カレントアウェアネス-E
No.513 2025.11.20
E2843
第36回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「日中韓における文化遺産政策のいま」<報告>
文化遺産国際協力コンソーシアム事務局・金子雄太郎(かねこゆうたろう)
2025年9月14日、文化遺産国際協力コンソーシアム(以下「コンソーシアム」; E1861参照)は、第36回研究会「日中韓における文化遺産政策のいま―近年の法改正をめぐる背景と展望―」を、東京文化財研究所にて開催した。
コンソーシアムは、国際協力による文化遺産保護の振興と発展を目的に、様々な分野の専門家や諸機関が参加するネットワーク組織である。
本研究会では、少子高齢化や地球温暖化など急速な社会的・環境的変化を背景に過去10年間で文化遺産保護に関する政策転換が進められた日本・中国・韓国を取り上げ、各国が直面する政策的課題や制度的対応について議論を深めるとともに、各国が推進する文化遺産国際協力の最新動向を共有する場とした。
日本からは、塩川達大氏(文化庁文化資源活用課長)が「日本の文化財保護政策と文化遺産国際協力」と題し、文化財保護法の概要、近年の法改正および文化遺産国際協力に関する施策について報告を行った。過疎化や少子高齢化等の社会変化に対応するため2018年および2021年に改正された文化財保護法では、地域における文化財の計画的な保存・活用の促進や文化財登録制度の拡充を重点的に行うことで、文化財修理、防災、観光振興など幅広い分野にわたる施策を適時適所に実行することが目指されている。その中では、文化遺産が地域住民にとって不可欠な存在であるという価値認識の確立が重要であり、そうした認識に立った日本の取り組みが人口減少に向かうアジア諸国の先行的なモデルとなり、ひいては国際協力・連携にも貢献することが期待されている。
中国からは、杜暁帆氏(復旦大学文物与博物館学系教授)が「中国における文物保護法の改正および文化遺産国際協力の現状」と題し、文物保護法の変遷、2024年の法改正、文化遺産国際協力に関する報告を行った。文化遺産に対する政治的・社会的関心の高まりや制度運用上の課題を受けて行われた文物保護法の全面改正では、違法な開発行為に対する保護の強化や、観光開発の規範化による文化遺産保護と社会経済の持続可能な発展との調和が図られている。一方、国際協力は、アジア地域での保存修復事業を中心に進められてきたが、近年は大学や研究機関、民間団体などの新たなアクターが参入し、協力の目的に変化が生じ始めている。
韓国からは、はじめにベク・ヒョンミン氏(国家遺産庁革新行政担当官室行政事務官)が「国家遺産基本法と国家遺産体制への転換」と題し、2024年に施行された国家遺産基本法や法改正に伴う新体制について報告した。「文化財」という言葉の用語的限界や、ユネスコが定める国際基準との乖離といった背景から、新たに国家遺産基本法が制定され、「文化財」から「国家遺産」への名称変更や分類体系の見直しが行われた。また、気候変動への対応、広報、人材育成といった社会的な視点に立った新たな条項も加えられ、遺産の確実な継承を保障しつつ、国民がより広くその恩恵を享受できる仕組みの構築が目指されている。
続いてパク・ヒョンビン氏(国家遺産庁遺産政策局国外遺産協力課長)が、「国家遺産庁の国際交流協力の現況と課題」と題し、韓国による文化遺産国際協力の変遷および近年の協力事業について報告した。2000年前後には、日本や中国との二国間交流が主流であったが、2010年代以降は政府開発援助(ODA)を通じた国際開発協力へと軸足を移し、2020年代にはアジアのみならずアフリカや中南米などの地域へも支援を拡大している。一方で、近年の急速な事業の拡大に対応するために、関連法令や事業遂行システムの見直しが必要とされている。
以上の講演をうけてのディスカッションでは、海野聡氏(東京大学大学院工学系研究科准教授)をモデレーターとし、八並廉氏(九州大学法学研究院国際関係法学部門准教授)をコメンテーター、4人の報告者に加えて友田正彦氏(コンソーシアム事務局長)をパネリストに迎えて活発な議論が交わされた。総括として、韓国の法改正を法律の透明性の観点から評価し、世界遺産登録や他国への法整備支援等の面での優位性を指摘する八並氏の発言や、日中韓が同一地域で国際協力事業を行う機会の増加が見込まれる中、改正法のもとでの日中韓の連携強化がより良い支援に繋がることへの期待を示す友田氏の発言があった。最後に海野氏から、日中韓で同時期に法改正が行われたこと自体が象徴的な出来事であり、こうした機会を捉えた相互的な議論が文化遺産という不可逆的な存在を未来へ継承していく土台となることを期待する旨が述べられ、本研究会を締めくくった。
研究会当日の様子はコンソーシアムの公式YouTubeチャンネルで公開している。また後日、公式ウェブサイトにおいて報告書を公開する予定である。
Ref:
“第36回研究会「日中韓における文化遺産政策のいま―近年の法改正をめぐる背景と展望―」を開催しました”.文化遺産国際協力コンソーシアム.2025-10-17.
https://www.jcic-heritage.jp/news/36seminar_report/
文化遺産国際協力コンソーシアム. “第36回研究会「日中韓における文化遺産政策のいま―近年の法改正をめぐる背景と展望―」(2025年9月14日開催)”. YouTube. 2025-10-22.
https://youtu.be/kPqHniTOCNk?si=Mr9xwFxUCETk15pE
文化遺産国際協力コンソーシアム事務局. 文化遺産国際協力コンソーシアム設立10周年.カレントアウェアネス-E. 2016, (315), E1861.
https://current.ndl.go.jp/e1861
