E812 – 高エネルギー物理学は再び学術情報流通に革新をもたらすか?

カレントアウェアネス-E

No.132 2008.07.23

 

 E812

高エネルギー物理学は再び学術情報流通に革新をもたらすか?

 

 プレプリントサーバ“arXiv”が登場した高エネルギー物理学分野において,再び学術情報流通に革新がもたらされようとしている。それは,SCOAP3(Sponsoring Consortium for Open Access Publishing in Particle Physics)という名のプロジェクトであり,2006年に欧州原子力研究所(CERN)を中心に提案された。その目的は,図書館・研究所・助成機関がこれまで学術雑誌の予約購読費に使っていた資金を転用する形で国単位の分担金を集め,高エネルギー物理学分野のコアジャーナル(手始めに5誌)をオープンアクセス(OA)にすることであり,学術雑誌出版の新しい費用負担モデルを提案したものとして位置づけられる。

 分担金の負担割合は,高エネルギー物理学における学術雑誌掲載論文の国別シェア(アメリカ(24.3%),ドイツ(9.1%),日本(7.1%))に基づいて求められている。OA化には最大1000万ユーロ(約17億円弱)が必要と見積もられており,日本には発展途上国の分も含め約1.3億円の寄与が求められている。

 SCOAP3の呼びかけに対して,2008年7月中旬時点で,アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスなど16か国から合計100以上の大学・研究機関・図書館コンソーシアムが関心表明を行っている。すでに必要とする分担金の45.2%について誓約がとれているとされ,十分に集まれば正式にコンソーシアムを形成し,学会・出版社との交渉がなされ,合意文書が交わされることとなっている。

 日本からは,現時点でSCOAP3に対して正式な関心表明はなされていない。ただし2007年7月に,CERNから文部科学省および高エネルギー加速器研究機構(KEK)に接触があり,KEK機構長の発議を受けて日本物理学会ではオープンアクセス検討分科会が設置され,KEKに検討結果が戻されている。大学図書館側でも,国公私立大学図書館協力委員会においてCERN代表者から内容説明を受ける機会が設けられたが,最終的に,日本としてSCOAP3に対し誰がどう対応するかについては不透明な状態が続いている。

 SCOAP3のモデルに対して,現在見られるような学術雑誌の価格高騰が同様に続くのではないか,費用負担の割合は変動か固定か,他の分野に適用可能なのかなどの指摘がなされており不確定な要素も多いが,学術情報流通における新しい試みとして今後も注目したい。

(名古屋大学附属図書館研究開発室 三根慎二)

Ref:
http://scoap3.org/
http://library.cern.ch/OATaskForce_public.pdf
http://www.iop.org/EJ/article/1126-6708/2006/12/S01/jhep122006S01.pdf
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jps/openaccess/open.html
日本経済新聞. 科学技術情報戦(中)学術誌高騰に対抗―論文,ネットに無料公開. 2008年3月24日. 朝刊. 21面.