CA1048 – スウェーデンの書籍市場 / 佐藤幹子

カレントアウェアネス
No.197 1996.01.20


CA1048

スウェーデンの書籍市場

本には定価がある。スーパーで安売りしている一般日用品とは違い,全国どこで買っても同じ値段だ。これは,再販売価格維持制度があって独占禁止法の適用を除外されているためである。日頃当たり前のように思っているが,この再販制を廃止したため,書籍の定価がなくなった国もある。

スウェーデンは1970年から書籍の定価を廃止し,自由価格制度を採用した。1992年には最後まで残っていたノンフィクションに関する協定を廃止し,書籍市場は全く規制のない状態になった。いかなる共通のルールもない代わりに,様々な出版社や出版グループが書店に対して独自の取引条件を定めている。ほぼ時を同じくして起こった書店のチェーン店化,景気の下降,出版物の高価格を維持できない不況市場などの影響もあいまって,スウェーデンの書籍市場は新しい時代に入っている。

まず,出版界に寡占の問題が起こっている。1970年代後半に中小規模の良質の出版社が増え,その後しばらく安定していたが,最近大規模の会社に吸収されるところが相次ぎ,現在では5つの大手出版グループが全体の売り上げの4分の3近くを占めようになった。大半は独自の取次会社やブッククラブを持っていて,中小規模ではできない販売条件で書店と取引することができる。集中化は書籍販売の側にも起こっている。実際に書店の数が減っているのではなく,チェーン店が形成されているのである。

このような状況では,年刊の販売書誌の刊行やブックフェアの開催などの全体に共通する販売活動が少なくなってゆく。チェーン店は限られた範囲の本しか収録しない独自のカタログを作るようになり,大手出版社も広い分野を網羅する伝統的なカタログへの関心を失っていった。もはや共通の販売書誌に情報を載せることは重要な投資や広告にはならないのだ。長年にわたって作られてきた年刊の販売書誌Arets Bockerは1993年にはペーパーバックで出版され,翌年は出版されなくなった。また,児童書カタログは1993年に政府の援助が打ち切られ,翌年,2つの大手児童書出版社から掲載を断られた。

政府が全く市場に介入していないわけではない。1970年代始めに書籍出版が危機に瀕した時,急激な価格上昇を抑えることにより文学の興隆と多種の良書の刊行を促進しようとする国庫補助制度が導入された。この補助は総額3000万クローナ(約4億円)で,約750タイトルの図書に与えられる。良質の書籍が出版されるためには,大手出版社が無視してきたような作品やテーマに意欲的に取り組める中小出版社に対する援助が必要である。書籍市場の変化にもかかわらず,こうした出版社が活発に活動を続けてゆく上で,この国庫補助制度は大きな役割を果たしている。

流通ルートにも大きな変化が起こっている。1970年代半ばから市場における書店のシェアが50%から40%に減少したのに対し,ブッククラブは25%以上を占めるようになった。もし定価が維持されていたら,このような大きな変化は起こらなかっただろう。他のヨーロッパ諸国の基準では書店の40%のシェアは非常に低い。おそらく現在では40以上のブッククラブが存在し,会員数は200万人近くになると思われる。ブッククラブの市場は大手出版社に支配されているが,近年中小出版社によって設立されたクラブの増加が目立ち,哲学や心理学,歴史といったそれぞれの得意分野を占めている。書店を通しての販売が困難になった状況への適応策として,こうした直接販売方式が発達してきたのだろう。

書店にとっても大手かそうでないかは大きな違いになる。取引の条件がチェーン店と出版グループの間で取り決められてしまうためである。もし共通の販売カタログが永久になくなってしまったら,独立している小さい書店は大変な打撃を受けることになる。たとえ書店の数がここ10年間に目立つほど減少していなくても,好ましくない傾向が見受けられる。書店は多種多様の書籍を幅広く提供できるところなのに,すでに市場のシェアを失っている。このままでは売行きが良い少数の本だけが幅をきかせるようになって売れない本は店頭から消えてゆき,中小出版社の出版物に悪い影響を及ぼすことになってしまう。

出版物は多様な中から読者が自由に選択できるようでなくてはならない。売れないからといって出版されなかったり,書店に並ばないということでは困る。本の定価は他の商品と違って単に経済効率や市場原理のみに基づいた論議ができない問題である。日本の再販制について考える際にスウェーデンの例は様々な点で参考になるだろう。

佐藤 幹子(さとうみきこ)

Ref: Sundkvist, Leif. The Swedish book market. Scandinavian Public Libr Q 28(1) 15-18, 1995
本の定価を考える 出版流通対策協議会1992. 316p