CA1835 – デジタルアーカイブと利用条件 / 生貝直人

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カレントアウェアネス
No.322 2014年12月20日

 

CA1835

動向レビュー

 

デジタルアーカイブと利用条件

 

東京大学附属図書館新図書館計画推進室・大学院情報学環:生貝直人(いけがい なおと)

 

1:文化資源の保存、公開、その先に

 デジタルアーカイブは、何のために作るのだろうか。世界各国の図書館・美術館・博物館・文書館等の文化施設がデジタル化・公開する無数の文化資源デジタルアーカイブ、そして欧州連合(EU)のヨーロピアナ(参加文化施設数2,300超、登録データ数3,000万超)(1)、米国のDPLA(米国デジタル公共図書館、参加文化施設数1300超、登録データ数700万超)(2)をはじめとする統合的ポータルの第一義的な目的は、おそらく元来は物理的な条件に制約されていた無数の文化資源を、デジタル情報に媒体変換することで「保存」し、インターネットという手段を通じて世界中の人々に「公開」することであったものと考えられよう(3)

 文化資源のデジタル保存は、記録媒体の物理的耐用年数という論点を一度脇に置けば、文化資源の継承においてきわめて高い価値を有する。東日本大震災で津波に消えた東北の無数の文化資源、あるいは倉庫の中で忘れ去られ、滅失されてきた数多の文化資源は、デジタル化されていさえすれば、少なくともその生命を永らえる方法を、もう一つは得ることができていたはずである。図書館等における一定の著作物複製保存を許容する著作権法31条1項、そして国立国会図書館の大規模なデジタル複製を許容する同2項などの法的措置は、文化資源の保存、そして継承という観点から、他分野の文化施設への適用範囲拡大や権利者補償のあり方を含め、改めて論じ直される余地があるだろう。

 文化資源デジタルアーカイブの「公開」も、また高い価値を有することは疑いようがない。現代の情報社会において、公的な文化施設を支える納税者の多くは、その文化的生活の基盤までをもデジタル空間に移しつつある。さらに日本の文化資源の包括的なデジタルアーカイブ公開は、2020年東京オリンピック・パラリンピックを期に日本に来訪する数千万人の外国人に加え、競技中継やインターネット情報を通じて日本に関心を持ってくれるであろう数十億人に対して、日本の文化を伝え、もてなすための、最も優先順位の高い「文化プログラム」として位置付けられるべきだろう(4)

 しかし、デジタルアーカイブの価値は、文化資源の「保存」と「公開」のみにとどまるものではない。本稿で焦点を当てるのは、デジタルアーカイブの第三の価値、つまり文化資源の「利用」である。

 

2:デジタルアーカイブと文化資源の「利用」

 デジタルアーカイブを通じて、文化資源を「利用」するとは、どのような行為を指すのだろうか。おそらくは「閲覧」自体も広義の利用に含まれるであろうし、オンラインの文化資源情報を観光誘致などに利用することも重要な観点であるが、本稿が対象とするのは、そのデジタル化された画像や動画、音声、ひいては3Dデータ等、デジタル化された文化資源そのものの「再利用(re-use)」、あるいは「創造的利用(creative use)」である。前述したEUのヨーロピアナは、その登録された文化資源の質と量の両面において、きわめて大きな成功を得ていると評価できる。そしてヨーロピアナは、2014年の事業計画(5)において、公開のための「ポータル」から、再利用と新たな創作活動のための「プラットフォーム」に移行することを主要な課題として明示している(E1557参照)。数千の文化施設における文化資源のデジタル化による「保存」、そしてヨーロピアナのような共通ポータルを通じた「(統合的)公開」の段階を経て、世界のデジタルアーカイブが目指そうとしている第三の段階が、文化資源の「利用」のためのプラットフォーム構築に他ならないのである。

 デジタル文化資源の利用促進のためには、さまざまな方途が考えられよう。例えば統計や地理情報といった公的情報のオープンデータの枠組みで重視される、再利用・アプリ開発コンテスト等の取組は、文化資源デジタルアーカイブの分野でも活発に行われている(6)。さらに専門的な情報技術を持たない一般の人々でも、一定の創作活動への参加が可能なキュレーション基盤の開発も各所で進められている(7)。文化資源を利用したデジタルコンテンツや出版物を作成・販売する営利企業との協働も不可欠となろうし、また近年MOOCs(大規模オンライン公開講座)やインターネット授業、研究活動等で多様なデジタル文化資源を必要とする大学・研究機関との連携も、きわめて優先順位の高い施策として検討が進められなければならない。

 

3:利用条件の問題

 そうした多様な再利用や創造的利用のための前提となるのが、そもそもその「利用条件」が、そうした多様な利用を認めるような条件として設定されているか否かという問題である。ヨーロピアナの事業計画が最も重視しているのもこの点であり、今後はクリエイティブ・コモンズ(Creative Commons, CC)ライセンス(8)をはじめとするパブリック・ライセンスが付与されたコンテンツを大幅に増加させていくものとしている。ヨーロピアナに登録されるデータの再利用条件の設定は、原則としてデータを公開・登録する各文化施設自身の判断に委ねられているが、すでに3,000万超のデータのうち700万以上は、何らかの形でパブリック・ライセンスが付されている。ヨーロピアナとしては、2014年度内においてこの数を1,100万件にするとして、大規模な「権利情報付与キャンペーン」を実施するなどの取組も進めている(9)。そもそもデジタルアーカイブとして公開される文化施設のデータは、利用条件が何ら付されていない場合が多いことは各国において同様の状況であり、2013年の同キャンペーンの開始時には、ヨーロピアナの登録データのうち、利用条件が存在しないものが半数を占めていたとされる(10)。パブリック・ライセンス等においても、その再利用の条件設定には、「一切の権利主張を行わない=CC0」(11)や「クレジット表記のみを求める=CC表示(BY, Attribution)」から、「改変を禁止する=CC改変禁止(ND, Non Derivative)」や「営利的な利用を禁止する=CC非営利(NC, Non Commercial)」などの多様な幅が存在しているが、いずれを採るにせよ、少なくとも再利用条件を一切示さないよりは、その文化資源の「利用」可能性を大きく増大させることだろう。

 言うまでもなく、幅広い再利用のためには、利用条件は幅広い再利用を許すものであることが必要であり、さらに利用者にとっての確認・理解の容易さ、ひいては利用条件同士の相互互換性という観点からも、可能な限り制約の少ない、共通化された利用条件のフォーマットを用いることが望ましい。特にサービス連携などで多様な再利用が不可欠となるメタデータ(書誌情報や作品の基礎データ等)については、少なくとも日本の法制度においては、多くの場合そもそも著作権等の法的権利自体が発生する余地が少ない。しかし提供元文化施設の利用規約などにおいて再利用の制約が課されていることが見受けられること、さらに多様な提供元からのデータを組み合わせて使用するたびに提供元のクレジットを表記することが現実的でないなどの観点から、ヨーロピアナにおいても米DPLAにおいても、参加する文化施設に対して原則として全てのメタデータをCC0、すなわち一切の権利主張を行わないという条件で提供することを求めている(12)

 

4:利用条件に関わる制度的枠組

 このような文化資源デジタルアーカイブにおける、パブリック・ライセンスの適用や完全な権利放棄の国際的潮流は、近年世界各国で急速に進展するもう一つの政策的イニシアティブ、つまり「オープンデータ」、あるいは「オープンアクセス」に関わる施策の影響を強く受けたものである。オープンデータやオープンアクセスについての優れた論考は既に日本語でも多く存在するのでここでは詳述しないが、その基本的な考え方は、「公の原資によって作成された情報は公のものであり、著作権等による制約なく、誰もが自由に再利用可能とするべきである」と要約することができるだろう。オープンアクセスという表現は、主として学術論文やその関連データなどの公開・再利用促進を目指した一連の国際的活動の総称である。米国では一部の公的助成金によって作成された論文やデータの無償での公開を義務づける連邦法が通過しており、日本でも科学技術振興機構等が徐々にその検討を進めつつある(13)。しかしそれ以上にオープンアクセスは、研究者や学術コミュニティ自身の自律的なイニシアティブで進展している部分が大きい。例えば近年各国で拡大する大学レポジトリでの研究成果の公開等は、研究者コミュニティの自主規制、ないしは大枠の公的要請を受けた自主的な施策としての「共同規制(co-regulation)」として進められてきたと理解できる(14)

 オープンデータに関しても基本的な状況は同様であるものの、近代的国家が成立した当初から、公的な情報の公開性確保は憲法をはじめとする法律により、強くあるいはより広く規範的に要請されてきた原則であることは論を俟たない。しかし公文書館などの文脈で論じられてきた「保存」の問題、あるいは情報公開法制そしてインターネットなどの影響を受けた「公開」の問題を超えた「再利用」に関しては、その制度的対応は各国において未だ緒につきはじめた段階である。オープンデータの鏑矢である米国オバマ政権の施策も、当初は大統領令に基づく、いわば行政府の自主規制・共同規制と言うべきものであった。また日本の「電子行政オープンデータ戦略」などに基づいて進められるdata.go.jpサイトの開設、あるいは各自治体の活発な施策には、広範・明確な立法措置などが存在するわけではなく、まさしく国・地方における行政機関の自主規制であると理解できる。オープンアクセス、オープンデータいずれも、利用条件の緩和や共通化は、今後の最大の焦点であると言うことができるだろう。

 一方で世界各国を見れば、オープンデータに関わる利用条件の緩和は、徐々により明示的な法的義務、いわば直接規制の方向に進もうとしていることを見て取ることができる。2003年に採択されたEUのオープンデータ政策の基盤法制である「公共セクター情報の再利用指令」(15)は、再利用条件を定める際の非差別性や低廉性こそ義務づけていたものの、その当初は公共情報の再利用可否の判断自体は各国の国内法・手続に委ねられていた。それが2013年の同指令の大幅改正(16)により、各国の公的機関は、第三者の権利や国防などの特段の理由などが無い限り、公開された公的情報は原則として再利用可能としなければならないことが定められた。同改正で最も着目すべき点は、改正前は対象外であった公的な文化施設が、他の公的機関と同様に同指令の適用対象とされたことである。同指令の国内法化に伴い、ヨーロピアナに集積されるEUの文化資源デジタルアーカイブの利用条件は、大幅に再利用を許すものへと緩和されていくことが予想される。

 

5:利用条件自由化と文化施設の特異性

 図書館や美術館、博物館、文書館のような文化施設、あるいは教育・研究機関であれ、その機関が公的な原資、税金によって運営されているのであれば、オープンデータの文脈からは他の行政機関と区別すべき理由はなく、同等の再利用が可能な利用条件設定を義務付けるべきであろう。2013年のEU指令改正・拡大は、そのような観点から行われたものだと理解することができる。しかし一方、デジタルアーカイブの主な担い手である公的な文化施設には、多くの点で他の公的機関とは異なる部分があることにも留意されなければならない。以下、いくつかの観点からの文化施設・デジタルアーカイブの特異性についての検討を行いたい。

 第一に、そのアーカイブに含まれる作品の「第三者性」を挙げることができる。著作権保護期間が満了しているものを含め、文化施設が保有・所蔵する作品は、基本的に全て第三者が創造したものである。第三者が著作権等の権利を保有する文化資源を無断で再利用可能とすることの不可能性は言及するまでもない。さらに美術館・博物館等が所蔵する作品の中には、外部の篤志家から寄贈された、あるいは寄託・貸与されたものがきわめて多く含まれている。法や契約に定めがある場合を除外したとしても、第三者が創作・購入・保存した作品を、デジタル化したアーカイブだからとは言え、文化施設の判断で「自由な再利用」を認める利用条件を設定することには、一定の心理的障壁も存在しよう。これらの点は、基本的に職員自ら(および企業等への外部委託により)作成した情報資源を保有する通常の公的機関とは異なり、公的文化施設への統一的基準の義務付けを困難とする要因として理解する必要がある(17)。一方でその作品のメタデータについては、各文化施設の職員等が自ら作成する場合が多く、ヨーロピアナやDPLAが参加文化施設に完全な自由利用を認めるよう求めていることは妥当であろう。

 さらにこの点に関連して、日本でCC-BYを全面的に採用している大規模文化資源デジタルアーカイブの稀有な例に、京都府立総合資料館「東寺百合文書WEB」(18)が存在する。この文書自体は無論、同館自身が作成したものではないが、東寺百合文書という文化資源自体が公的性質を強く帯びたものであり、そして文書の作成時期は「8世紀から18世紀までの約1千年間」というものである(19)。今後利用条件の緩和・共通化を検討する際には、こうした文化資源自体の性質や、作成されてからの時間的経過という要素をも考慮する必要があるだろう。

 第二に、文化施設の運営原資の問題がある。文化施設の建設・維持・運営には多額の資金を要し、公的な文化施設の場合にはその大部分は公的な予算によって賄われているが、日本の文化予算の相対的な少なさという観点からしても、公費のみによって充実した運営を行うことには限界がある。日本においては、完全な対価無償を原則とする図書館法17条と異なり、博物館法23条では「…但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。」と定められ、公的な美術館・博物館は同条を根拠として一定の入場料等を得ている。公的な文化施設の利用対価徴収には賛否も存在しようが、そうした自主財源確保のための努力こそが、運営の多様性と活発性を担保すると同時に、キュレーションという表現行為の国家権力からの距離を可能ならしめていると考えるべき面も存在しよう。

 それら公的な文化施設が提供するデジタルアーカイブに関しても、同様の議論は不可欠のはずである。ヨーロピアナに参加する文化施設においても、パブリック・ライセンスの付与は拡大してきている一方、現在も原則的には「非営利利用や学術利用は無償だが、営利利用については一定の許諾や対価を要する」としている場合が多く存在する模様である。前述したEU指令においても、同種の利用行為間での利用条件差別を行うことは許されないが、利用カテゴリごとの区別、すなわち商用利用か非商用利用かなどで利用条件を区別することは許容される(20)。さらに2013年の改正後においても、新たに対象に含まれた文化施設に関しては、通常の公的機関では原則として許容されないデジタルデータの利用に関わる営利企業等との排他的契約について、期間の限定等を条件とした一定の例外規定が適用されている(21)。文化資源のデジタル化には、特に大規模・高精細データ作成を中心に多額の予算が必要となるため、デジタル化事業を進める上で、営利企業との共同事業を阻害しないという配慮の元に設けられた規定だと理解できるだろう。

 

6:利用条件緩和の肯定的な側面

 一方で文化資源デジタルアーカイブには、その利用条件を自由とするべき、「文化施設独自の理由」も多く存在する。第一に、社会から支払われる、公的文化予算への「価値還元」の問題である。日本の文化予算はGDP比で見れば相対的に多いものではなく、2012年時点でフランスの約1.06%、韓国の約0.87%にも遠く及ばない、0.11%程度の状況である(22)。日本のデジタルアーカイブを世界に伍するものとしていくためには、この比率を少しずつでも増加させていくための努力は不可欠となろう。しかし同時に、デジタルアーカイブへの公的投資は、原理上、何らかの形でのその投資への還元が求められて然るべきである。広く社会一般、そして研究・教育機関やNPO等での利用の重要性は言う間でもなく、特に営利企業のウェブサービス・アプリケーションやメディアでの利用は、高い経済的価値を社会全体にもたらす可能性がある。直接的には経済的価値を生み出し難いデジタルアーカイブ構築に対する理解と支援を受けるためにも、その利用条件は、営利を含めた幅広い利用を許す、CC-BY程度のものでなければならないだろう。

 第二に、そもそもの利用条件の「有効性」の問題がある。前述の通り、文化施設が保有する作品は原則として全て第三者が創造したものであり、デジタルアーカイブで公開されるのは、著作権者の許諾を得た、あるいは著作権保護期間が満了するなどして、法的問題が解消された作品である。前者については著作権者との契約内容により状況は異なるが、少なくとも後者の著作権保護期間満了後の作品に関しては、文化施設は原則として物理的な所有権以外の権利を何ら有さない。それを撮影した「写真」については、立体物の作品であれば構図や光量の選択等の創作性によって「撮影者(ここでは文化施設自身)の著作権」が発生する可能性がある一方、平面の作品の写真については、撮影者の著作権が発生する余地はきわめて少ない。CC等のライセンスは、著作権者が自らの著作物の利用条件を明示するためのものであり、保護される著作物としての性質を有さない作品写真等へ付与することの法的な意味は、原則として存在しない(23)。ただし、多くの文化施設のアーカイブには、立体物・平面物を含め多くの作品写真、ならびに文化施設の職員が作成した(著作物性を有しうる)作品解説等が混在している。さらに、アーカイブに掲載された作品写真や解説等が、著作物としての保護対象となるか否かの判断自体が困難である場合も多い。一般利用者にとっての利用条件の理解し易さや、海外の利用者への配慮を含め、世界各国の言語で確認可能なCCライセンス等を、個別の作品画像に、あるいはアーカイブ全体に一括で付与することの価値は存在すると言うことができる。

 さらに別の論点として、国内外を問わず一部の文化施設では、元の作品の著作権保護期間が満了しており、さらに作品画像等の著作物性が認めがたい場合にも、ウェブサイトの利用規約等によって「再利用禁止」あるいは「営利的な利用には申請・許可を要する」などの文言を付していることが見受けられる。このような利用規約の是非については未だ議論が存在するところだが(24)、単にウェブサイトの利用規約に記述しただけの利用制限に、法的な有効性が生じる余地は少ない(25)。近年になるまで、情報メディア等への掲載を除けば、文化施設のデジタル画像が広く「利用」可能性の問題になることは多くなかった。しかし今後デジタルアーカイブの多様な利用に基づく価値創出を推進する際には、こうした公的な文化施設における、著作権以外の利用制限の見直しは不可欠となることだろう。

 第三に、何よりも「文化施設自体が、第三者の作品を利用する主体である」という問題がある。図書館・美術館・博物館・文書館をはじめとする公的な文化施設は、さまざまな主体が創造・流通に携わった作品を収集し、広く利用者に提供することをその責務としてきた。今後のデジタルアーカイブの拡大は、その収集や提供という言葉の意味するところを、デジタルによる収集、そしてインターネットを通じた提供へと変容させていくことに他ならない。2013年6月に生じた、国立国会図書館近代デジタルライブラリーにおける「大正新脩大蔵経」公開停止問題は、そのような文化施設の役割に対して新たな課題を突き付けるものであった。当該問題についてはすでに多くの論考が出されているが(26)、端的に言えば「著作権保護期間が満了していたとしても、その作品から利益を得るなどしている主体が存在する場合に、公的文化施設が無償のデジタルアーカイブで提供することの是非」についての議論を広く喚起した問題であったと言うことができる。

 文化施設は常に、他の誰かが労力を払い創造・流通させた文化資源を「保存」し、少なくとも著作権保護期間が満了している場合には「公開」し、「利用」することを必要とする。そのような文化施設自身が、「他者が創造・流通させた作品は自由に使わせて欲しいが、自らが所蔵し、デジタル化した作品は自由に使うことを許さない」という利用条件を定めることの論理的整合性は、果たして擁護可能なのであろうか。この点において、外形的には別の事象ではあるが、2014年5月に、国立国会図書館のウェブサイトに掲載されるコンテンツのうち、国立国会図書館デジタルコレクションまたは近代デジタルライブラリーの著作権保護期間満了書籍等の利用条件が大幅に緩和されたことは(27)、利用条件に関わる文化施設の論理一貫性が実現された事例として理解するべき側面を有しよう。

 

7:最後に、利用者として

 いささか社会科学的ではない表現を用いるが、デジタルアーカイブで公開される無数の文化資源の中の一つの作品、一冊の書籍には、その創造・流通、収集・保存、そしてデジタル化・公開に携わった人々の思い、労苦、人格が込められている。著作権の保護や契約による定めが存在せず、あるいはその利用条件に法的な有効性が認め難かったとしても、我々利用者としては、その作品を「利用」する際には、少なくとも自主的に、創作者・流通・公開に携わった人々についての適切な出典表記、Attributionを付すべきではないだろうか。そのような文化資源に対する尊重の社会的規範の育成こそが、デジタルアーカイブの利用条件をより自由なものとしていくというのが、筆者の考えである。

 

(1) Europeana Annual Report and Accounts 2013. Europeana Foundation, 2013, 47 p.
http://pro.europeana.eu/documents/858566/af0f9ec1-793f-418a-bd28-ac422096088a, (accessed 2014-11-17).

(2) Digital Public Library of America Celebrates Its First Birthday with the Arrival of Six New Partners, Over 7 Million Items, and a Growing Community.
http://dp.la/info/2014/04/17/dpla-1st-birthday-announcement/, (accessed 2014-11-17).

(3) ヨーロピアナ・DPLAをはじめとする各国の世界各国のデジタルアーカイブと基盤法制の詳細については以下を参照。
生貝直人. オープンデータと図書館—最新の海外事例と動向. びぶろす-Biblos. 2014, (65).
http://www.ndl.go.jp/jp/publication/biblos/2014/7/01.html, (参照 2014-11-17).

(4) 「なぜ」ヨーロピアナのような包括的なデジタルアーカイブを日本が作る必要があるかの詳細については以下を参照。
生貝直人. なぜ、日本版ヨーロピアナが必要なのか?. 人文情報学月報DHM. (38), 2014.
http://www.dhii.jp/DHM/, (参照 2014-11-17).

(5) Europeana Business Plan 2014.
http://pro.europeana.eu/documents/900548/f19cc4ff-56a3-422c-83d9-f156ecc9b4ca, (accessed 2014-11-17).

(6) ヨーロピアナの主催するEuropeana Creative Challenge
http://pro.europeana.eu/web/europeana-creative/challenges)の他、国内では横浜オープンデータソリューション発展委員会(http://yokohamaopendata.jp)の主宰するハッカソンやアイディアソン等の取組を参照。

(7) Google Cultural Institute
https://www.google.com/culturalinstitute/home)が提供する「マイギャラリー」機能等を参照。

(8) Creative Commons Japan.
https://creativecommons.jp, (参照 2014-11-17).

(9) Daley, Bay. “Europeana Launches Rights Labelling Campaign”. Europeana Professionl. 2013-1-24.
http://pro.europeana.eu/web/guest/pro-blog/-/blogs/1494947, (accessed 2014-11-17).

(10) Pekel, Joris “Rights Labelling Campaign reaches its final phase”. Europeana Professionl. 2014-5-22.
http://pro.europeana.eu/pro-blog/-/blogs/rights-labelling-campaign-reaches-its-final-phase, (accessed 2014-11-17).

(11) “CC0 1.0 Universal (CC0 1.0) Public Domain Dedication”. Creative Commons.
http://creativecommons.org/publicdomain/zero/1.0/, (accessed 2014-11-17).

(12) ヨーロピアナと参加文化施設の間で結ばれる以下を参照。
“Data Exchange Agreement”. Europeana.
http://pro.europeana.eu/data-exchange-agreement, (accessed 2014-11-17).

(13) オープンアクセスに関わる近年の国内外の動向については、
林和弘. 新しい局面を迎えたオープンアクセスと日本のオープンアクセス義務化に向けて. 科学技術動向. 2014, (142), p. 25-31.
http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STT142-25.pdf, (accessed 2014-11-17)
に詳しい。

(14) 自主規制と共同規制、そして直接規制の区分と各分野の政策的実践については、
生貝直人. 情報社会と共同規制—インターネット政策の国際比較制度研究.勁草書房, 2011, 226 p.を参照。

(15) “Directive on the re-use of public sector information, 2003/98/EC”. The European Parliament and the Council of the European Union.
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32003L0098&rid=26, (accessed 2014-11-17).

(16) “Directive 2013/37/EU amending Directive 2003/98/EC on the re-use of public sector information”. The European Parliament and the Council of the European Union.
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32013L0037&qid=1415875599455, (accessed 2014-11-17).

(17) この点につき、日本の著作権法60条では、著作者の死後においても、原則として、著作者人格権の侵害となるような行為をしてはならないと定められている点にも留意を要する。

(18) “府立総合資料館 東寺百合文書WEB”.
http://hyakugo.kyoto.jp/, (参照 2014-11-17).

(19) この点、少なくとも日本においては、著作者人格権や(遺族への影響を含めた)プライバシー権をはじめとする人格権の終期が必ずしも明確でないという点にも留意を要する。

(20) 前掲2003/98/EC、前文19を参照。

(21) 前掲2013/37/EU、11条を参照。

(22) 2012年時点の数値として以下を参照。
文化庁. “文化芸術関連データ集”.
http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/seisaku/11_03/pdf/kijyo_2.pdf, (参照 2014-11-17).

(23) 特にCC各ライセンスの証書に記載される「あなたは、資料の中でパブリック・ドメインに属している部分に関して、あるいはあなたの利用が著作権法上の権利制限規定にもとづく場合には、ライセンスの規定に従う必要はありません。」という表記、ならびに利用許諾本文(CC-BY 日本2.1では10条)の「第2条 著作権等に対する制限」を参照。
“Creative Commons 表示 2.1 日本(CC BY 2.1 JP)”. Creative Commons.
http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/deed.ja, (参照2014-11-17).

(24) 同種の契約等についての裁判例は国内外を問わずきわめて限られているのが現状であるが、米国においてパブリック・ドメイン作品画像の利用者が、利用制限の無効を求めて訴えを提起した事例(和解で終了)として
Schwartz v. Berkeley Historical Society, No. C05-01551 JCS (N.D. Cal. Apr. 15,2005).
解説として
Mazzone, Jason. Copyfraud. New York University Law Review.2006, (86), p. 1055-1057.
http://www.nyulawreview.org/sites/default/files/pdf/NYULawReview-81-3-Mazzone.pdf, (accessed 2014-11-17).
等を参照。

(25) ウェブサイトに記述されているのみの利用規約の有効性については、以下を参照。
経済産業省. 電子商取引及び情報財取引等に関する準則. 2014年8月改訂版, p. 22-23.
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140808003/20140808003-3.pdf, (参照 2014-11-17).

(26) 大蔵経問題については、例えば『DHjp No.3 デジタルデータと著作権』(勉誠出版、2014)所収各論文に、その経緯と反響が詳説されている。

(27) “2014年5月1日 国立国会図書館ウェブサイトからのコンテンツの転載手続が簡便になりました”. 国立国会図書館.
http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2014/1205460_1829.html, (参照 2014-11-17).

 

[受理:2014-11-18]

 


生貝直人. デジタルアーカイブと利用条件. カレントアウェアネス. 2014, (322), CA1835, p. 8-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1835

Naoto Ikegai.
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