カレントアウェアネス-E
No.486 2024.09.05
E2728
全国美術館会議による美術館学芸員の聞き取り調査について
高知県立美術館・安田篤生(やすだあつお)
一般社団法人全国美術館会議(以下「全美」)は、日本の美術館がともに考え行動することをめざして1952年に任意団体として設立され、2020年に一般社団法人となった。現在は416館(国立13館、公立261館、私立142館)が正会員として加盟している。全美の中にはいくつかの研究部会が置かれているが、その中の一つである美術館運営研究部会では、2024年6月、「現場の声を聴く~学芸員聞き取り調査について」と題した調査報告を全美ウェブサイトに発表した。本稿では、その背景と調査報告の概要を簡単に紹介したい。
●調査の背景
日本の博物館(美術館)の第一号である東京国立博物館は1872年を創立としており、日本の美術館は一世紀半の歴史を刻んできたわけだが、今世紀になって法制面(そして運営面)での変化が立て続けに起きている。それは国立博物館・美術館の独立行政法人化、公立美術館では指定管理者制度の導入、私立美術館にとっては公益法人制度改革である。さらに2023年4月、改正博物館法が施行されている。
博物館法は第4条で「専門的職員として学芸員を置く」と定め、学芸員とは「博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」とおおまかに記述している。しかし、ミュージアムマネジメントの視点から見ると、美術館という施設・機関を動かしていくためには、博物館法の言う「収集、保管、展示及び調査研究」といった専門的職員だけでなく、さまざまな人材が必要である。たとえば広報や資金調達、メンバーシップやコーポレートプログラムのための職員など、美術館は多様な専門職集団によって運営されるものだと認識したほうがよい。
しかし、多様な専門的職員が必要という理念を述べたところで、実際には館の規模、職員数にはばらつきがあり、ぎりぎりの少人数で運営している小規模な美術館にとっては机上の空論でしかないかもしれない。また、近年は有期雇用や非常勤といったいわゆる非正規職員も増え、美術館運営の問題となっている。それは独立行政法人化や指定管理者制度といった近年の組織変化とも無縁ではない。
このような状況において、全美の美術館運営研究部会では、現場で学芸員として働いている人々の声を拾い上げて共有していくことが重要だと考えた。そこで2023年、全美会員館に勤務する学芸員に対する聞き取り調査を実施した。その結果、統計的分析資料とするには少ない数ではあったものの、ある程度の地域バランス、国公私立の設置者別、施設規模の大小などを配慮しつつ、44館に所属する館員から回答を得ることができた。
●調査報告の概要
調査報告「現場の声を聴く~学芸員聞き取り調査について」は、筆者が担当した前説と、回答の分析とまとめ(美術館運営研究部会のメンバーで分担)の二部から成っている。
質問項目は学芸員の専門性とは何かに始まり、そもそも学芸員資格は必要と考えるか、学芸員以外の専門職は必要か、など大きく七つある。回答の分析の結果、例えば、学芸員資格は必要だという意見が多数派である一方、学芸員の専門性とは何かという点については認識や見解が一様ではないということが見られた。館の規模・職員数・設置主体の違いによって現状や課題が異なる点がうかがえる結果となった。また、質問事項によっては、回答者の実体験や予備知識の違いによって回答内容にばらつきがみられた部分もある。
今回の調査では忌憚のない意見を聴くために館の公式見解を求めるような聞き取りは行わず、あくまで聞き取りに応じた個々の館員の意見・見解であるという点は注釈しておきたい。しかし、ある程度現場の率直な声を拾い上げることができたと考えている。
●さいごに
こうした現場からの声を足掛かりとして、美術館学芸員に関する課題を広く可視化して議論を誘発していくことが重要ではないかと思う。特に、美術館界の外へ向けて発信を広げていくことも大切であろう。全美の美術館運営研究部会としては、調査報告の発表をゴールとするのではなく、今後、何らかの形で次なる議論や意見交換の場を作っていきたいと考えている。
Ref:
“現場の声を聴く~学芸員聞き取り調査について”. 全国美術館会議.
https://www.zenbi.jp/data_list.php?g=93&d=21
安田篤生. 美術館運営研究部会調査報告・前説:現場の声を聴く~学芸員聞き取り調査について. 2024, 3p.
https://www.zenbi.jp/getMemFile.php?file=file-93-21-report_p.pdf
浅野秀剛ほか. 美術館運営研究部会調査報告:学芸員聞き取り調査の回答結果について. 2024, 13p.
https://www.zenbi.jp/getMemFile.php?file=file-93-21-report_pe.pdf