1. はじめに

1.1. 本研究の背景及び目的

 近年の情報通信技術の発達は,子どもたちの生活や教育などさまざまな面に大きな影響を与え,子どもたちの身の回りには,情報やそれを伝達するメディアがあふれている。例えば,2001年と2006年の子どもの携帯電話とパソコン及びインターネットの利用率は表1のとおりである。この数字からは,とくに13~19歳の子どもたちが,情報やメディアに慣れ親しんでいる姿が浮かびあがる。

表1 子どもの携帯電話,パソコン及びインターネットの利用率

2001年 2006年
携帯電話 6~12歳 5.9% 24.9%
13~19歳 49.2% 78.4%
パソコン 6~12歳 32.3% 55.5%
13~19歳 43.1% 80.5%
インターネット 6~12歳 49.2% 67.9%
13~19歳 72.8% 93.0%

 1986年の臨時教育審議会第2次答申に「情報活用能力」という概念が「情報及び情報手段を主体的に選択し活用していくための個人の基礎的な資質」として紹介され,1991年には『情報教育に関する手引』が発表された。情報教育は,IT戦略本部が策定した「e-Japan重点計画」等に基づいて急速に進められ,「2005年度までに,すべての小中高等学校等が各学級の授業においてコンピュータを活用できる環境を整備する」ことが目標とされ,「教育用コンピュータの整備やインターネットへの接続,教員研修の充実,教育用コンテンツの開発・普及,教育情報ナショナルセンター機能の充実などが」進められてきた。

 一方,子どもの読書離れ・活字離れが憂慮され,1993年に「子どもと本の出会いの会」及び「子どもと本の議員連盟」という2つの会が設立されて以来,子どもの読書や学校図書館に関わる施策が幅広く展開されてきた。そうしたなかで,2000年に実施されたOECDの生徒の学力到達度調査(PISA)の結果が発表され大きな反響をよんだ。PISAの結果によると,わが国の15歳児の読解力は,2000年8位,2003年14位,2006年15位と下がってきており,PISA型読解力(自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発展させ,効果的に社会に参加するために,書かれたテキストを理解し,利用し,熟考する力)への関心が大いに高まってきている。

 子どもたちの読書・情報環境は大きく変化してきた。

 1992年に,Healy (1990)の著書Endangered Minds: Why Our Children Don’t Thinkが翻訳されて,『滅びゆく思考力』として出版された。本書は発達心理学・教育心理学の立場から,テレビが子どもの思考力を奪っていることを指摘したものであった。続く1998年の彼女の著書Failure to Connect: How Computers Affect Our Children’s Minds, for Better and Worse(『コンピュータが子どもの心を変える』)では,コンピュータの子どもの心への影響が述べられていた。テレビやコンピュータというメディアの子どもへの影響に関するHealyの著書は反響を呼んだが,近年では,脳科学の発達によって,特に映像メディアが子どもの脳の前頭前野に及ぼす影響が指摘されてきている。

 子どもと情報・メディアに関わる者にとっては,子どもの情報・メディア環境における変化とそれが子どもに及ぼす影響に無関心ではいられない。無防備にITに晒されている子どもたちに対して,子どもの情報やメディアの利用に関わる図書館をはじめとする現場においては,今後,どのように対応していくべきかが,大きな課題である。これに対処するためには,まずは,子どもの情報環境がどのようになっているのか,子どもたちは情報やメディアをどのように利用しているのかという実態を知り,それに対して各方面からどのような議論がなされているのか,その論点を把握し,そして今後の具体的課題は何か,どのように対応していくべきなのかを,しっかりと見据えておく必要がある。

 本報告書は,子どもの情報行動に関してこれまでなされてきた諸研究を概観し傾向を把握し,わが国における今後の課題を探り,それへの対応を考えるきっかけを提供することを目的としている。この成果を共有し,本書をもとにさらに研究が進められるとともに,現場においては,計画策定やその実践等に役立てていただければこの上ない喜びである。

1.2. 「子どもの情報行動」に関する先行研究

 わが国では,子どもの情報行動に関する研究を包括的に概観したものはこれまでに見当たらない。このテーマは,図書館情報学や教育工学,心理学などのさまざまな分野に関わるものであり,それぞれの分野において研究が進められ,雑誌に特集が組まれ,シンポジウム等が開催されてきた観がある。

 米国では,レビュー文献がいくつかみられる。

 Abbas(2003)がEncyclopedia of Library and Information Science (2nd ed.) のなかの1項目として“Children and Information Technology”を10ページにわたってまとめている。Abbasは,子どもとITに関する72論文を,①ITのインタラクションと利用,②サービスと実践,③学習と教育への影響,の3つに分けてレビューしている。この文献は,本報告書の内容と対応するものであり,大変有用と思われるので,「4.6. 米国の研究動向」として紹介してある。

 この他に,Annual Review of Information Science and Technologyのvol.39(2005) にはLargeが“Children, Teenagers, and the Web”というタイトルで子どもとウェブに関する181の研究を46ページにわたってレビューしている。これは,①全国的利用者調査,②情報探索行動,③コンテンツと個人の安全の問題,という大きく3つに分けてまとめてある。その他,Library Trends(54(2)) は,“Children’s Access and Use of Digital Resources”というタイトルで特集を組み9本の論文を掲載している。

1.3. 「子どもの情報行動」のとらえ方と研究方法

 まず,「子どもの情報行動」という概念をどのように考えるかを押さえておこう。

 情報行動は“Information Behavior”の訳語であり,Wilsonによれば「情報源や情報伝達に関係する人間の行動全体をいう」(中島2002)。そこには,能動的および受動的な情報探索と利用が含まれており,図1のように表されている。また,「これまでの情報研究では,読書(reading)を情報利用行動として正面から取りあげていない」(田村 2001)というが,本研究では,「図書」というメディアを用いる「読書」も情報行動のひとつとして位置づけた。この「読書」は,子どもと情報・メディアに関わる諸機関にとっては重要な要素であると考えられる。

図1 Wilsonの情報行動一般モデル

図1 Wilsonの情報行動一般モデル

 本研究においては,「子ども」を0歳から19歳までの範囲としてとらえている。そして,子どもの情報行動に関わる「メディア」には,活字メディア(図書,雑誌,マンガなど),視聴覚メディア(テレビ,携帯電話,DVDなど),電子メディア(インターネット,CD-ROMなど)を含めて考える。そのほか,図書館や博物館といった機関もまた,全体としてひとつのメディアととらえることができる。

 また,「情報メディア」という語は,レビューした文献中において,大きく2つの意味合いに使用されていた。「情報メディア」が,①「情報・メディア」や「情報とメディア」を示している場合と,②娯楽メディアやデジタルメディアなどの場合と同様に,「情報の(ための)メディア」「情報的メディア」という意味をもつ場合がある。本報告書文中における「情報メディア」の使用については,レビュー文献の文脈に依拠している場合が多く,両者の意味合いが混在していることをお断りしておきたい。

 さて,子どもの情報行動に関する研究について考えるとき,図2のようにその概念図を描くことができる。まず,大きく分けてとらえると,3つの要素が考えられる。①「子ども」,②「情報・メディア」,そしてこれら2つを取り巻く③「環境・背景」である。

図2 「子どもと情報行動」研究概念図

図2 「子どもと情報行動」研究概念図

 このテーマは,学際的な性質が強い。本研究は,「図書館情報学」の研究を中心に,「教育工学」「教育学」「心理学」「社会学」の領域の研究を視野において,「子どもの情報行動」に関する文献をレビューしたものである。加えて,環境・背景的なものとして,読書や情報教育に関する政府の施策や現場の動向についても関連文献を調査しまとめてある。なお,レビュー対象とする文献は過去20年間以内のもので,日本の子どもの情報行動を扱った日本語文献を第一の対象とし,必要に応じて海外の子どもの情報行動を扱った日本語/外国語文献も含めた。(堀川)

参考文献

Abbas, J. (2003). “Children and information technology”. Encyclopedia of Library and Information Science, vol.1. M.A.Drake ed. 2nd ed, Marcel Dekker, p.512-521.

Healy, Jane M. (1990). Endangered Minds: Why Our Children Don’t Think. Simon and Schuster.(= 滅びゆく思考力. 西村弁作, 新美明夫編訳. 大修館書店. 1992, 377p.)

Healy, Jane M. (1998). Endangered Minds: Why Our Children Don’t Think. Simon and Schuster.(= コンピュータが子どもの心を変える. 西村辨作, 山田詩津夫訳. 大修館書店. 1999, 383p.)

Large, A. (2005). Children, Teenagers, and the Web. Annual Review of Information Science and Technology. Vol. 39, p.347-392.

中島幸子 (2002). “意味構成アプローチ”と情報行動研究. 同志社大学図書館学年報. 28号別冊, p. 96.

田村俊作 (2001). 情報探索と情報利用. 勁草書房, p.291.