カレントアウェアネス-E
No.379 2019.11.07
E2190
三角コーンが結ぶふたつのまち:小樽・渋川コラボ展示の経緯
渋川市立図書館公式Twitter中の人
2019年6月19日,「日本のまんなか」に位置する渋川市立図書館(群馬県)の広報担当は,受話器を耳に当てたまま土下座をするという器用なポーズを取っていた。見守る館員の目は点。館長の表情は蒼白。三者が息を殺して互いに身動きの取れないこの状況は,本来の意味は違うが「三すくみ」に似ていた。広報担当の電話の相手は市立小樽図書館(北海道)の館長さんである。なぜ,このような事態が発生したのか。
前日18日,渋川市立図書館は,公式Twitterでこんなツイートをした。「【悲報】 近頃,当館の安全を守る三角コーンが相次いで交通事故に遭っています。残念ながら当館の館長には,市立小樽図書館の館長さんのように,サイン付きの三角コーンを豊富にお持ちの義理の息子さんは存在しません。(略)」
三角コーンを豊富にお持ちの義理の息子さんとは,若い世代を中心に絶大な人気を誇るウェブ漫画家・やしろあずきさんのことである。やしろさんがなぜ三角コーンを豊富にお持ちなのかについては,やしろさんのブログを参照願いたい。とにかく,同日正午に配信されたやしろさんのブログ「僕とお義父さんと北海道(小樽)の展示の話」を読んだ広報担当が「分かる人にだけ分かる図書館ネタ+当館駐車場の三角コーンの破損に関する注意喚起」のつもりで投稿したこのツイートが,やしろさんご本人の目に留まった。留まった上に「サイン入りの三角コーンを豊富に持っている者なのですが,寄贈しましょうか?」という粋なリプライまで頂いた。金銀どころかフツウの斧すら落としていない地方の弱小図書館の前に,突如Twitter沼から三角コーン神が出現して,サイン入り三角コーンを「無償で」恵んでくださるという。とんだTwitter界のわらしべ長者の「爆誕」,あるいはシンデレラストーリーにTwitterは沸いた。当事者目線からすれば,少々沸きすぎた。当該ツイートの拡散数は一時,国内第6位にまで上り詰めたが,拡散数に反比例して当事者の顔色は悪くなる。これは今更ながら,小樽にお詫びの電話を差し上げるべきでは,と当館関係者が狼狽しつつ,善後策を相談していたところに,当の市立小樽図書館長さんからのお電話である。当館館長が蒼白になるのも無理はない。
にもかかわらず,市立小樽図書館長さんからは,「いや~Twitter,凄いですねぇ。せっかくですから,これを機に両館でお互いの市を紹介するコラボ展示をしませんか?」という想像の斜め上を行く粋な打診を頂いた。当館としては瓢箪から駒,三角コーンからコラボ展示の展開である。それにしても,やしろ家は義父子ともに,石狩平野以上にお心が広い。広すぎる……。
かくして話は進み,7月9日,やしろさんのサイン入り三角コーンと作品を中心とする両館コラボ展示「三角コーンが結ぶふたつのまち」が始まった。互いの市の観光パンフレットやポスターの他,小樽では渋川の伊香保温泉に縁のある竹久夢二,徳冨蘆花等の著作を,渋川では小樽の登場する書籍や出身作家の著作を展示し,PRした。小樽のPRポイントは多い。推理小説の世界でさえ,伊香保では2冊しか殺人事件は起きないのに,小樽では10冊以上殺人事件が起きている。山本周五郎賞受賞の朝倉かすみ氏に,京極夏彦氏も小樽のご出身だという。実に不穏……いや,羨ましい。
展示には,やしろさんのファンとおぼしき若い世代が続々と訪れた。小樽と渋川,両館展示を制覇した人もいる。市内在住だが図書館には無縁だったという人が来館し,利用登録してくれた。この展示をきっかけに,やしろさんのファンになったと報告してくれた利用者もいる。一つだけ想定外な上に面食らったのは,「渋川市立図書館公式Twitterの中の人(広報担当)の正体」に多くの人が興味津々だった点である。「どんな人ですか?」「年齢は?」「性別は?」記者会見で新聞社に質問され,渋川市関係者に質問され,来館者に質問される。だが,問われるまま正直に答えるのでは無粋極まる。Twitterは大喜利のような頓知が求められる世界だと思っているので,質問されるたびに即興で,やしろさんや本の登場人物を彷彿とさせる回答をした。「ミスター三角コーンです」「図書館の浅見光彦です」「マジカルグランマです」そのうちネタが尽きたので,Twitter上にGIFおみくじを作り「中の人の正体が気になるなら,こちらをどうぞ」と誘導することにした。なかなか好評だった。
想定外の展開はあったものの,小樽も渋川も図書館が注目を浴びた上に,やしろさんのファン層も(多少)広がった。ウィンウィンならぬ,ウィンウィンウィンの関係ではないか。こんな相乗効果が生まれたことが,最も嬉しい。
改めて三角コーンを豊富にお持ちのやしろさんとそのご家族,特に市立小樽図書館長さんに御礼を申し上げたい。そして,当館としては,このご縁をなんらかの形で次につなげていきたいと目論んでいる。そう,コラボ展示はまだまだ終わらないのである。
Ref:
https://twitter.com/shibukawa_tosho/status/1140837898054279169
http://yashiroazuki.blog.jp/archives/15424252.html
http://yashiroazuki.blog.jp/archives/19240007.html
https://twitter.com/shibukawa_tosho/status/1155012347087343616