要 旨
本調査研究は,電子情報環境下における我が国の科学技術情報の資源配置の全体像を明らかにし,科学技術情報の収集整備において,今後国立国会図書館が果たすべき役割及び関係機関との連携協力の方向性を明らかにすることを目標としている。そのため,国内における学術雑誌の資源配置状況を明らかにすることを目的とした資源配置調査,大学図書館における電子ジャーナルの導入状況に影響を及ぼしている電子ジャーナル・コンソーシアムの現状とそれらコンソーシアムが国立国会図書館に抱いている期待についてのインタビュー調査,電子情報環境下の新たな学術情報のメディアとして注目されているオープンアクセス型アーカイブの現状と各国国立図書館の対応状況調査を行った。
2章では,学術雑誌の全国的な配置状況について,大学図書館,国公私立の研究機関等における学術雑誌の収集状況(タイトル数,資料購入費等)を冊子体及び電子ジャーナルの両面から調査して明らかにした資源配置調査の結果を報告する。ここでは,近年の価格上昇と電子ジャーナルの導入により,学術雑誌の配置状況に生じている変化を示すとともに,館外文献複写の利用状況を調査し,現在の日本において国立国会図書館の情報資源がどのような位置づけを占めるかを検討した。具体的には,以下の点が明らかとなった。
(1) 科学・工学・医学系分野(STM分野)を収集対象とする大学においては冊子体雑誌のおよそ5割をSTM雑誌が占め,最もタイトル数が多い大学で5,000から6,000タイトル程度を収集している。このうち洋雑誌は3,500から5,000タイトルを占めている。雑誌のタイトル数は減少傾向にあるが,その半分はSTM雑誌の減少であり,洋雑誌が減少分のほとんどを占めている。
(2) 国立国会図書館は国内雑誌については納本制度によって包括的に収集できているものの,STM洋雑誌のタイトル数に見るように,冊子体の外国雑誌に関しては国内最大規模の大学と同程度かあるいはやや劣る程度の量である。
(3) 国立大では大学の規模に関わらず意欲的に電子ジャーナルが導入されているが,公・私立においては一部の大規模校で大量導入されているものの,中小規模校ではあまり導入が進んでいない。
(4) 公立大・私立大では電子ジャーナルのタイトル数が少ない大学が半数を占め,冊子体に比べて電子ジャーナルではタイトル数の面で上位校と下位校の格差が拡大している。
(5) 大学規模に応じた価格づけが行われる電子ジャーナルは,中小規模校が相対的に低価格で導入が可能であり,そのメリットを活かした国立大では,冊子体と較べて電子ジャーナルでの上位校と下位校の格差が縮まった。
(6) 国立大では程度の差こそあれ全ての大学で電子ジャーナルの導入が進んでおり,これは国立大学図書館協議会電子ジャーナルタスクフォースによるコンソーシアム形成の効果と考えられる。
(7) アーカイビングなどの共同事業への期待は薄く,現に電子ジャーナルを大量に導入している大学にあっても,コンソーシアムの任務は価格と情報収集であると位置づけている。
(8) 館外文献複写の実績においては,大学図書館における情報要求はほとんどが大学図書館内で完結して処理されていること,専門情報機関においても科学技術振興機構や外国への依頼が多く国立国会図書館の占めるシェアは多くないことが示された。ただし,都道府県立図書館においては国立国会図書館の利用が最も多く,その優先順位も1位とする館が多かった。
(9) 機関レポジトリの整備状況としては,1割程度の大学図書館で提供が行われている。むしろ専門情報機関における提供が多く2割程度の機関がレポジトリを提供している。提供内は大学においては紀要や学位論文,専門情報機関にあっては報告書,テクニカルレポートが多く掲載されている。
3章では電子ジャーナル導入のためのコンソーシアムの現状と課題について,日本国内で形成されているコンソーシアムの状況を整理した。対象とするのは,国立大学図書館協議会(現・国立大学図書館協会),日本医学図書館協会,日本薬学図書館協議会,関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)によってそれぞれ取り組まれているコンソーシアムで,各コンソーシアムの事務局計8名に対してインタビュー調査を実施し,コンソーシアムの現状を概観するとともに,コンソーシアム形成の効果と各コンソーシアムと国立国会図書館との関係・期待される役割について論じた。ここでは以下の点が明らかとなった。
(1) コンソーシアム設立にあたっては,学術雑誌の価格高騰と電子ジャーナルの有料化への対応,電子ジャーナルの重要性に関する認識の高まりの二点が共通する契機であった。
(2) コンソーシアムの始動期にあっては,出版社とコンソーシアムが相互の要求を理解し,日本の大学事情に合致した契約条件を整えることに多くの努力が費やされた。
(3) 日本におけるコンソーシアムの特徴は交渉と契約の分離にあり,交渉はコンソーシアムが行うが,契約は機関ごとに個別に行っている。
(4) コンソーシアムの活動にもかかわらず,電子ジャーナルの価格上昇は継続している。コンソーシアムを通じて参加機関は相対的に安価な契約条件を得ているが,当初期待されたような価格高騰問題の全面解決には至っていない。
(5) 日本のコンソーシアムは緩やかに結びついた組織であるという特徴を備えており,複数のコンソーシアムがある程度重複しながら活動を行っている。他コンソーシアムの存在は意識されているが,相互の連携は必ずしも簡単でないとの認識がある。
(6) 個々のコンソーシアムが国立国会図書館に対して抱く認識や距離感はそれぞれ異なっている。一般的にコンソーシアムの内部で持ち得ない機能を,外部に求める際に国立国会図書館への期待が生じており,いわゆる「最後の砦」論は共通した認識である。
4章ではオープンアクセス型アーカイブと図書館の役割と題してe-print archive,PubMed Central,Public Library of Science,機関レポジトリなど,新たな科学技術情報流通システムの概要と評価,図書館との関わり(特に各国の国立図書館との関係)を整理する。それぞれのシステムの概要および評価に関しては,紙文献及びウェブサイト等から収集した情報に基づいて分析・考察を行った。国立図書館との関係を考えるために,諸外国の科学技術文献取り扱い機関20館に対して質問紙調査を行った。結果として,12館から回答を得ることができた。ここでは以下の点が明らかとなった。
(1) 本章で取り上げたメディアは,どれもオープンアクセスを可能にしているという点において,新奇性を持つものである。
(2) 本章で取り上げたメディアは,新しいものであるがゆえに,一般利用者に対する知名度がそれほど高くない。したがって,科学技術情報の提供を行う国立国会図書館がその存在を積極的にアナウンスしていく必要性がある。
(3) 学術雑誌との内容の重複という側面から見たとき,e-print archiveとPubMed Central,Public Library of Scienceと機関レポジトリという2つのカテゴリに分類可能である。アーカイビングの意義が認められるのは,学術雑誌との内容的重複がない後者である。
(4) オープンアクセス型アーカイブに対する関与の方向性として,自国の学術情報をコンテンツとしたアーカイブの作成が考えられる。雑誌記事索引データベースを提供している国立国会図書館であれば,効果的なサービス展開が期待できる。