E2469 – 第26回情報知識学フォーラム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.429 2022.01.27

 

 E2469

第26回情報知識学フォーラム<報告>

大阪大学附属図書館・甲斐尚人(かいなおと)

 

   2021年12月18日,京都大学桂図書館において,第26回情報知識学フォーラムがハイブリッド形式で開催され,「研究データの管理・オープン化・利活用にどのように対応すべきか」をテーマとした講演やパネルディスカッション等が行われた。筆者は現在,大学図書館でオープンサイエンス推進業務に携わっており,本フォーラムに参加したので,当記事にて内容を紹介する。冒頭,実行委員長から開催趣旨について説明があり,研究データの多様性や管理・利活用,研究データ管理支援人材の育成などについて,人文社会学系を中心とした分野の第一線で活躍する京都大学の研究者の経験と知識の共有を図るとともに,それらの課題について議論を深め,研究データの管理,公開,利活用への理解を深めるとのことだった。

  最初の登壇者である中村裕一氏(京都大学学術情報メディアセンター)から「フィールド科学教育・研究のためのフィールドワーク体験蓄積とサイバーフィジカル教育研究支援」をテーマとして,フィールドワークにおける全方位カメラを活用した新たな試みについて紹介があった。ノートだけでは捉えきれないデータによる記録・蓄積は,他研究者の利活用だけでなく,仮想的なフィールドワークを可能にし,研究者以外の学問への理解を深めることを可能にすると同時に新たな視点による発見の可能性があるとした。一方でそのような視点を生み出す大量のデータをいかに蓄積するかが課題であり,既存のデータプラットフォームの機能拡張の必要性などを指摘した。

  二番目の講演として伊藤智明氏(京都大学大学院経営管理研究部)から「起業家との対話の逐語記録の作成と蓄積についての現状と課題」と題して,約10年間にわたる逐語記録を通した研究の紹介があった。起業家が試行錯誤し,悩みや課題をどのように克服してきたかなど,組織が出来上がる過程を具体的に記録したものである。それを起業家や経営者,研究者に共有することは,伊藤氏とは異なった視点の研究につながると解説した。また略年譜や語録カードの展示を利用したデータ公開などにも触れた上で,プライバシーなどの諸課題が存在することを指摘するとともに,当事者以外もデータの価値を理解できる仕組みが必要だと述べた。

  三番目の講演としてフィーナー(Michael Feener)氏(京都大学東南アジア地域研究研究所)から“Big Data in the Humanities: New Interdisciplinary Opportunities and New Challenges for Data Management”をテーマとして,海域アジア遺産調査(以下「MAHS」)の研究紹介があった。MAHSは,従来の考古学的な調査手法だけでなく,LiDARスキャン,オルソフォトマップなど新しい技術によるデータ記録・蓄積を行っており,大学におけるデータ管理に係るハードウェア構築やデータポリシー,研究データを長期的にサポートする体制の確立など今後の課題を浮き彫りにしたと指摘した。

  四番目は齊藤智氏(京都大学大学院教育学研究科)の「心理学の研究文化とオープンプラクティス」をテーマとした講演で,心理学の研究データ管理の現状について紹介があった。心理学分野には出版バイアスを引き起こす研究文化や再現性の危機といった課題があり,それらによる研究成果のお蔵入りを防ぐ取り組みが近年推進されているとのことだった。具体的には,実験開始前に実験プロセスの事前登録を行う“registered report”というタイプの研究論文が多くの学術誌で採用されつつあり,実験結果ではなく実験プロセスの正しさが論文掲載の可否につながりつつあると指摘した。

  最後は山本章博氏(京都大学大学院情報学研究科)による「データサイエンス・プロセスから見るデータサイエンス・カリキュラム」をテーマとした講演で,データサイエンスを教育カリキュラムに反映させる「数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム」を紹介するとともに,カリキュラム設計に重要なデータサイエンス・プロセスについて紹介があった。まず,ソフトウェア開発モデルに対応するサイクル型と上昇型の2種類のモデルを紹介し,データサイエンス・プロセスには両方を考慮する必要があることを指摘した。その上で,1段後戻り付きHill Climbing型を提示し,これを各ステップのスキルの特性を理解でき,教育効果が期待できるプロセスモデルであるとした。

  続いて,ポスターセッションで11件の発表が行われた後,パネルディスカッションが開催された。パネルディスカッションでは,モデレータの松井啓之氏(京都大学図書館機構)を交えて,今後の研究データの管理,公開,利活用の展望や課題等について,講演内容を踏まえた活発な議論が行われた。実験プロセス事前登録による研究不正防止への貢献,研究分野ごとの多様なデータ管理手法の必要性,さらにはデータに対する価値の高め方へのジレンマやデータセットの重要性など,多岐にわたり意見交換が行われた。

  今回のフォーラムに参加し,研究データの管理,公開,利活用が全学問に及ぶ課題であることを認識するとともに,非常に多岐にわたるデータの一元的な管理は難しく,各分野に合った研究データ管理の考え方の確立が重要であると改めて感じた。そのような中で,図書館にはこれまでの役割に加え,研究データの管理,公開,利活用を推進するためのさらなる資料のデジタル化や研究データ管理支援人材の育成,円滑な研究データ利活用のためのメタデータ付与支援などが求められる。図書館の果たすべき役割は極めて大きく,知を循環させるためのより能動的な取組が今後求められている。

Ref:
“第26回情報知識学フォーラム「研究データの管理・オープン化・利活用にどのように対応すべきか」報告”. 情報知識学会. 2022-01-07.
http://www.jsik.jp/?forum2021report
情報知識学会誌. 特集 第26回情報知識学フォーラム「研究データの管理・オープン化・利活用にどのように対応すべきか」. 2021, 31(4).
http://www.jsik.jp/archive/v31n4.pdf
小川歩美. 第24回情報知識学フォーラム<報告>. カレントアウェアネス-E. 2020, (383), E2218.
https://current.ndl.go.jp/e2218