CA1004 – 図書館サービス協定の締結が進む英国の公共図書館と刑務所 / 中根憲一

カレントアウェアネス
No.189 1995.05.20


CA1004

図書館サービス協定の締結が進む英国の公共図書館と刑務所

一般市民が公共図書館から享受し得るのと同等の図書館サービスを受刑者にもとの趣旨のもとに,公共図書館と刑務所とのサービス協定の締結を通して受刑者に対するさらに一層の図書館サービスの促進をはかることをねらいとした『刑務所図書館−その役割と責務−(Prison Libraries: Roles and Responsibilities)』のリポートが発表されたのは1992年7月である。作成にあたったのは内務省刑務局におかれている刑務所図書館に関する常設委員会(Standing Committee on Prison Libraries:メンバーは,刑務局,全国州会協議会,全国市協議会,英国図書館協会刑務所図書館グループの各代表者からなる)で,同リポートはイングランドとウェールズのすべての公共図書館に配付された。

さて,その効果だが,グロスターシャ州立図書館のホプキンズ(Linda Hopkins)が,その後の状況についての調査結果をPublic Library Journal誌に発表しているので,そのあらましを簡単に紹介してみたい。なお,同誌には,刑務局の刑務所図書館担当官であり,前記委員会の委員長でもあるブラント(Peter Blunt)の論文も併録されており,ホプキンズの調査結果から浮彫りにされた問題点に対し当局者の立場からコメントがなされている。

調査結果では,まず,多くの公共図書館と刑務所との間でサービス協定が締結されてきていることがわかった(筆者注:別の資料によれば,1994年5月の時点で127の協定が締結されている)。そして,サービス協定締結の意義について,公共図書館サイドからは次のようなメリットが挙げられている。▽公共図書館,刑務所それぞれの責務の範囲が明確になったこと,▽各スタッフの職責が明確にされたこと,▽公共図書館と刑務所の関係が一層緊密になったこと,▽刑務所職員の間で刑務所図書館についての認識が高まったこと,など。具体的な成果としては,▽刑務局からの財政援助により各刑務所に司書専門職が広く配置されるようになったこと,▽刑務所図書館へのコンピュータの導入が進んだこと,などである。

だが,問題点もいくつか浮かびあがってきている。例えば,次のような事柄である。▽図書館予算のより一層の充実:司書専門職の採用やコンピュータの導入などに予算措置が講ぜられたことには大きな評価が寄せられているが,図書館予算の一層の充実を図るため内務省の予算割当て基準の見直しを求める声が強い。また,各刑務所に割当てられる図書館予算の配分内容が明確でないなどの指摘がある。▽図書館担当看守の配置の不十分さ:司書専門職の配置は進んだが,彼らのみで図書館運営のすべてをカバーすることは不可能で,図書館担当看守の配置等,スタッフの面での刑務所当局の協力が不可欠である。だが,これが十分ではない。▽刑務所の教育セクションとの関係の曖昧さ:刑務所図書館の運営に関し,刑務所図書館と教育セクションとの関係が曖昧である。多くの公共図書館は,刑務所図書館は教育セクションからは独立して別個に運営されるべきであると考えている。▽公共図書館とのオンライン化の棚上げ:リポートのなかでうたわれた,刑務所図書館のコンピュータと公共図書館のコンピュータ・システムとのオンライン化をはかるという方針は,1994年に種々の事情から当分の間棚上げとする旨の決定が刑務局においてなされたが,これは刑務所図書館は公共図書館システムの一部であるという前提を突き崩すものであり、棚上げの速やかな撤回が求められる。▽民営刑務所における図書館サービスの問題:最近現われた民営刑務所では,公共図書館からのサービス供与を受けずに,独自に図書館サービスが提供されている。これらの民営刑務所における図書館サービスのレベルを保持するため,内務省はその運営につき十分な監督を行う必要がある,など。

ともあれ,この2年の間に,サービス協定の締結を通して公共図書館と刑務所の関係はより緊密になった。各刑務所長に人事・財政面での権限委譲を進めてきた刑務局の方針もサービス協定の締結を容易にさせてきた一因である。だが,刑務所図書館サービスの将来にとって,懸念すべき材料はまだまだある。一つ目は,この数年来進行している刑務局の機構改革に伴うもので,1994年10月に,図書館担当部局のCEOB (Chief Education Officer’s Branch)がETAS (Education and Training Advisory Service)と,その名称と組織が改編された点である。この組織改編が,公共図書館との協力関係を推し進めてきたこれまでの政策に何らかの変化を及ぼさないかどうか。二つ目は,図書館サービスを提供している公共図書館サイドに関わるものだが,いま進行中の地方自治体の制度改革の動向であり,そして三つ目が,刑務所民営化の今後の動向である。

中根憲一(なかねけんいち)

Ref: Public Library Journal 9 (6) 159-165, 1994