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筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科 山本 順一(やまもと じゅんいち)
(1) 大統領図書館制度の沿革
アメリカの大統領図書館制度は、1939年、第32代大統領フランクリン・ルーズベルト(Franklin Roosevelt)が、ニューヨーク州ハイドパークの土地とともに、彼の個人的な文書や大統領職務に用いた文書等を連邦政府に寄贈したことにはじまった。ルーズベルトの友人たちは非営利法人を設立し、ルーズベルト大統領に関する図書館と博物館を建設するための寄付を募った。ルーズベルトの意思が生み出したこの最初の大統領図書館は1941年に開館し、その管理運営については彼の意向にそって国立公文書館にゆだねられることになった。
F.ルーズベルトの後を引き継いだトルーマン(Harry S. Truman)大統領もまたルーズベルトにならって、大統領図書館の建設を決意した。そのような大統領の動きを受けて、1955年、連邦議会は大統領図書館法(Presidential Libraries Act)を可決した。この法律によって、大統領図書館は私的に建設され、移管された連邦政府により管理運営されるという仕組みができあがった。二番目に当たるトルーマンの大統領図書館は1957年にオープンした。
その後、歴代の大統領が出身地にみずからの大統領図書館を建設し、大統領文書等が広く市民に公開されるという制度が定着している。ちなみに、過去の大統領にかかわる文書等で散逸をまぬがれたものについては、議会図書館や各地の歴史協会などに保管されている。
(2) 大統領文書の法的性質
大統領の私信などはプライバシー等もかかわり、時代を超えて、大統領自身の「私物」と観念されることにまず抵抗はないであろう。しかし、世界を動かす「公人」であるアメリカ大統領が政権の中枢にあって執務に使用した文書についても、かつては政府の公文書とは見なされず、大統領個人の所有に帰するものと考えられてきた。したがって、大統領を退任するときには、「私物」である大統領文書を携えてホワイトハウスをあとにしたのである。その大統領文書を相続した遺族は必ずしもそれらの文書の歴史的意義を認識せず、その少なくない部分が散逸、滅失した。
第37代大統領リチャード・ミルハウス・ニクソン(Richard Milhous Nixon)は、大統領再選運動の過程で、アメリカ政治史上の汚点のひとつ、ウォーターゲート事件を引き起こした。1974年8月9日、ウォーターゲート事件の責任を追及されたニクソンは大統領を辞任した。同年9月6日、政府公文書を管理する共通役務庁(General Services Administration)はウォーターゲート事件の証拠となる録音テープを含む大統領資料の隠滅を恐れ、それらをニクソン自身が管理することを認める協定を結んだ。連邦議会は、同年12月19日、ニクソンの資料廃棄を防止するための特別立法である大統領録音記録・資料保存法(Presidential Recordings and Materials Preservation Act)を成立させた。ニクソンの大統領文書については、大統領図書館制度が普及した後としては、例外的に国立公文書館に移管されないニクソン大統領図書館の所蔵と国立公文書館での所蔵に二分されていたが、2007年にはニクソン大統領図書館が国立公文書館所管に移され、ニクソン大統領文書が一本化することになっている。
1978年に大統領記録法(President Records Act)が制定され、レーガン大統領以降、法律上、大統領文書は私物ではなく「公文書」とされることになった。この法律ができたことにより、少なくとも国立公文書館が管理している大統領文書には間違いなく情報自由法(Freedom of Information Act)が適用される。また、1986年には大統領図書館法が改正され、大統領図書館の規模に応じた私的な寄付の受入れが定められ、それらの寄付が大統領図書館の管理運営の費用の一部に充当されることになった。
大統領文書は生きた歴史を語る資料として、広く市民に公開されるたてまえであり、情報自由法の適用を免れないにもかかわらず、イラク戦争を引き起こした第43代大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュ(George Walker Bush)は、軍事・外交・国家安全保障に関する資料につき国家機密特権を強く主張しており、ブッシュの退任後も多くの彼の政権下での大統領文書は一定期間世界の市民の視界からは閉ざされることになるであろう。
(3) 大統領図書館の現状
各地の大統領図書館には、世界中から数百万人の見学者が訪れている。F.ルーズベルト大統領の前任者である第31代大統領フーバーにはじまる11の大統領図書館の運営は、国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration:NARA)の大統領図書館部(Office of Presidential Libraries)に担われ、資料の組織化、保存を任務とし、市民の利用に供されている。大統領図書館には大統領文書にとどまらず、大統領の生涯に関する資料、大統領夫人(First Lady)の文書や家族、友人とのかかわりをあらわす文書や資料などが所蔵されている。また、一般に大統領図書館には博物館が併設され、大統領が国内外の諸機関や個人から公式に受けた贈り物やその他の大統領にかかわる様々な物が展示されており、墓地や公園を兼ねていることが多い。また、時代が下るに連れて次第に規模が大きくなる傾向が顕著である。そして、見学者から入館料を徴収し、運営経費に充当している。
以下に、国立公文書記録管理局(一覧表では国立公文書館と表示)の管理に服していないものも含めて、一般に大統領図書館と呼ばれているものの一覧を掲げておく。
表 大統領図書館一覧
大統領名 | 所在地 | 所管 |
第6代 J.Q.アダムズ | クィンシー(マサチューセッツ州) | 内務省国立公園局 |
第16代 A.リンカーン | スプリングフィールド(イリノイ) | イリノイ州 |
第19代 R.ヘイズ | フリーモント(オハイオ州) | オハイオ歴史協会等 |
第28代 W.ウィルソン | スタントン(ヴァージニア州) | W.ウィルソン大統領図書館財団 |
第30代 C.クーリッジ | ノーザンプトン(マサチューセッツ州) | フォーブス図書館 |
第31代 H.フーバー | ウェストブランチ(アイオワ州) | 国立公文書館 |
第32代 F.ルーズベルト | ハイドパーク(ニューヨーク州) | 国立公文書館 |
第33代 H.S.トルーマン | インディペンデンス(ミズーリ州) | 国立公文書館 |
第34代 D.D.アイゼンハワー | アビリーン(カンザス州) | 国立公文書館 |
第35代 J.F.ケネディ | ボストン(マサチューセッツ州) | 国立公文書館 |
第36代 L.ジョンソン | オースティン(テキサス州) | 国立公文書館 |
第37代 R.ニクソン | ヨーバリンダ(カリフォルニア州) | 国立公文書館* |
第38代 G.R.フォード | アナーバー(ミシガン州) | 国立公文書館 |
第39代 J.カーター | アトランタ(ジョージア州) | 国立公文書館 |
第40代 R.レーガン | シミバレー(カリフォルニア州) | 国立公文書館 |
第41代 G.H.W.ブッシュ | カレッジステーション(テキサス州) | 国立公文書館 |
第42代 B.クリントン | リトルロック(アーカンソー州) | 国立公文書館 |
*ニクソン大統領図書館は、2007年以降、国立公文書館により運営されることになっている。
Ref:
山本順一. 図書館のいま:市民生活と図書館(1):図書館を知っている政治、知らない政治.書斎の窓. 2003, (523), p. 6-9.
“Presidential Libraries”. NARA, http://www.archives.gov/presidential-libraries/, (accessed 2007-03-03).