カレントアウェアネス-E
No.528 2026.08.06
E2905
文化遺産機関によるデジタル保存活動が環境に及ぼす影響についての調査報告書
国立国会図書館利用者サービス部人文課・増田玲(ますだれい)
●はじめに
図書館、博物館、アーカイブズ等の文化遺産機関では、人類の遺産を将来世代へ引き継ぐために所蔵資料等のデジタル化を行っている。しかし、デジタル保存活動において生じる温室効果ガスは、将来世代の地球環境を損なう。この矛盾にいかに対応すべきか。
こうした問題意識に基づき、デジタル文化遺産の専門家により構成されるEuropeana Network Association (ENA)内の気候変動アクションコミュニティは、文化遺産機関によるデジタル保存活動が環境に及ぼす影響に関する調査を行い、2025年7月に調査報告書“Regenerative Digital Transformation: Sustainable Pathways for Cultural Heritage”を公開した。
本報告書は6章からなり、環境問題の概説や、欧州委員会及び欧州連合(EU)加盟各国の政策担当者向けの提言も含むものであるが、本稿では調査結果を中心に紹介する。
●調査方法
調査は、文化遺産機関においてITチームに所属しているか、何らかの形でデジタル保存やデジタルコンテンツの管理に携わっている人々を対象に、2023年7月から10月にかけてオンラインアンケート形式で行われた。EU内24か国及びEU外6か国から108件の回答があり、回答の約半数(51.4%)は組織を代表しての回答で、残りの半数(48.6%)は個人の意見としての回答であった。回答者の所属は図書館(33%)が最も多く、学術・研究機関(23.15%)、博物館(11.11%)、アーカイブズ(6%)が続いた。その他(24.07%)の内訳には、IT関連企業やNGO等が含まれている。
また、アンケートに加えて、四つの機関に対してインタビュー調査も行われており、報告書内でケーススタディとして紹介されている。
●環境問題への認識及び環境負荷の計測
まず、文化遺産機関の環境責任について、78%がその重要性について認識していると回答した一方で、環境責任に関する公的な政策や戦略を策定していると回答したのは42%にとどまった。また、環境政策の導入については博物館(51%)や図書館(47%)といった機関がリードしており、アーカイブズや小規模な文化団体(31%)は後れを取っていることなども明らかになった。
どのような環境負荷の計測を行っているかという質問に対しては、建物のエネルギー消費(72%)のような、物理的なエネルギー消費を計測しているという回答は比較的多いものの、デジタルサービスによるカーボンフットプリント(製品やサービスのライフサイクル全体で排出される温室効果ガスの総量をCO2に換算した値)(14%)のように目に見えにくい環境負荷はあまり計測されていないことが明らかになった。
環境への取組に障壁を感じる要因として、財源が限られている(68%)、専門知識の欠如(57%)、機関における優先順位の低さ(52%)、法的・制度的な要求がない(41%)といった回答が挙げられた。
●デジタル保存活動の現状とコミュニティとの連携
デジタル化の対象資料はどのように選定しているかという質問に対しては、プロジェクトベースの要件(17%)、組織的な方針(14%)、学術目的等による個別的な依頼(13%)、一般市民が意思決定に関与(6%)、特段のアプローチはない(5%)といった回答が見られた。これらの回答からは、統一的な戦略に基づいてデジタル化を行う機関が少数にとどまる実態が浮かび上がる。
デジタル資料の長期保存に際し、バックアップのための複製は3コピー以内が主流(86%)である一方で、9%の機関では最大6コピーの複製を持つことも明らかになった。なお、デジタル保存活動に係る環境負荷を積極的に測定していると報告した機関は4機関のみであった。
また、「デジタルサービスの利用者は、私たち(=文化遺産機関)と共に価値を創造し、デジタルプロセスや実践を改善して、環境に配慮したものにする手助けをしてくれると思うか」というエンドユーザーとの関係を問う質問には86%の機関が肯定的な回答を示した。本報告書では、利用者は単にサービスを消費するだけでなく、コミュニティの一員として文化遺産機関の抱える環境問題や社会問題を共に解決するパートナーとなり得ると述べており、彼らも文化遺産機関の意思決定に関与したり、インフラを提供したりすることを提唱している。
●おわりに
先進的な環境政策がなされているEUにおいても、デジタル資料の長期保存に際して環境面を考慮した方針を定め、具体的な取組を行っている文化遺産機関は決して多くないということが本報告書から分かる。2026年のENA気候変動アクションコミュニティ年次活動計画によれば、同コミュニティは本報告書の結果と提言を活用してコミュニティの能力向上と提言活動を推進するとともに、Europeanaのイベントで本報告書をテーマの一つとして取り上げる予定とのことである。
Ref:
“Regenerative digital transformation: sustainable pathways for cultural heritage”. Europeana pro. 2025-07-17.
https://pro.europeana.eu/post/regenerative-digital-transformation-sustainable-pathways-for-cultural-heritage
“Three things you need to know about sustainable pathways for cultural heritage”. common European data space for cultural heritage. 2025-07-31.
https://www.dataspace-culturalheritage.eu/en/news/three-things-you-need-to-know-about-sustainable-pathways-for-cultural-heritage
“Is your digital cultural heritage sustainable? Tell us through the Climate Action Community survey”. common European data space for cultural heritage. 2023-10-02.
https://www.dataspace-culturalheritage.eu/en/news/is-your-digital-cultural-heritage-sustainable-tell-us-through-the-climate-action-community-survey
“Climate Action Community Work Plan”. Europeana pro. 2026-04-08.
https://pro.europeana.eu/post/climate-action-community-work-plan
Pendergrass, K.L.; Sampson, W.; Walsh, T.; Alagna, L. Toward environmentally sustainable digital preservation. The American Archivist, 2019, vol. 82, no. 1, p. 165-206.
https://doi.org/10.17723/0360-9081-82.1.165
