カレントアウェアネス-E
No.503 2025.6.19
E2798
シンガポール国立図書館によるSNS投稿収集の取組
国立国会図書館関西館アジア情報課・木下雅弘(きのしたまさひろ)
●はじめに
筆者は2025年2月にシンガポール国立図書館(NLS)を訪問し、ウェブアーカイブ事業の担当者にインタビューする機会を得た。同館が以前から検討していたSNS投稿の収集について現況を尋ねたところ、2024年1月から本格的な収集に乗り出したという。本稿では、当日のインタビューや、NLSが国際インターネット保存コンソーシアム(IIPC)総会・ウェブアーカイビング会議(E2724ほか参照)で2025年4月に発表した際の資料に基づき、NLSによるSNS収集事業について紹介したい。
●「ソーシャルメディア収集フレームワーク」の策定
NLSでは、2017年1月からSNS収集の検討を開始し、(1)他の文化遺産機関におけるSNS収集状況の調査、(2)ウェブクローラーHeritrixを用いたFacebook・Twitter(現X)の収集、(3)Twitter APIを用いた特定のハッシュタグを有する投稿の収集、(4)商用ベンダーへの委託による概念実証、といった試行を重ねてきた。この経験を踏まえ、2023年1月に策定されたのが「ソーシャルメディア収集フレームワーク」であり、2024年9月には正式な収集ガイドラインとなった。これは、収集対象の選定基準、収集方法、収集アプローチ、アクセス提供について方針を定めたものである。一見違いが分かりづらい収集方法と収集アプローチを例に説明すると、概略は以下の通りである。
- ・収集方法
- 収集の手段を規定したもの。APIあるいは商用ベンダーを通じた「ハーベスティング」と、アカウント所有者がSNSの機能で投稿をセルフ・アーカイブしNLSに提供する「寄贈」の2種類がある。基本的に、ハーベスティング方式のほうがより多くのデータを収集できる。例えば、SNSでは他ユーザーとのやりとりが重要な意義を持つが、セルフ・アーカイブでは自身の投稿内容しか含まれない。
- ・収集アプローチ
- SNSプラットフォーム別に、どの収集対象にどの収集方法を採用するかを規定したもの。例えばFacebook、Instagram、Xでは、収集対象を第1層「政治家」(“Political Office Holders”)、第2層「著名な団体・個人」、第3層「一般のシンガポール人」に区分けし、第1層には(予算の許す限り)ハーベスティング方式を、第2、3層には寄贈方式でのアプローチを採る。
NLSの発表資料には政府機関アカウントの収集方針が記載されていなかったため、後日NLSに尋ねたところ、「ソーシャルメディア収集フレームワーク」内に関連規定があり、アカウント閉鎖時など特定の場合に収集を実施する予定とのことであった。
●“Singapore Memories”を通じたSNS投稿の寄贈募集
2023年10月には、NLSが属するシンガポール国立図書館庁(NLB)の運営によるオンラインプラットフォーム“Singapore Memories”が公開された。シンガポールに関する人々の記憶の共有・保存を目的としたウェブサイトであり、SNS投稿を含め様々なデジタルファイルの寄贈を受け付けている。公開時には「地元の食文化遺産」「若者文化」に関する寄贈が呼びかけられたが、これは個人や団体がSNS投稿を寄贈してくれるかどうかの調査も兼ねていたという。
“Singapore Memories”上の説明によれば、自身のSNS投稿を寄贈する際の手順は、(1)SNSのデータをセルフ・アーカイブし寄贈対象の投稿を選定、(2)Google DriveやDropbox等のファイル共有プラットフォームを通じてNLB側と共有、(3)共有時にアクセス制限やエンバーゴ期間(公開や閲覧を制限する期間)を選択、となっている。なお、受贈したSNS投稿は、当面の間は一般公開の対象外である。
●本格的なSNS収集の開始
2024年1月から、NLSはSNS収集に関する三つの取組を開始した。一つ目は、シンガポールの大統領及び閣僚のFacebook、Instagram、Xアカウントを対象としたハーベスティングである。商用ベンダー(SNSアーカイブサービスを提供するBrolly Australasia社)への委託形式を採っており、その契約内容は、(1)最大で60アカウントが対象、(2)収集データは各契約年度末に出力・提出、(3)JSON及びCSV形式で出力(投稿に関連する画像や動画等のメディアファイルも含める)、(4)出力時には必須のメタデータ項目も含める、というものである。なお、シンガポールでは「.sg」ドメインのウェブサイトは制度的収集の対象であるが(E2062参照)、これらのSNSアカウントは「.sg」ドメインではない。そのため、ハーベスティングに際し収集対象者からの許諾を得ている。
二つ目は、テーマを定めた選択収集であり、初年度はシンガポールの著名な芸術団体にSNS投稿の寄贈依頼を行った。約30団体に依頼し、9団体からFacebook・Instagram計12アカウントの投稿を受贈したという。三つ目はSNS収集事業の広報であり、(1)シンガポールに関するお気に入りのSNSアカウント等の年次募集、(2)インフルエンサーによるSNS投稿や講演、(3)NLSのSNSアカウントを通じた広報、といった手法を採っている。収集データに関する今後の計画としては、NLSのデジタル保存システム内への取り込みや、公開方法の検討等がある。
●おわりに
SNSが現代社会・文化において重要な位置を占める中、その記録を後世に遺すため、複数の国立図書館が収集に取り組んでいる。2020年から2021年にかけてベルギー王立図書館が欧米の国立図書館等を対象に行った調査では、10を超える機関が何らかのSNSの投稿を収集していた。アジア地域でも、中国国家図書館が国内大手SNS・WeChat内の政府系公式アカウント等を対象とした収集を始めている。NLSの取組はその最新事例の一つであり、技術・著作権・プライバシー・国民の理解といった様々な課題をどう乗り越えていくのか、今後の進展が注目される。最後に、訪問時のインタビューやその後の問合せに応じて下さったNLS及びNLBの皆様に心よりお礼申し上げたい。
Ref:
Tay, Shereen. An Archive of Singapore Websites: Preserving the Digital. BiblioAsia. 2020, Vol. 16, Issue. 3.
https://biblioasia.nlb.gov.sg/vol-16/issue-3/oct-dec-2020/website/
“From Posts to Archives: The National Library of Singapore’s Journey in Collecting Social Media”. IIPC General Assembly & Web Archiving Conference 2025.
https://netpreserve.org/ga2025/abstracts/#session_06
Loo, Janice; Lee, Meiyu. By the Public and for the Public: Contemporary Collecting at the National Library. BiblioAsia. 2024, Vol. 20, Issue. 1.
https://biblioasia.nlb.gov.sg/vol-20/issue-1/apr-jun-2024/contemporary-collecting-national-library/
Singapore Memories.
https://www.singaporememories.gov.sg/
“Social Media Archives”. Singapore Memories.
https://www.singaporememories.gov.sg/Contribute/SocialMedia
Brolly.
https://brolly.io/au/
“Saving Our Digital Footprints: Why Preserving Social Media Matters”. DIGITAL FOR LIFE.
https://www.digitalforlife.gov.sg/learn/events/all-events/saving-our-digital-footprints-why-preserving-social-media-matters
Chambers, S.; Birkholz, J.; Geeraert, F. et al. BESOCIAL final report Work Package 1: an international review of social media archiving initiatives. 2021, 91p.
https://orfeo.belnet.be/handle/internal/7741
“互联网信息资源保存与保护”. 中国国家图书馆.
https://www.nlc.cn/web/yejiefuwu/newtsgj/NLCNetInfoResourcePreservationProtection/index.html
“国家图书馆互联网信息战略保存项目启动 首家基地落户新浪”. 新华网. 2019-04-22.
http://www.xinhuanet.com/politics/2019-04/22/c_1124399654.htm
塩崎亮. ソーシャルメディアのアーカイブ化に対する“国民の意識”. 公益財団法人電気通信普及財団研究調査助成報告書. 2022, (37), 10p.
https://www.taf.or.jp/files/items/2021/File/9%E5%A1%A9%E5%B4%8E%E4%BA%AE.pdf
安藤一博. 2024年IIPC総会・ウェブアーカイビング会議<報告>. カレントアウェアネス-E. 2024, (485), E2724.
https://current.ndl.go.jp/e2724
伊勢田梨名. オンライン資料の納本制度の現在(5)シンガポール. カレントアウェアネス-E. 2018, (355), E2062.
https://current.ndl.go.jp/e2062