CA1304 – 海外の医療情報サービスに学ぶ / 岡野純子

カレントアウェアネス
No.246 2000.02.20


CA1304

海外の医療情報サービスに学ぶ

1980年代から90年代初頭にかけて,患者,その家族,そして一般の人々に健康に関する情報を与えることが注目されてきた。医療情報サービス(Consumer Health Information Service: CHIS)と呼ばれるこのサービスが定着してきた米国や英国においては,現在,サービスを提供しているという事実以上に,その内容について目を向けなければならない成熟期にさしかかっている。具体的な課題としては,「情報を受け取れない地域や人々への対応を含め,情報提供を拡張・深化させる際の情報技術(IT)の応用性」,「情報の氾濫と質の管理」,「医学図書館・公共図書館・健康情報専門家相互の連携・協力」等が挙げられるであろう。以下,それらについて述べた最近の海外論文を紹介していきたい。

医療の変化と図書館の役割

今まで医療は専門家が行うもので,一般人は単に専門家の指示に従うべき存在と考えられてきた。しかし,近年,患者自らの意思決定を尊重する,患者主体の医療という新しい動きがでてきている。インフォームド・コンセントに見られるように,患者主体の医療においては,意思決定に必要な知識を患者自身が持つことが不可欠である。こうして,CHISの必要性が人々に広く認識されるようになってきた。一方,インターネットをはじめとする様々な電子メディアの発展により,一般人の間の医療情報の流通には格段の進歩が見られ,病気や治療法に関する情報だけでなく,医師に関する情報,患者同士のコミュニケーションなど,多種多様な情報のやりとりが行われている。しかし,同時に,情報の氾濫が混乱をもたらし,情報の質の維持・管理の必要性,そして,適切な情報に効率よくたどり着くためのツールやノウハウの必要性が切実な問題となってきている。前者は,例えば,発信する情報に関する基準を設けることなどによって対処が可能であろう。また,後者は,公共図書館と医学図書館とが協力し,最も需要にあった情報を検索・提供することによって対処できるであろう。

こうした図書館の役割や,サービスの問題点は,以下に見る2つの組織におけるCHISの評価報告からも浮き彫りにされている。

米国保健・福祉省によるCHISの評価

米国保健・福祉省(U.S. Department of Health and Human Services)の依頼により,1995年に全米規模でのCHISの予備的評価が行われた。その結果,図書館と密接に関係する次の2つの点があきらかになった。1)情報を必要としている人は,複数の情報源を利用している。2)供給される情報が多すぎる。

つまり,提供される情報が多過ぎる一方で,それがうまくニーズに結びついていない。医療提供者や医療施設は,図書館等のCHIS提供機関と連携し,効果的に情報を提供する必要がある。公共図書館・医学図書館は情報提供のよきパートナーとなり,人々の調査を手伝い,情報入手に必要なサービスを提供すべきである。また,電子情報サービスの提供にも多くの可能性がある。しかし,電子情報は,タイムリーな情報を伝達できるという点で優れているが,同時にコンピュータを使用できる環境の人々に対してしか情報が伝達されないという問題がある。また,人種と民族性,教育水準や収入の差も情報の利用に影響し,「医療弱者」とでもいうべき,医療に対する関心が低く,健康を害しても治療を受けず,まして医療情報を収集しない人々の問題もある。図書館が電子情報サービスを提供する際には,こうした問題にも注意を払う必要がある。

プレストン医学図書館におけるCHISとその評価

テネシー大学医療センターのプレストン医学図書館は,地域住民から毎月100件程寄せられる医療に関する質問に無料で答えている。サービスを提供する中で,図書館員は2つの問題に直面している。一つは,患者が自分の病気と関連させて,しばしば文献検索結果からその解釈を求めることである。図書館員は,医学辞書や他のツールを使って情報を提供できるが,患者にアドバイスすることはできない。それは主治医の役目であることを患者に強調しなければならない。もう一つは,時間の問題である。患者からの複雑な質問に答えるためには,膨大な資料の検索が必要であり,根気や共感を必要とする患者とのインタビューには時間がかかるので,質問に優先順位をつけ,緊急を要する患者の要求を優先しなければならない。

さらに,スタッフは,230人の利用者に,満足度の調査をした。その半数は自分の医師と与えられた情報について話し合い,3分の2の人が医師とのコミュニケーションが改善されたと感じた。そして多くの人が,情報が家族や自分自身のストレスを軽減させたと答えた。また,インターネットの使い方も含めて,効果的な検索方法を教えてほしいという要求やもっと宣伝すべきであるという意見も多かった。この結果に基づいて,スタッフは,団体や,医師,看護婦に対する広報を強化したり,医学図書館と公共図書館が協力しあい,医学のテキストやMedlineの検索の仕方を教える講座を開設した。また,医療情報として有益なWebサイトの紹介も行っている。ただし,Webには間違った情報が多数あり,図書館員はヘルスケアの専門家ではないから,その情報を解釈する助けとして医師等の専門家に相談すべきであると警告する者もいる。

健康であるためには,個人によるヘルスケア以上に健康を維持する環境が必要である。しかし,健康に対するインフラストラクチュア(家賃を払える程度の住居,効果的な教育と訓練,安全で汚染のないコミュニティと職場,適切な栄養とチャイルドケア)の水準は,米国内の多くのコミュニティにおいて過去10年で低下しているため,少数民族を中心に公衆衛生上のいくつかの問題が生まれ,連邦政府には大きな負担となってきている。この状況を改善するには,地域のボランティア団体のようなコミュニティベースの組織(Community-Based Organizations: CBO)によるITの活用が鍵となるだろう。CBOは,個人やグループと連邦政府との間の仲介役を果たし,個人に情報を提供し,また個人を支援することができる。政府とCBOが協力して,ITをフルに活用しつつ,個人や地域のニーズに合わせた幅広く細かなサービスを行えば,大きな成果が期待できる。ここで肝心なのは,ITに無縁なCBOにも目を向けることである。万一それらを切り捨てて,「情報ハイウエイ」作りを加速させれば,組織間のギャップが広まり,むしろ事態を悪化させる可能性もある。

CHISの活性化のために

英国でのCHISは,1992年4月,政府がすべての地域保健庁にCHISの提供を求めたことに始まる。各地域に設置された地域医療情報サービス(RHIS)が無料電話サービスを開設したことにより,国民は電話1本でサービスが受けられるようになった。こうして,CHISは普及したが,英国で活動するCHIS分野のNGOである,ヘルプ・フォア・ヘルス・トラスト(Help for Health Trust)のガン(Gann)氏は,そのサービスが「自己満足的」で,「受動的」で,「マンネリ」で,「表面的」であると指摘して,以下のような改善の提案をしている。

・「自己満足的な」情報サービスを改めるには

サービスが供給されていることだけで満足し,それがうまく運営されていることに目がいかなくなってしまう傾向がある。サービスがいろいろな形で広がって行くにつれ,基準がばらばらになってしまう危惧もある。質の良いサービスを供給するためには,CHISのスタッフを教育し,コミュニケーションのスキルや,情報源,障害者と倫理に関する意識,ストレス管理等を学んでもらう必要がある。

・「受動的」な情報サービスを改めるには

多くの人が情報を求めているにもかかわらず,サービスが限られた人々にしか利用されていない。障害者や,少数民族,言語が多様化している地域への対応を行ったり,ヘルプ・フォア・ヘルス・トラストのCHISデータベースであるHelpboxなどが,図書館や,ヘルスケア施設,公共機関で,誰にでもアクセスできるようにするなどITの開発と普及も進める必要がある。

・「マンネリ」の情報サービスを改めるには

提供しようとする情報は実際の臨床現場における最新のものを反映しているとは限らない。何年も行われてきた多くの治療法が有益であるか,その成果と治療の効率性を見直し,成果を効果的に提供することが求められている。1992年米国保健・福祉省が疼痛管理の包括的な見直しを行い,専門家のために臨床の実務的なガイドラインを作成したり,英国でも,白内障の治療法等の効果を見直し,その成果を一般向けにパンフレットとして提供する等の動きがある。

・「表面的」な情報サービスを改めるには

1994年以来,病院の活動実績は一般に公開されている。しかし,待ち時間などの情報は与えられるが,本当に求めている情報である治療効果については説明ない。「情報を与えられた患者は利用できる最良の治療を要求するので,医師が技術を磨き,病院設備を改善する刺激となる」というような,供給する側の質を上げるために,CHISを与えるという考えを持つ必要がある。

情報が与えられることによって,より幸せに,より満足する患者が増えていることは明らかである。さらには,患者の期待を増加させることを通じて,医療の提供者の側が専門技術を磨き,時代遅れの考えを捨て,活力を共有することにつながる。

わが国では,医学図書館や病院図書室の一般公開や,医療情報サービスを行っている所は,ほんのわずかである。しかし,患者や家族からの情報要求は日に日に大きくなっているように感じる。「インフォームドコンセント」という考えが広まる中,患者は医師からの情報だけにしか頼れない状況にある。私達は,今や,患者への情報提供について,本気で考えなければならない時期にさしかかっている。その意味で,医療情報サービスの成熟期を迎えた米国や英国の状況を学ぶことは有益なことであり,もっと紹介されてしかるべきであると思われる。

慶應義塾大学医学メディアセンター:岡野 純子(おかのじゅんこ)

Ref: Deering, Mary Jo. Introduction. Bull Med Libr Assoc 84 (2) 206-208, 1996
Deering, Mary Jo et al. Consumer health information demand and delivery: implications for libraries. Bull Med Libr Assoc 84 (2) 209-216, 1996
Earl, Martha. Caring for consumers: empowering the individual. Am Libr 29 (10) 44-46, 1998
Milio, Nancy. Electronic networks, community intermediaries and the public's health. Bull Med Libr Assoc 84 (2) 223-228, 1996
Gann, Bob. Consumer health information in the year 2000. Aslib Proc 48 (10) 241-245, 1996