E2892 – 学芸員のキャリア・トランジション2―「現場の生の声」を聞く、そして考える―<報告>

カレントアウェアネス-E

No.525 2026.06.25

 

 E2892

学芸員のキャリア・トランジション2―「現場の生の声」を聞く、そして考える―<報告>

大阪公立大学文学研究科・菅原真弓(すがわらまゆみ)

 

  2026年4月5日、美術史学会は、シンポジウム「学芸員のキャリア・トランジション2―「現場の生の声」を聞く、そして考える―」をオンラインで開催した。参加者数は約300名。本シンポジウムは、美術史学会の常任委員を務める筆者が企画したものであり、2024年2月にやはり筆者が担当した同名シンポジウムの、いわば続編となる。今回は、現場での言うに言われぬ苦労や切なさ、抱え込んでしまっている課題など「現場の生の声」を参加者全員で共有し、共に考えるべく報告者を完全公募(匿名オンライン発表可)することとした。

  前半は民間企業から博物館、そして大学へと「キャリア・トランジション」したシンポジウム事務局メンバーが自らの転職体験を語り、「果たしてこのキャリアは特異なものなのか」と参加者に問いかける基調報告と実例報告2件(完全公募、匿名)を行なった。後半は、本シンポジウム開催に先立って実施したアンケートの結果を踏まえたディスカッションを実施した。

●実例報告

  以下のような実情および課題が語られた。

  実例報告1では、学芸員A氏(20歳代後半・正規雇用・関東地方私立美術館)が自身の経験を報告した。転職を希望する理由として、キャリア形成への不安、指導体制の不在、繁忙期の長時間残業を挙げたほか、専門性に関する課題として、自身の研究分野と異なる担当で独学を強いられることについて言及した。

  実例報告2では、学芸員B氏(60歳代前半・再雇用・近畿地方大学付属博物館)が、60歳を超えて再雇用になり、業務量が変わらないにもかかわらず給与が半減したこと、また、業務内容の共有、分担がなされておらず、「業務の属人化」という状態になっていることを述べた。

●ディスカッション

  冒頭、事前アンケートの結果をまとめた報告を行い、以下の3つのテーマを設定した。テーマごとに、参加者からのコメントや質問を、事務局が取り上げ、参加者とディスカッションを行った。

・業務量と業務内容

  残業実態について、繁忙期は月60~70時間超で、展覧会直前や図録締め切り時に集中しているといった声が聞かれた。広報、事務、職場体験対応など、学芸業務以外の業務が増加していることも挙げられた。また、少人数体制で業務が属人化し、休暇取得や引き継ぎが困難であるなど、人手不足の実態が浮き彫りとなった。

・専門性と評価制度

  一般的な企業などではごく普通に採用されている人事評価制度が、博物館の現場ではほとんど整備されていないことが明らかになった。また、展覧会企画や図録作成、論文執筆といった研究業績が軽視され、広報や営業的業務が高評価を受ける傾向にあるとの声も聞かれた。

・雇用条件

  最も多く語られたのは有期雇用の常態化と、それがもたらす問題であった。まず、正規職員と比較して給与等を含む待遇が劣悪で、経済的困難に見舞われることも多くあるとの声が挙がった。次に、雇用更新の不透明さについての声が聞かれた。有期雇用であっても雇用の更新がなされる場合もあるが、次年度の雇用の可否が明らかになる時期が遅く、「身動きが取れない」状況にある。さらに、非正規(≒有期雇用)職員から正規職員への、転職を含む転換ができるかどうかを不安視する声も挙がった。

  以上3つのテーマに加えて、会場ディスカッションの中から、学芸員が置かれている環境について、以下の課題が浮かび上がってきた。

・学芸員養成と現場の乖離

  即戦力重視で経験者採用が増え、新卒の育成機会が減少していることや、文化庁や自治体主催の公的研修は日数が長く参加が難しい一方で、館内研修は予算・時間・人材とも不足している実情が示された。また、日本の学芸員は「何でもできる」ことが前提となっており、職務の細分化が進まない状況も明らかになった。

・博物館の収支と持続可能性

  博物館自体についての問題点もディスカッションの俎上にのぼった。維持管理費の負担が増大する一方で、収益もまた求められる状況にあり、館の規模によっては収益を上げるための事業実施等の対応が困難であるとの声が上がった。

  こうした問題に対し、短期的対応策としては、業務の可視化を行うことで、業務量の均一化、優先順位の明確化をはかることと、事業企画や来館者サービスの改善を目的とした複数館の連携によるネットワーク構築の必要性が挙げられた。また中長期的な対応策としては、人事評価制度の整備や経験を積んだ学芸員に対する資格の制度化、加えて研修体制の整備などが提示された。

  しかし、解決が難しい論点も残った。たとえば、非正規雇用職員や少人数体制下では育休・産休の取得が事実上困難であること、地方館では職員を公募しても応募が無かったり専門性とのミスマッチにより人材が不足していること、専門性を持たない経営者が館長を兼任することにより現場に対する理解が不足することなどである。

  美術史学会では、今後、シンポジウムの内容と事前アンケート結果をまとめた報告書を公表予定であり、関連学会等とも連携しながら問題の共有と解決策の模索を継続していく。

Ref:
“シンポジウム「学芸員のキャリア・トランジション2~「現場の生の声」を聞く、そして考える~」”. 美術史学会.
https://www.bijutsushi.jp/event/lecture-and-symposium/20260405-bihaku-symposium
“シンポジウム「学芸員のキャリア・トランジション~事例と功罪~」”. 美術史学会.
https://www.bijutsushi.jp/event/lecture-and-symposium/20240211-bihaku-symposium
菅原真弓. 2023年度美術史学会美術館博物館委員会東西合同シンポジウム 学芸員のキャリア・トランジション―事例と功罪― 実施報告書.
https://bunkashigen.jp/pdf/240211report.pdf
安田篤生. 全国美術館会議による美術館学芸員の聞き取り調査について. カレントアウェアネス-E. 2024, (486), E2728.
https://current.ndl.go.jp/e2728