CA1375 – ヨーロッパの図書館法制・政策に関するガイドライン / 倉橋哲朗

カレントアウェアネス
No.259 2001.03.20


CA1375

ヨーロッパの図書館法制・政策に関するガイドライン

ここでは,欧州評議会(Council of Europe: CoE)と欧州図書館・情報・ドキュメンテーション協会連合(European Bureau of Library, Information and Documentation Associations: EBLIDA)による,「ヨーロッパにおける図書館法制・政策に関するガイドライン」を紹介していく。なお,CoEは,ヨーロッパの経済的・社会的発展を促進するために1949年8月に設立され,欧州連合(EU)とは別の組織である。加盟国には中欧・東欧諸国なども含まれ,その数はEUをはるかに上回る。EBLIDAは,ヨーロッパの図書館協会や文書館協会などの連合体で,情報提供や相互協力の推進により,ヨーロッパにおける図書館情報サービス専門職の発展に貢献することを目的としている。

ガイドライン作成のそもそものきっかけは,CoEが1994年に開催した中欧諸国の図書館法制に関するワークショップに遡る。これは社会主義政権崩壊以後の中欧・東欧諸国における民主的な図書館法制のあり方を検討するものであったが,その後対象はヨーロッパ全域に拡大され,焦点も図書館法制を現代情報社会においてとらえ直すものへと変化した。1997年にCoEはヨーロッパにおける図書館法制の現代調査を行い,その結果を踏まえて,本ガイドラインの草案が作成された。調査結果と草案は,1998年11月にフランス文化省とCoEが共同開催した国際会議,「図書館と民主主義:政府と専門家の役割」において報告され,検討された。その後の検討を経て,ガイドラインは2000年1月にCoEおよび国際図書館連盟(IFLA)によって承認され,またEBLIDA,によって採択され,EBLIDAの公式文書となった。

ガイドラインの目的は,情報通信産業,あるいは出版産業,文書館・博物館などとのサービスの融合やその結果としての特定企業や部門への収斂(Convergence),メディアや図書館ネットワークに見られるグローバリゼーション,情報面での市民参加,といった現代情報社会に特徴的な三つの現象を踏まえた図書館法制の全般的な見直しを進めるすることである。そのため,ガイドラインは,従来型の館種による区分けではなく,図書館法制に関する新しい視点を提示している。すなわち,「表現の自由と情報への自由なアクセス」「国の情報政策における図書館の位置づけ」「図書館と知識産業」「文化遺産としての図書館資源の保護」という四つの中心的課題に焦点をあてて構成されている。内容は多岐にわたっているが,主要な部分を紹介すると以下のようになる。

序論

図書館は,社会における文化,教育,情報インフラの土台として他で代替できない構成要素である。この認識は,現代のヨーロッパにおいては,表現の自由や情報への公平なアクセスという基本的人権の保障,新しい情報技術やグローバリゼーションの民主的な発展などの視点で,非常に重要である。

表現の自由と情報への自由なアクセス

図書館は,情報や知識へのアクセス権を保障するためにつくられている。図書館サービスは市民に差別なく提供されること,基本的サービスは無料であること,図書館資料はいかなる検閲を受けることなく,社会全体のニーズに沿って,社会の多様性を考慮に入れて構築されること,障害者を含むすべての人が利用しやすい場所にサービスポイントを設けること,などが求められる。

コレクションの構築は,図書館員の専門的な判断に基づくべきであって,外部の圧力によるいかなる歪曲も許されない。社会の今日的ニーズを反映し,透明性のあるプロセスを経た,マイノリティに十分配慮したものとすべきであり,ネットワーク技術を利用した国内外での図書館相互貸借や文献送付サービスを含む,関係機関との協力が奨励されるべきである。

新しい情報技術の利便性を積極的に活用すべきであり,図書館法制には,通信ネットワークによる情報アクセスに関する規定が含まれるべきである。とりわけ,プライバシーや機密の保護など,利用者の権利を尊重しなければならない。

国の情報政策における図書館の位置づけ

図書館法制には,一般原則と個別の基準や指標との調整,全国民に対するあらゆる媒体の情報への自由なアクセスの保障などをに関する規程が含まれる。

担当部局・機関は,すべての館種について,その役割や責務を明確にし,異なる館種間の協力に必要なインフラを整備するべきである。

図書館における情報通信技術・機器の利用に関係する基準を整備することが必要である。資料・資源へのアクセスを提供する最善の方法の開発,情報検索や情報機器操作の児童・生徒に対する指導を教育カリキュラムに組み入れること,電子図書館サービスへの活用についての調査研究,国内外の情報政策に沿った国レベルの図書館サービスの展開などが求められる。

期待されるサービスのレベルと,これを達成するために必要な資源との関係を明確化する必要がある。法律によって公的負担による十分な財源を保証し,一部に他の財源が充てられる場合も,図書館員の専門性や図書館資料の選定,自由なアクセスと基本的サービスの無料提供に支障がないようにすべきである。また,図書館運営の費用対効果を可能な限り高めるために,各館種にふさわしい組織機構,監督・管理体制,業績評価や質の管理手法を開発すべきである。なお,図書館予算は,新しい情報技術の利用に伴うコストを反映すべきである。

十分な専門職員を確保するため,国の法制や政策には,図書館員養成教育に関する条項を盛り込むべきである。また,ヨーロッパにおける職員の人的交流を促進すべきである。

図書館と知識産業

著作権やそれに隣接する権利を扱う法律において,図書館は,情報の利用を促進するという公的機能を有する機関として認識され,その法的位置づけを確立されるべきである。印刷物に適用される図書館に対する著作権の例外規定は,電子資料にも可能な限り適用されるべきである。

公貸権の対象外の資料については,権利関係者は利用者と協議して,どの情報が自由にアクセスできるかを定めるべきである。とりわけ行政機関は,行政情報への自由なアクセスを保障する特別の責務を負っている。

図書館は,団体協約やライセンス契約などを通して利用される情報が規定の範囲内で利用されるように相応の努力をすべきである。

図書館は,国の著作権法制に従って,図書館における複写や複製を許可するべきである。

文化遺産としての図書館資源の保護

法定納本制度は,文化遺産としての「ナショナルコレクション」を構築するための最も重要な手段である。未来の世代への国の文化の伝達,全国書誌の編纂,納本された出版物へのアクセスがその目的となるべきである。

法定納本制度は,発行者や製作者に対する義務規定とすべきである。

法定納本制度の有効性を高めるとともに,それが関係者の不利益とならないように,納本図書館は納本された出版物とその書誌情報へのアクセスを,ネットワークを通じて提供すること,納本部数は3部から5部の範囲で適切なレベルに維持されること,制度に従わない場合の罰則規定を持つこと,法定納本に対する補償はタイムリーで包括的な全国書誌サービスとすること,電子出版物の法定納本に対するさらなる調査研究がなされること,などが必要である。

写本や文書などの「手書きの遺産」の伝承についても,配慮ある取り組みが必要である。

EU統合の進展の影響は,EU加盟国のみならず非加盟国に対しても,社会のあらゆる分野に及ぶようになってきている。社会的・文化的な多元性に十分な政策的配慮をしながら,一つの共同体としての「ヨーロッパ」を形成しようとする様々な試みがなされてきている。このガイドラインは,そうした意義深い取り組みのうちの一つとして位置づけられよう。

倉橋 哲朗(くらはしてつろう)

Ref: Council of Europe. Council of Europe/EBLIDA Guidelines on Library Legislation and Policy in Europe. [http://culture.coe.fr/epba/eng/ecubookR.3d.htm] (last access 2000. 12. 6)
Vitiello, Giuseppe. Library policy and legislation: a European perspective. Int Inf Libr Rev 32 (1) 1-38, 2000