カレントアウェアネス-E
No.383 2020.01.16
E2219
社会科学領域における研究データの公開と共有<報告>
慶應義塾大学文学部・安形麻理(あがたまり)
2019年11月16日に三田図書館・情報学会2019年度研究大会の一部として,ラウンドテーブル「社会科学領域における研究データの公開と共有:図書館情報学での実践に向けて」が慶應義塾大学三田キャンパスにて開催された。前半ではモデレータによる趣旨説明に続いて,3人の話題提供者により社会科学領域における研究データ公開・共有の事例と課題が提示され,後半ではフロアを交えた自由な意見交換が行われた。
初めにモデレータの松林麻実子氏(筑波大学図書館情報メディア系)から,近年様々な領域で注目されている研究データの公開と共有という課題に図書館情報学研究者がいかに貢献できるかということについて,図書館情報学と密接な関係があり,データの公開と共有が早くから行われてきた社会科学領域に焦点を当てて考えたいという趣旨が説明された。
続いて酒井由紀子氏(東京財団政策研究所・政策データラボ)より,社会科学領域における研究データの公開と共有に関して,データセットの再利用について学問分野やデータリポジトリ,データ種別,引用などから分析した複数の既往調査が紹介された。続いて,社会科学の調査データを扱う米国のInter-university Consortium for Political and Social Research(ICPSR)やオープンソースのデータリポジトリDataverseといった機関横断型の取り組み,米国の大学図書館におけるデータライブラリアンの存在や教育の動向など,欧米の学術機関・図書館における取り組みの代表的な事例が紹介された。さらに,研究活動や成果報告において研究データをいかに取り扱っているかという事例として,酒井氏自身が海外の研究者がDataverseに登録したデータを再利用して調査を行い,その結果得られたデータをZenodoで公開した体験も報告された。
二人目の話題提供者である前田幸男氏(東京大学大学院情報学環)からは,諸外国および日本における政策動向と日本学術振興会が推進する「人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業」の概要が紹介された。この事業は,分野や国を越えてデータを共有・活用するための基盤を構築することを目的に2018年度に始まり,社会科学では4つ,人文学では1つの拠点機関(研究機関)が指定されている。各拠点はデータの作成,共有,国際化,長期保存などに取り組み,日本学術振興会は各拠点の調査データをOAI-PMHにより収集し,検索から取得までの流れを円滑にするデータのカタログの提供基盤を開発している。さらに,事業を通して浮き彫りになりつつある人材育成についての問題提起があった。
最後に,石井加代子氏(慶應義塾大学経済学部,経済学部附属経済研究所パネルデータ設計・解析センター(以下「センター」))より,前述の事業の拠点機関の一つであるセンターが実施するパネルデータの公開と共有における現状と課題とが紹介された。パネルデータとは,同一の標本(調査対象)について継続的に観察,調査したデータであり,項目間の関係について時系列に沿った分析を可能にする。センターでは,国際比較を可能とするパネルデータの設計と構築を目的に,「日本家計パネル調査」や「日本子どもパネル調査」などを実施し,それに基づく幅広い研究を行っている。従来は個別の機関が調査を実施しデータを管理しており,利用者,特に海外の研究者はデータの所在や利用方法についての情報入手が困難であったという問題意識から,データのカタログの整備や,利用申請や分析ツールのオンラインでの提供などに取り組んでいる。課題として,国際的な認知度の向上,国際機関へのデータ提供,データに対するDOIの付与,補完的なデータ構築プログラムの作成と公開などが挙げられた。
後半では,フロアからの質問に答える形で活発な意見交換が行われた。項目の定義や対象が異なる複数の調査データをあわせて利用する際の留意点,それを解決するためのメタデータの重要性,研究目的の調査から得られるデータとは異なる各種の業務や商用サービスから派生するデータの利用にまつわる問題,個人情報保護への配慮と厳格な手続きによる利用,小規模データの散逸の現状などが挙げられた。
社会科学の大規模データについて共有が進んでいる理由としては,共有に対する問題意識に加え,データ共有を義務付ける学術雑誌の増大という要因や,公開・共有による引用の増加の可能性といった各研究者にとってのメリットもあることが指摘された。
また,データのライフサイクルにおける図書館員(データライブラリアン)の関与として,法的な問題に関わる支援,メタデータやDOIの付与といったデータマネジメントが挙げられ,データの保存と共有に関わる支援を専門職として担うことへの可能性と期待が示された。
今後もデータの共有と公開に向けた動きは加速していくと思われる。従来さまざまな形で情報と向き合ってきた図書館情報学の研究者と図書館員が,情報の生産,管理,提供,利用という複合的な観点から,図書館情報学分野としての実践に向けて検討すべき課題を確認できる場となった。
Ref:
http://www.mslis.jp/am_2019.html
https://www.jsps.go.jp/j-di/index.html
https://www.pdrc.keio.ac.jp/
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