カレントアウェアネス-E
No.338 2017.12.07
E1978
ラウンドテーブル「図書館情報学研究と科研費」<報告>
2017年10月7日,慶應義塾大学を会場に,三田図書館・情報学会2017年度研究大会ラウンドテーブル「図書館情報学研究と科学研究費補助金」が開催された。今回のテーマである科学研究費補助金(以下,「科研費」という。)は,文部科学省と日本学術振興会の研究助成事業で,現在の日本の研究環境を考える上で無視できない競争的研究資金である。研究者の関心の高いテーマであるが,当日は図書館員の参加も目立った。
はじめに,モデレーターを務めた倉田敬子氏(慶應義塾大学)が,開催趣旨と科研費の現状整理を行った。科研費の申請の審査は,ピアレビュー(同業者審査)で行われるが,2018年度,審査方法が大幅に変更される予定である。基盤研究(A)や基盤研究(S)といった金額の大きい科研費の申請では,図書館情報学は,これまでの細目別審査で独立した項目となっていたため,ある程度安定した採択率を維持できていたが,2018年度以降は様々な学問分野の申請を総合的に審査する方式となるため,他分野の申請と競争せざるをえない状況となる。図書館情報学の申請は,一方では文学,歴史学,言語学関係の研究と,他方ではバイオインフォマティクス,ゲーム情報学の研究と競う状況となる。幅広い分野の研究者が一同に介して審査する状況下では,図書館情報学の研究の意義や強みを,分野を超えた広い文脈に位置づけて説明する必要が増すと考えられる。
続くラウンドテーブルの前半では,事前に指定された三者による話題提供と質問が行われた。最初の話題提供者である上保秀夫氏(筑波大学)は,外部資金への依存度が高いコンピュータサイエンス分野での経験を踏まえて,次の事項を指摘した。科研費などの外部資金は,研究者にとって書類作成や予算・人材管理といった業務負担を生むものであるが,外部資金を得ていない研究は,社会ニーズに対応していない,社会的な認知度が低いといったネガティブな印象を与える場合もある。つまり,外部資金の獲得の成否が研究自体の評価に影響を及ぼす可能性があるといえる。外部資金の獲得を成功させるには,成功事例を組織内で共有したり,申請書の効果的な書き方を習得したりすることが重要である。続いて,二人目の話題提供者である石田栄美氏(九州大学)から,金額の大きい科研費を獲得した経験が紹介された。いわゆる大型科研費の獲得は,図書館情報学という学問分野自体の活性化の目安と見なされるなどメリットも大きい。大型科研費による研究は,個人での実施が困難であるため,共同研究体制を構築し,特に他分野の研究者を巻き込む工夫が必要である。最後に,指定質問者の根本彰氏(慶應義塾大学)が,国の学術政策を踏まえて科研費の動向整理を行った。近年,文部科学省から大学に配分される運営費交付金が減少するに伴い学内支給の研究費も減少しているが,その一方で科研費などの学外の研究資金の割合は増加している。すなわち,現在の学術政策において研究費の多くは競争的に獲得する流れになっている。根本氏は,他分野と競争して研究費を獲得したり,他分野の研究者と共同研究したりすることは図書館情報学が広がっていく契機ともいえ,図書館情報学は,現在,外へ拡張する時期に来ているのではないかとの考えを示した。
後半は,フロアを交えた議論が行われた。そこでは,申請書の効果的な書き方等についての議論がなされたが,最後に,「大学図書館員などの実務家に期待することは何か」という質問がフロアから出された。この質問に対して研究者からは,実務家の参加は研究の社会的な意義につながるため,図書館員には研究費の配分を受けずに研究に参画する「連携研究者」として研究に参加してほしいとの意見が述べられた。また,図書館情報学の主なフィールドは図書館であり,それが図書館情報学の学問分野としての強みと考えられるため,図書館をフィールドとした研究がスムーズに行えるように,図書館員に協力してもらえるとありがたいとの考えも示された。
図書館員が参加した研究や図書館をフィールドにした研究は,研究者にメリットがあるだけでなく,研究成果を図書館活動に役立てられる可能性がある点で図書館の現場にとっても有用だと考えられる。今回のラウンドテーブルを通じて,研究を取り巻く環境の厳しさを再認識したが,図書館情報学の研究では,研究者と図書館員が連携協力を進め,その研究を一つの学問分野に留まらない社会的な文脈に位置づけて説明することで,両者を活性化させられる可能性があるという期待を持つこともできた。
慶應義塾大学大学院文学研究科・橋詰秋子
Ref:
http://www.mslis.jp/am_2017.html
https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/index.html
E1879
E1937
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