E2249 – 「ごっこ遊び」で学ぶ電子情報保存:ボードゲームレビュー

カレントアウェアネス-E

No.389 2020.04.23

 

 E2249

「ごっこ遊び」で学ぶ電子情報保存:ボードゲームレビュー

関西館電子図書館課・北島顕正(きたじまあきまさ)

 

   目が覚めるとあなたは,とある研究所の資料係になっていた。3ペタバイトの画像データを30年間,決して外部に流出しないよう保存する方法を探す必要がある。あるいはあなたは,とある美術館の職員になっていた。外国で大切に保存されている美術品を撮影した画像データを,国内向けに保存・提供する必要がある。リソースが限られる中,あなたは資料保存の理想に優先度をつけ,今できることを確実に実施していくことになる。本稿では,そんな体験ができるボードゲーム“Preservation Storage Criteria Game”を紹介する。

   Preservation Storage Criteria Gameは,ニュージーランド国立図書館(NLNZ)が作成した,電子情報保存を学べるボードゲームである。

   まず準備として,ゲームのプレイヤーには各自の「役割カード」が配られる。このカードには,本稿冒頭で述べたような,架空の職場の情報や職務上の役割が書かれており,プレイヤーはゲームの間,自分に配られた役割カードのキャラクターとして振る舞うことになる。ロールプレイが得意なプレイヤーは,役割カードに書かれた内容をより掘り下げた設定を追加で語ると,さらに楽しめるだろう。続いて各プレイヤーは「基準カード」を3枚ずつ受け取る。基準カードには【完全性の確認】【大規模データへのスケーラビリティ】【アクセシビリティ】等,電子情報保存で重要となる順守基準が書かれている。基準カードは全部で61枚あり,余ったカードは裏向きに山札とし,場の中央に,緑・黄・赤の3枚の「ゲームボード」とともに置いておく。ゲームボードにはそれぞれ

  • 緑 : 【絶対に必要】
  • 黄 : 【あるとよい】
  • 赤 : 【無くてもよい】
と書かれたマスが,21マスずつ描かれている。以上で準備は完了である。

   ゲームは時計回りに手番を回して進行する。各プレイヤーは自分の手番がきたら,手元にある基準カードから1枚を選ぶ。そこに書かれた順守基準が自分の役割にとって重要かどうかを考え,緑(【絶対に必要】),黄(【あるとよい】),赤(【無くてもよい】)のいずれかのボードの空いているマスに,選んだ基準カードを配置する。

   これは,プレイヤーの想像力が試される瞬間である。配置の際,手番プレイヤーは他のプレイヤーに対して,なぜ自分がその選択をしたのか理由を述べなければならない。それも,本来の自分の立場を離れ,配られた役割カードのキャラクターとしての理由を。

   例えば「クローズドな研究データの保存が私の任務であり,利用のされ方を考える立場にはない」という理由で,【アクセシビリティ】の基準カードを赤のボードに置くプレイヤーもいれば,全ての人が利用者となる美術館職員であることを理由に,【アクセシビリティ】のカードを緑のボードに置くプレイヤーもいるだろう。基準カードに書かれた順守基準に詳しくないプレイヤー向けには,順守基準の内容を説明したサマリーシートも用意されている。手番プレイヤーは既にボードに置かれている基準カードを1枚,別の色のボードに移動してもよい。これによって,自分が置きたいボードに空いているマスが無い場合に,空きを作ることが可能である。ただしこの移動の際にもその理由を述べることが求められる。自分の手番が終わるとき,山札から基準カードを1枚手札に加え,次の人に手番を回す。

   基準カードの移動と配置を理由を述べながら繰り返し,61枚の基準カードを配置し終えればゲームは終了となるが,このゲームの勝敗はどのように決まるだろうか?実は,このゲームは勝敗を争うものではないとされている。61枚の基準カードは,過去のiPRES等での議論を基に明文化された「電子情報保存のためのストレージに関する基準」(E2211参照)の61項目に対応しており,ゲーム中に各項目を読み,重要性を他者に説明することで,この基準について理解を深めることを目的に設計されている。このような性質上,普通の意味の「ゲーム」として遊ぶのは難しい。しかし,デジタル資料の保存に興味を持つ同僚と,例えば研修の一環としてこのゲームをプレイする場合,意外なほどに楽しめる可能性がある。

   ルールに明確な記述は無いが,手番プレイヤーがカードの移動・配置を行う際の説明について,他のプレイヤーが意見を述べたり簡単な議論を行ったりすることが想定されていると思われる。ここで,これらの意見はあくまでプレイヤーそれぞれの個人的な意見でありつつも,そのプレイヤーがロールプレイを行っているキャラクターの意見として述べられることが重要である。この仕掛けにより,仮に意見の対立が発生しても,それはプレイヤー間の対立とはならず,あくまでキャラクター間の,ゲームプレイ中に閉じた対立となる。このことは,普段議論をし慣れていない人たちでも他の人に反対する意見を言いやすくなる効果がある。また自分の意見へのこだわりもそれほど強くならないため,述べた意見を変えることも気軽に行え,より多様な見解をお互いに共有できるであろう。そして,自分以外の誰かのふりをする「ごっこ遊び」は,普遍的に楽しい。

   「ゲーム」としては,まだまだ改良の余地が多分に残されていると感じる本作であるが,本稿を読んで,仲間内で工夫しながら遊んでみようと思う読者が一人でも現れることを願っている。

Ref:
Goethals, Andrea et al. “Digital Preservation Storage Criteria Game”. OSF. 2019-05-08.
https://doi.org/10.17605/OSF.IO/ZJ5TD
Goethals, Andrea. “What Do We Need & What Can We Do Without for Digital Preservation Storage?”. Digital Preservation Coalition. 2018-11-20.
https://www.dpconline.org/blog/idpd/what-do-we-need
Potterbusch, Megan et al. “Ad Hoc: Games”. OSF. 2019-06-20
https://osf.io/mucwf/
Schaefer, Sibyl et al. “Digital Preservation Storage Criteria”. OSF. 2019-08-14.
https://doi.org/10.17605/OSF.IO/SJC6U
工藤哲朗. 第16回電子情報保存に関する国際会議(iPRES2019)<報告>. カレントアウェアネスE. 2019, (382), E2211.
https://current.ndl.go.jp/e2211