カレントアウェアネス-E
No.488 2024.10.03
E2735
世界の博物館収蔵庫に関する報告書を公開
静岡文化芸術大学文化政策学部・田中裕二(たなかゆうじ)
2019年9月7日、ICOM(国際博物館会議)京都大会2019(CA1971参照)で開催された第34回総会において、世界中の収蔵庫に保管されているコレクションを守り、その価値を高めるための対策に関する決議が採択された。その後、収蔵庫に関する作業部会による調査が進められ、2024年5月、98か国1,132の機関からの回答をまとめた報告書“Museum Storage around the World”(世界の収蔵庫)が公開された。以下、その概要を紹介する。
●回答館の特徴
回答した館の54%が中小都市にある。また、年間入館者数2万人以下の館が45%を占めている。正規職員が10人以下の館が全体の40%であり、年間入館者数1万人以下の館についてはその60%が、正規職員5人以下で運営されている。
40%の館が資料登録管理を担う職員がたった1人であり、12%の館が管理業務を担う人が誰もいないと回答している。10人以上の職員が資料登録管理に従事している館は僅か5%である。レジストラーといった専門職が極めて少ないということが明らかになった。17%の館は収蔵庫の管理担当者を指定しておらず、また担当者が居たとしても、20%以上は収蔵庫の業務が仕事として明記されていないという状況である。
●収蔵スペースとコレクション目録
31%の館は収蔵庫が満杯となっており、45%の館では収蔵庫の空きスペースは15%程度しかない。古い館ほど収蔵スペースが足りず、新しい館は比較的余裕がある傾向にある。収蔵スペースを確保するため外部収蔵庫を設置している館は44%あり、内59%は車で15分以上かかる場所に建設されている。しかし外部収蔵庫を設置している館でも、25%の館は既に収蔵庫は満杯であり、空きスペースは15%以下という館が40%を占め、外部収蔵庫もスペースが徐々に減ってきている。
また、完全な目録を整備している館は43%しかなく、残りの57%は全コレクションの75%以下という不完全な目録しかない。
●収蔵庫の仕様とドキュメンテーション
55%の館が可動式の棚、パレット、棚等の設備が十分ではないと回答している。収蔵庫の見学ツアーを開催しているのは20%、収蔵展示の手法で公開しているのは12%と少数派である。過去10年で収蔵資料が増加している館は85%あり、コレクションは増える一方だ。注目すべきは、収蔵管理に関する規程が整備されていない館が40%ということである。コレクションのドキュメンテーションに関する組織・体制に不備がある館も約40%あり、コレクションの収集から登録・管理を担う責任者あるいは専門職を設置するとともに、規程の整備が急がれる。
●収蔵庫の予算、公開、未来
47%が収蔵管理を行うのに充分な職員がおらず、58%が資金不足を感じていると回答している。一方、65%が収蔵管理は博物館にとって優先順位が高い課題であるとしていることから、危機感はありながらも有効な手段がないというのが現状だろう。手続きに則って専門職、研究者あるいは市民に収蔵庫が開かれている館が56%あるのに対し、29%が収蔵庫の公開をしておらず、開館中に収蔵庫へのアクセス不可と回答した館が88%もあった。今後10年から15年の間、収蔵庫問題は優先順位の高い中心的な課題であると75%が感じている。25%の博物館が徐々にコレクションは外部収蔵庫に移管すると考え、25%はどちらとも言えない、50%は本館の収蔵庫に留まると答えている。
●おわりに
近年、日本では法政大学の金山喜昭氏を中心に、収蔵庫満杯問題から派生する様々な課題を解決するため、資料登録から収蔵管理を経て活用までを一つの流れとして捉えるコレクション管理の重要性が指摘されている。2024年5月25日に法政大学で博物館の収蔵コレクションに関するシンポジウムが開かれ、各種メディアでも報道された(E2708参照)。軌を一にして公開された今回のICOM報告書によって、資料登録や収蔵管理の重要性は認識しつつも、設備、予算、人材といったリソース不足の実態が具体的な数字で顕在化した。特効薬はないが、資料登録や収蔵管理業務の規程整備から始め、登録プロセスの可視化と徹底した公開によって、多様な利害関係者に対しコレクションとその管理の重要性を地道に発信して理解を得た上で、収蔵庫の増築や複数の館のコレクションを一括で収蔵する共同収蔵庫の設置といった議論が進むことを期待したい。
Ref:
“Museum Storage around the world”. ICOM. 2024-05-22.
https://icom.museum/en/news/museum-storage-around-the-world/
Museum Storage around the World. ICOM, 2024, 69p.
https://icom.museum/wp-content/uploads/2024/05/Report_ICOM-STORAGE_EN_Final-ok.pdf
RESOLUTIONS ADOPTED BY ICOM’S 34th GENERAL ASSEMBLY. ICOM, 2019.
https://icom.museum/wp-content/uploads/2019/09/Resolutions_2019_EN.pdf
平井俊行. 第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019. カレントアウェアネス. 2020, (343), CA1971.
https://doi.org/10.11501/11471489
金山喜昭. 「博物館の収蔵コレクションの現状と課題を考える」<報告>. カレントアウェアネス-E. 2024, (482), E2708.
https://current.ndl.go.jp/e2708