E2241 – 優れた研究データ管理(RDM)実践の24の事例集<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.387 2020.03.12

 

 E2241

優れた研究データ管理(RDM)実践の24の事例集<文献紹介>

関西館図書館協力課・宮田怜(みやたれい)

 

Clare, Connie; Cruz, Maria; Papadopoulou, Elli; Savage, James; Teperek, Marta; Wang, Yan; Witkowska, Iza; Yeomans, Joanne. Engaging Researchers with Data Management: The Cookbook. Open Book Publishers, 2019, 153p., ISBN: 978-1-78374-797-9.

 2019年10月,英国のOpen Book Publishers社は単行書“Engaging Researchers with Data Management: The Cookbook”を刊行した。同書の編集にはプロジェクトチームが立ち上げられ,主な構成メンバーは発生生物学の研究者でオランダ・デルフト工科大学に所属するConnie Clare氏を筆頭著者とする著者チームや,研究データ同盟(RDA;E2228ほか参照)の「研究データのための図書館」研究グループ(Libraries for Research Data Interest Group)のメンバーである。同書はHTML版・PDF版がオープンアクセス(OA)で公開されている。本稿では,その内容を概観する。

 近年,研究公正・研究の再現可能性の重要な構成要素として,優れた研究データ管理(RDM)の意義がますます強調されるようになっているが,RDM・データ共有に関する議論はこうした話題に関心のある一部の図書館員や研究者の間でしか交わされていない状況にある。研究コミュニティ全体として優れたRDMを実践していくためには,研究データの主たる生産者・再利用者である研究者が効果的にRDMへ関与し研究コミュニティ全体の意識を転換することが必要である。同書はこのような問題意識に基づき,優れたRDMの実践例を利用しやすい単行書の形で提供することで,新たにRDMの実践を始めようとする人々が,「車輪の再発明」に陥ることなく,似通った環境の機関で実践されている既存のメソッドの採用・応用を可能にすることを目的として作成された。

 著者らは2019年初めに実施したオンラインアンケート等によって世界中からRDMの実践例を収集し,最終的に欧州・米国を中心とした大学・研究機関の24の実践例を選定した。実践例は,その特徴に応じて「RDMポリシー」「研究データ管理計画(DMP)」「研修」「イベントの開催」「成功事例の推進者を中心としたネットワーク構築」「専門コンサルタント」「研究者へのインタビュー実践」「ベテラン研究者のデータのアーカイブ」の8つに分類され,同書の章立てに反映されている。同書では,RDM実践の鍵となる要素として「機関に所属する人員(研究者・博士課程の学生・RDM支援要員)の数」「ターゲットとなる研究者層」「RDM実践の主な推進者」「コスト(資源・インフラ・時間)」「実践しやすさ」の5つを挙げ,これらを視覚的に表現した「レシピ」として示している。全ての事例について,「必要な材料」としての5要素の分量・種類等がレシピ形式で示され,読者の所属する研究機関での実践に最も適した事例の選択や関心に応じた事例の発見を容易とする「クックブック」として活用できることが大きな特徴である。

 以下,同書における各事例の構成の紹介を目的として,「研修」をテーマとした第3章の中で扱われている英国・ケンブリッジ大学の地理学部(Department of Geography)の事例を取り上げる。大規模データセットの取り扱いに精通した同大学の生物地理学の研究者が,同じ学部の研究者向けに実施したワークショップを紹介した事例である。まず冒頭で,100人以下の研究者・博士課程の学生を対象とする比較的小規模な事例であること,あらゆる層の研究者を対象とすること,ボトムアップ・研究者主導で推進されていること,実践の難易度は易しいこと,資源のコストは低くインフラと人的コストは標準的であることが「レシピ」形式で示される。続いて,研究者が明快さや構造を欠く研究データを管理するにはデジタルファイルの整理という煩雑な作業が求められ,締め切りに追われる研究者はこれに時間を割くことができないが,この作業に優先的に取り組めば割かれる時間の節約や作業に対する不満の軽減につながるはずである,というRDM実践の背景が述べられる。実践の内容は,参加者が個人の端末を持ち寄る“Bring Your Own Device(BYOD)”形式で,2時間の対話型ワークショップ“Bring Your Own Data(B.Y.O.D.)”を,月に一度開催したというものである。同ワークショップでは,ファイル命名の規則,未来の自分に向けたメッセージとしてのREADMEファイルの作成,ファイル・フォルダの構造化,データ管理方法の検討に役立つ既存のフレームワークの活用がRDMの重要なポイントとして示され,ベストプラクティスの共有を行ったことが紹介されている。末尾では,ワークショップの内容は参加者全員から好評だったものの,段々と参加を促すことが難しくなっており今後のワークショップ開催には認知度向上のため一層の支援を得る必要がある,といった課題が述べられている。このように,各事例についてレシピでその概要が提示された後に,背景・内容・課題を簡潔に示す構成となっている。

 日本においても2019年12月の九州大学におけるRDMの先駆的な実践例を紹介するイベントの開催(E2239参照)や2020年2月のRDM実践をテーマとしたSPARC Japanセミナーの開催など,RDMサービスへの関心はさらに高まっているが,事例の乏しい国内の図書館においてはモデルケースを定めがたい点が障壁になっていると考えられる。大学・研究機関等の実情に応じたRDMサービスを検討するにあたって,優れた実践が「レシピ」とともに簡潔に示された同書は有用な情報源として活用できると思われる。

Ref:
https://www.rd-alliance.org/group/libraries-research-data-ig/outcomes/engaging-researchers-data-management-cookbook
https://doi.org/10.11647/OBP.0185
https://unlockingresearch-blog.lib.cam.ac.uk/?p=2188
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2019/20200207.html
E2228
E2239