加えて,パートナーシップや協同(collaboration)という概念が重要性を増しており,図書館以外の機関との連携や,従来の図書館協力から発展した協同事業的関係の進行を示している。また,電子図書館の運営,特にコストの問題に焦点が当たりつつあることも,電子図書館がいよいよ実験レベルを越えて,実用レベルに達していることの表れであろう。

一方,わが国においても,図書館経営論は司書講習の必修科目になり,教科書シリーズあるいはPRなど特定分野で単行書が出されるなど,特に90年代後半になって注目される分野の一つとなっていることは疑いない。しかし,論文あるいは論評レベルで見ると(2),『現代の図書館』や『みんなの図書館』などの論評・動向誌が積極的に図書館経営論関係の特集を組む一方で,『日本図書館情報学会誌』『図書館界』などの論文誌では,論文扱いのもののうち,それぞれ経営論関係は22件中4件,45件中8件,しかも司書職制度に係る論文が両者で5件を占めるなど,分野の広がりや量的な面で活発な発表がなされているとは言いがたい。

図書館情報学研究者の層が,量的観点からのみ見ても,海外と比べて薄いという事実はあるにせよ,この現象はわが国における図書館経営論の状況,つまり図書館現場での活動とそれに基づく理論化(あるいは逆に,新しい知見・理論に基づいた業務の革新)との間にかなりの距離があることを示唆している。一方,欧米における図書館経営論の活発さは,理論と実践との連動を推測させる。こうした,理論と現実の業務改革を結びつけた海外の実例として,英国図書館(BL)の戦略経営を考えてみたい。

2 BLにおける戦略経営

様々な調査と議論を経たデイントン報告に基づいて設立されたBL自体が,そもそも国家戦略的なものと言えるが(3),発足後も情報環境の変化に対応すべく,明確な戦略に則った図書館経営をBLはめざしてきた。それが1985年からの4次にわたる戦略計画書および今年になって発表された「新しい戦略の方向」(CA1425参照)であり,後者は,これまでの成果に基づき,新たな目標を示したものと位置づけられる(4)

1985-90年を見通した第1次戦略計画書は,最初の試みということもあり,検討対象も包括的であるが,蔵書構築とサービスに並んで,図書館協力・情報ネットワークと組織・経営資源がそれぞれ独立した章になっており,当初から戦略的に重視されていることがわかる。

第2次計画書(1989-94年を対象)では,サービスの改善に並んで,「経営」の強化に力点が置かれている。その中でも,特に財務関係は,第4,9章すべてと第8章第5節を割いて重点化されている。これは当時のBLにおける財政状況の厳しさを反映しているが,逆にそれを機に財務体質の強化を図ったともいえ,その成果が近年の予算増加や財務制度の整備につながっている(5)。また,第7章「人材開発」では,新たに求められる管理職の要件(革新的,未来志向,サービス志向,コミュニケーション上手,経営手法),専門知識・研究能力の必要性,外部人材の登用(特に,図書館情報学,オートメーション,財務・人事の各分野)に言及しており,本年9月の幹部人事(CA1417参照)の布石がすでに打たれているのがわかる。

第3次計画書(1993-2000年)で注目すべき点は,第1次では「図書館協力」とされていた章立てが,「リーダーシップ・パートナーシップ・協力」へと変わり,図書館に限らず,博物館・文書館,行政機関,企業など,セクターや業種を横断したより深い協力関係の確立と,そこでのBLの指導性をめざすことを表明していることである。また,ITの導入・発展にも新たに章を設けた。これは,電子図書館運営が重要テーマの一つとなってきた世界的な図書館経営の動向とも一致している。

戦略計画書と銘打った最後の第4次計画書(1999-2002年)では,協力関係重視の傾向がさらにはっきりし,サービスや蔵書構築部門でのパートナーシップの具体化が求められている。例えば,蔵書構築に関して,英国内の主要学術図書館その他の機関との協力を前提とする「分散型」の方法を初めて提示した。また,学術,産業,教育などの分野で政府の政策目標に合致し,さらにそれを支援することが強調されたことも特徴である。

このような4次にわたる戦略計画の策定とそれに基づくBLの15年の歩みを振り返るとき,二つの特色―それは表裏一体のものであるが―を指摘することができよう。一つは,合理的な中期戦略の作成による,目標の明確化とそれを実現するための蔵書を含めた経営資源の確保および効果的配分計画の提示である。しかし一方で,実際の活動は計画どおりに進むものではない。BLの過去の歴史を見ると,新館建設に関わる様々な困難の発生とそれにともなう計画の遅れ,電子出版についての政策的なぶれによる実務的対応の遅れなど,多くの問題を抱えてきたことも事実である。そして,こうした社会状況の変化や政策実施上の失敗を前提にした,試行錯誤を是とする経験主義的態度を二つ目の特色として挙げることができる。外部との関係を当初から重視してきたこと,旧研究開発部を中心に業務・サービスに関わる様々な実験・試行を繰り返してきたことなどは,こうした失敗に学ぶための装置であったといえよう。

今回(2001年)の戦略計画書は,従来のように対象期間を設定せず,21世紀における政策の方向性を提示している。その中で,戦略全体を明確に使命・戦略(手段と主要目標)・成果の3段階に分け,英国内にとどまらず,世界の図書館界において主導的役割を果たすことを宣言していることが印象的である。今年9月に従来を一新して発足した新組織と幹部人事は,今後の戦略展開を支える重要な柱になるものと考えられる。

3 人材確保:戦略実現のための経営資源

企業マーケティングから端を発したベンチマーキングおよびべストプラクティスの考え方が,他の企業経営分野,さらには,国や地方公共団体の行政改革に大きな影響を与ているNPM(New Public Management)理論において,中核概念となりつつある。これは,ある組織の業務改革にあたって現行組織・業務を改革のベースにおくのではなく,当該業種において最も優良と目される企業を評価基準(ベンチマーク)とし,最低の費用で最大の顧客満足を得られる製品・サービス(ベストバリュー)を提供するために,そこで行われている手本とすべき業務プロセス(ベストプラクティス)を学ぶことである。今回のBL人事は,外部機関との関係や顧客満足を重視するこれまでの政策の積み重ねの上にあると同時に,ベストプラクティスを外部からの重要幹部の採用によって一部実現したという意味で興味深い。以下,その観点で人事の具体的内容を考えてみたい(CA13171417参照)。

その始まりとしては,昨年7月のブリンドリー館長の就任がある。民間企業での経験もさることながら,直前まで大学副学長代行兼図書館長を勤めていたことから考えても,学術界へのサービスと連繋の強化を最大の目標に掲げている新報告書の方向性を体現したものである(6)。また,現在の英国を代表する研究者の一人であるイートウェル卿の理事長就任も,この観点から理解できる。

英国研究図書館連合(CURL)議長のフィールド博士の学術・コレクション総局長への任命は,こうした学術界との連携強化をさらに具体化するための人事であり,第4次計画書の分散型方法から一歩進んで,国内の有力図書館が国全体の蔵書構築を調整・分担して行う”national distributed collection”の実現が期待されている。彼はバーミンガム大学図書館長として,同図書館の抜本的改革を行ったが,それがベストプラクティスであったかどうかの評価が問われることになる。

コレクションとしての電子情報資源の収集と蓄積,電子的情報提供サービスの強化も第3次計画書以来目標とされてきたことであるが,米国の電子図書館研究でめざましい成果を上げたヴァン・ドゥ・ソンペル博士の電子戦略・プログラム局長就任は,DLI(Digital Libraries Initiative)構想を中心に研究と実務の両面で世界のトップをいく米国での経験を生かそうとするものである。

また,シーニー図書館サービス総局長とフィニー戦略マーケティング・コミュニケーション局長は,ともに世界的コンサルティング会社からの転入となるが,民間・公共の両部門でそれぞれサービス業務またはマーケティングでの実績を積んでおり,従来の図書館界での実践例からは学びきれない,新しい業務手法の導入が期待される。このことは,著名な保険会社の財務専門家であったミラー財務・経営資源局長にも当てはまり,その成果の一部はすでにBL財務分析の精緻化に反映している(7)

本年当初に新局長を公募するにあたって,各局長のBL内での担当業務内容はもちろん,すべての局について,対外的説明責任(external accountabilities)を規定したことは(CA1382参照),対外関係を重視し,国内図書館界でのリーダーシップを謳ってきた,第1次以降の各戦略計画書から導かれる当然の帰結であろう。その文脈で考えれば,同時期に発表されたプラチャスカ前特殊コレクション部長の米国イェール大学図書館長就任と,ジェフコート初期刊本部長のベルリン国立図書館長への選任は,欧州図書館構想における主導的役割などと合わせて,今後BL自体が,世界の図書館界におけるベストプラクティスとなることをめざしていることの表れと言えなくもない。

終わりに

設立以来のBLの歩みがすべて,戦略計画書の狙いどおり順調に進んできたわけではない。むしろ,サッチャー改革など英国政府全体の行政改革の渦中で,予算・人員削減や新館建設計画の縮小と遅延などの逆境に置かれ,業務とサービスの展開を抑制せざるを得ない時期も長かった。しかし,政府が唱導する公会計制度の改革,行政評価指標の設定,ベストバリュー概念の導入などを実施すると共に,BL独自の戦略計画書の策定を継続することによって,業務とサービスのめざすべき方向の一貫性を保ちつつ,状況に応じた変更を加えてきたことが,対外的協力関係や蔵書構築の強化に結びついたと考えられる。

現在英国では,欧州統合と対米関係をにらみながら,国の文化,学術,教育,情報の各分野で政策の大幅な再構築が進行している。BLが,その中で重要な役割を担っていくことは間違いなさそうである。

柳 与志夫(やなぎよしお)

(1)Layzell Ward, P. Management and the management of information and library services 2000. Libr Manage 22(3) 131-155, 2001; Layzell Ward, P. An overview of the literature of management and of information and library services management 1999. Libr Manage 21(3) 128-152, 2000
(2)館種,分野などを勘案して以下の6誌の最近3年分を試しに参照した。『大学図書館研究』『みんなの図書館』『情報の科学と技術』『現代の図書館』『日本図書館情報学会誌』『図書館界』。
(3)中森強 デイントン報告(図書館情報学案内) 国立国会図書館月報 (390) 29-31,1993
(4)BL. Strategic Plan 1-4. 1985, 1989, 1993, 1999; New Strategic Directions. 2001
(5)最新年報(2000-01年度)では,従来数ページ程度だった財政報告に代わって,貸借対照表を含めた詳細な財務分析に全体の3分の1(20ページ)があてられている。 BL. 28th Annual Report. 2001. 60p
(6)New Strategic Directionsでは,国民一般を除く特定対象へのサービスについて,労力の60%を高等教育・研究インフラ整備,20%をビジネス・産業部門,15%を公共図書館に割くこととしている。
(7)注(5)参照。