E2693 – 京都の文化と生物多様性:標本のデジタル化の意義<報告>

カレントアウェアネス-E

No.478 2024.04.25

 

 E2693

京都の文化と生物多様性:標本のデジタル化の意義<報告>

京都府総合政策環境部自然環境保全課・中島瞳(なかじまひとみ)

 

  2024年3月17日、きょうと生物多様性センター及び京都府は、「京都の文化と生物多様性~動植物標本のデジタル化の意義~」と題したフォーラムを開催した。本フォーラムは、同センターにおける動植物標本のデジタル化システムの導入と、京都府立植物園の開園100周年を記念し開催された。本稿では、4人の講演及びパネルディスカッションの概要を紹介する。

●デジタルアーカイブの意義について/植田憲司氏(京都経済短期大学講師、元京都文化博物館学芸員)

  近年のデジタルアーカイブをめぐる国内の動向や、2023年9月にデジタルアーカイブジャパン推進委員会実務者検討委員会が公開した「「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン」(E2655 参照)を踏まえ、センターの担うべき役割はデジタルコンテンツの作成支援や長期保全の基盤の提供を担う「つなぎ役」であること、また、京都府内の動植物標本の散逸の問題に対応するためには、センターだけでなく、行政やNPO、大学などが協働して取り組むことが必要ではないか、と語った。

  また、デジタルアーカイブ活動の事例として、1947年にフランスの作家アンドレ・マルローが『芸術の心理学』第1巻で提示した概念である「想像の美術館(空想美術館)」(Le Musée Imaginaire)を挙げた。写真の誕生により世界中の美術作品の複製を並べて鑑賞することができるようになった。マルローが並べた図版を鑑賞しながらリラックスしている様子は、現代人が横になりスマホでインスタグラムを見ている姿にも似ており、これもデジタルアーカイブ活動の一つだと紹介した。

●京都府立植物園における植物標本と大森文庫について/小川久雄氏(京都府立植物園職員)

  大森文庫は、府立植物園設立に関わった第10代京都府知事大森鐘一の功労をたたえ、当時の京都政財界をはじめ多くの府民からの寄付により作られた、園芸・本草に関する書籍の一大コレクションである。今回デジタルアーカイブ化した大森文庫の図録に描かれた植物や府立植物園が所有する植物標本の写真を紹介し、それぞれの植物の特徴や希少性について解説した。

●蘭山を越えて:博物学と生物多様性/光田重幸氏(きょうと生物多様性センターアドバイザー、元同志社大学准教授)

  大森文庫に収められている『本草綱目啓蒙』は、京都を中心に活躍した本草学者小野蘭山の代表作で、中国の書である『本草綱目』の解説にとどまらず、個々の事物が日本の物産の何にあたるかを各地の方言まで収集し、実用の書として道筋をつけた江戸期の重要な文献である。

  この『本草綱目啓蒙』に記載される紫鉱(カイガラムシ)が現在も食品に活用されている事例や、多様な分類記載される蕪(カブ)は、聖護院蕪や舞鶴蕪など現在も地域固有の野菜として継承されていることなどを解説した。

●近世の植物画と大森文庫/森道彦氏(京都国立博物館研究員)

  大森文庫は、歴史学、医学、本草学といった様々な分野が一体となった知のありかを象徴する日本有数の大変貴重な文庫であり、今は植物園でしか見ることができないが、デジタルアーカイブ化により全国的な形で評価されるのではないか、と述べた。

  当時の植物画は、鑑賞画としてだけでなく記録画としての意味も持つ。画家の観察眼が表現されている作品として、大森文庫の『芍薬圖(図)巻』、『本草通串證(証)図 異本』(関根雲停画)、『寫(写)生植物』(宇田川榕菴自筆)などの例を挙げ、歴史的な記録画としての変遷を解説し、貴重な大森文庫全体のデジタルアーカイブ化が待ち望まれると述べた。

●パネルディスカッション「京都の文化と生物多様性について」

  講演者4人と、司会として重原奈津子氏(きょうと生物多様性センターコーディネーター)が登壇し、パネルディスカッションが行われた。

  まず、伝統や文化と生きものの関わりについて、府立植物園が有する標本に京野菜の種子が含まれていることを切り口に、江戸期は普通に京都で食べられていた種子がコレクションされ、現在では京都ならではの野菜となっているのだろうと、小川氏が述べた。京都には様々な種子が集まり、その種子を改良し、普及させ、今の京野菜となっていることが光田氏から紹介された。

  また、府立植物園が所有する『京都府草木誌』の著者である竹内敬から寄贈された通称『竹内標本』の一つに、干拓により現在はない巨椋池の天然記念物ムジナモの標本があり、そういった当時の記録がアーカイブ化により継承されることになれば、巨椋池を知らない地域の子供たちへ記憶の継承が可能となる、と植田氏が語った。

  文化財に関しては、京都国立博物館の館蔵品データベースはもとより、国立文化財機構の四つの博物館と一つの研究所が所蔵する国宝・重要文化財を鑑賞できる「e国宝」などのデータベースから通史的に見ることができる、ということが森氏から紹介された。

  また、実物を見ることとは勿論意味は異なるが、デジタルアーカイブによりどこからでもアクセスし、情報を得ることができる利便性について光田氏が言及した。

  最後に、机上で時代の異なる資料を比較し見られることの利点、アーカイブを活用した教育の重要性、センターが関係機関と連携・協働して、貴重な動植物標本のデジタルアーカイブ化を進める「つなぎ役」としての役割を果たすことへの期待が述べられた。また、デジタル化した動植物標本のデータをどのように活用していくか、活用を進めると同時にオリジナルを担保するためどのように運用していくか、といった課題も示され、フォーラムは閉会した。

Ref:
“3月17日「京都の文化と生物多様性~動植物標本のデジタル化の意義~」を開催しました!”. きょうと生物多様性センター. 2024-03-18.
https://www.pref.kyoto.jp/biodic/20240317_forum.html
きょうと生物多様性情報デジタルアーカイブ.
https://www.kyotobdc.jp/archive/
デジタルアーカイブジャパン推進委員会実務者検討委員会. 「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン. 2023, 78p.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/pdf/guideline_2023.pdf
“大森文庫について”. きょうと生物多様性情報デジタルアーカイブ.
https://www.kyotobdc.jp/archive/about-oomoricollection/
京都国立博物館館蔵品データベース.
https://syuweb.kyohaku.go.jp/ibmuseum_public/
e国宝.
https://emuseum.nich.go.jp/
後藤真. 「「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン」の思想. カレントアウェアネス-E, 2023, (470), E2655.
https://current.ndl.go.jp/e2655