カレントアウェアネス
No.238 1999.06.20
CA1259
図書館と書店の関係
人々の読書活動に関わる点で,図書館と書店とは共通している。しかし,両者が競合関係にあると見なされることは,日本ではそう多くない。両者の「棲み分け」が確立しているためであろうか。昨年米国の図書館雑誌上で,両者の競合について意見が交わされた。
口火を切ったのはニューヨーク市立大学ブルックリン校図書館のレファレンス・ライブラリアン(教授)であるファインバーグ(Renee Feinberg)であった。彼女によれば,書店をあたかも図書館のごとく利用する大学生や社会人が増えているという。彼女は,ニューヨークを中心にチェーン店を展開しているバーンズ・アンド・ノーブル書店(B&N)を取り上げて,書店が図書館に脅威を与える可能性を示唆している。B&Nは,1989年にニューヨークで産声をあげ,急速に成長したいわゆる「スーパーストア」(書籍のスーパーマーケット)の一つである。そして,B&Nの成長とともに,大学生や大学を卒業した社会人たちが,大学図書館の代わりにB&Nを利用するようになってきた。ファインバーグはあちこちのB&Nを訪れ,聞き取り調査を行っている。その結果,B&Nを利用する客の多くが,大学図書館の現状に不満をもち,B&Nを利用することでその不満を埋め合わせていることがわかった。
グレニッチヴィレッジのB&Nアスター・プレイス店(コーヒーショップなども店内にある)で調べ物をしていたある人は,こう述べている。「図書館は,焦点の定まった調べ物をするところだ」――一般的な調べ物は,B&Nで十分まかなえる,というのである。この人は,心理学の学位をもっていたが,母校ブルックリン校図書館にフロイト,ユング関係の図書が少ないことにも不満をもらしている。B&Nの専門化した,大規模なコレクションに,大いに期待しているようであった。
ファインバーグは,二人のニューヨーク大学(私立)の大学生とも話をした。彼らは応用心理学についての研究論文を書くための文献調査をしていた。彼らは,ニューヨーク大学のボブスト図書館の暑さに対して不満を表明し,夕方に研究する際に地階を使わなければならないことのわびしさ,あるべき場所に目的の本がないことへの不平を述べた。それから,マイクロフィルム化された学術雑誌を使わなければならないこと,図書館の蔵書が時代遅れになっていることに言及した。これに対して,B&Nの雰囲気は,勉強するときに感じるつらさを和らげてくれると絶賛した。
ではB&Nは図書館に完全に代替しうるのか。聞き取り調査の結果からは,そうとばかりもいえないようである。比較的軽めの調べ物に書店が,焦点の定まった調査研究には図書館が利用される傾向がある。図書館では現物の図書がしばしば見当たらないことは,利用者に共通する不満のタネのようであった。コーヒーを飲んだり新聞を読んだりしながら読書ができるB&Nの雰囲気は,たしかにちょっとした調べ物をするのに向いている。B&Nは,現存するどの図書館よりも,理想の図書館に近いという人もいた。
自身が有料サービスの推進者であるロサンゼルス・カウンティ公共図書館のコフマン(Steve Coffman)は,書店のマイナス面として,1) 本が分類されていない,2) レファレンスサービスがない,といった一般的な意見を取り上げ,図書館と比較して検討している。彼によれば,1) ,2) とも図書館の優位を示すことにはならない。すなわち,1) に対しては,書店で客は目的の本を容易に見つけ出すことができているし,2) に対しては,レファレンスサービスは実際にはそれほど利用されていない。営業時間が長く,本が豊富で,コーヒーを飲みながら快適に過ごすことができる書店と,膨大な運営費用がかかる図書館と,納税者はどちらを選択するであろうかと述べて,コフマンは,図書館をもっと低費用で効率的に運営するために書店から学ぶべきことがあるとしている。
ファインバーグとコフマンの主張は,いずれも図書館員の側からもち上げたものであるが,書店員からは反論が出されて,一見意見の逆転が起こっている。スーパーストアで働くある書店員は,図書館と書店のどちらが優れているかといったことは問題ではないと述べ,両者はともに読書を推進するが,本質的には別種の施設なのだから,むしろ,一方が他方から何を学べるかの方が問題であると述べている。彼は,良い書店の長所として,優れた選書,余暇の都合の良い時間に開いていること,カウチやコーヒーといった快適な環境を提供すること,を挙げ,とりわけ「時間」と「快適さ」には注目すべきであると述べている。そして,書店の短所として,平均的な図書館に比べて利用者サービスが劣っていること,従業員の賃金が低いこと(このことは,スタッフの定着の悪さとやる気の低下につながる),分類法に欠陥があること,を挙げている。このような書店の短所について,図書館員は無頓着であるというのである。結局のところ,書店でできるのは簡単な調べ物であって,本格的な調査研究は図書館でなければできないと述べている。
米国で図書館と書店との競合関係が問題とされるようになったことは,両者のあるべき姿を再考する契機となろう。日本でも,図書館の雰囲気を加味した書店が現れてきているし,図書館ではなく「町営書店」も作られている。また,ここで問題とされているのは図書館の調査研究機能であるが,日本の図書館はその点でどうなのだろうか。書店が図書館の代替サービスを行いうるか,という問題が起こる可能性は,皆無とはいえない。
吉川 博史(よしかわひろふみ)
Ref: Feinberg, Renee. B&N: The new college library? Libr J 123 (2) 49-51, 1998
Coffman, Steve. What if you ran your library like a bookstore? Am Libr 29 (3) 40-46, 1998
Raymond, J. Librarians have little to fear from bookstores. Libr J 123 (15) 41-42, 1998