E1990 – 「デジタルアーカイブ」の新たな評価法:Impact Playbook概説

カレントアウェアネス-E

No.340 2018.01.25

 

 E1990

「デジタルアーカイブ」の新たな評価法:Impact Playbook概説

 

 2017年10月,Europeanaより評価方法の新規開発プロジェクトの成果物として“Impact Playbook: For Museums, Libraries, Archives and Galleries”(以下プレイブック)の第一部が公開された。プレイブックは「インパクト評価」を実施するための手順・方法をまとめた一種のガイドラインであり,Europeanaだけでなく,その参加機関である欧州各域の図書館・博物館・公文書館・ギャラリー等が各々のデジタルアーカイブ関連事業の持つ多様な価値を各々の見方で評価し,かつその評価結果を他者と共有できるようにするための「共通言語」としての役割を果たすという。

 インパクト評価はもともと環境分野で発達した評価方法であると言われており,その後公衆衛生や社会福祉事業などの諸領域にも普及・発展してきた。近年では公的助成金の減額等を背景として図書館を始めとする文化機関においても自組織の持続可能な発展に資する手段として注目を集めている(E1608参照)。

 プレイブックは,文化資源のデジタル化事業およびデジタル化された資源の持つ価値を評価するための汎用的な概念モデル“Balanced Value Impact Model”(以下BVIM)を基に作成されている。プレイブックでは評価の対象となる「インパクト」は「(当該組織が責任を負う)活動の結果として利害関係者や社会に生じる変化」と定義される。この定義は,例えば当該デジタルアーカイブへのアクセス数等といった「アウトプット」や当該プログラムの直接的な成果である「アウトカム」を包含するものである。

 プレイブックでは評価の手順を(1)「設計(Design)」,(2)「査定(Assess)」,(3)「物語(Narrate)」,(4)「価値評価(Evaluate)」の4段階に区分しており,今回公開された第一部は「設計」に相当する。「設計」では,評価実施の準備段階として,何を・どのように・誰に向けて評価するかといった事柄を評価の利害関係者間で共有するための「フレームワーク」を策定する手順を6ステップに分けて詳述している。

 「設計」においてフレームワークを策定する際に特に重要な役割を果たすのが,「変化の経路(The Change Pathway)」「戦略的視点(The Strategic Perspective)」「価値レンズ(The Value Lenses)」である。

 「変化の経路」は当該組織の各事業とその利害関係者,資源,アウトプット,短期的・長期的アウトカム,インパクトといった一連の要素を整理するためのツールである。

 「戦略的視点」は評価対象のインパクトをどのような視点から捉えるかを明確化するためのツールである。プレイブックではデジタルアーカイブ関連事業の持ちうるインパクトは,人々(利害関係者)やその所属コミュニティーないし社会の行動や態度,信念に変化がもたらされた時に生じるインパクトである「社会的インパクト」,当該事業が利害関係者や当該組織に経済的利益をもたらす時に生じるインパクトである「経済的インパクト」,当該デジタルアーカイブにより利害関係者に経済的利益や業務の効率化などをもたらすイノベーションが起きる際に生じるインパクトである「イノベーションインパクト」,デジタルアーカイブの公開により運営組織の業務プロセスが発展・改良する際に生じるインパクトである「業務的インパクト」の4点に整理されている。

 「価値レンズ」は任意で選択した各視点のもと,さらに評価対象を具体化して考えるためのツールである。プレイブックでは,当該サービスを利用することにより人々が享受する価値ないし利益に焦点を当てる「有用性レンズ」,実際の利用経験の有無に関わらず,当該デジタルアーカイブが存在しかつ大切に扱われていることを知ることでもたらされる価値に焦点を当てる「存在レンズ」,世代やコミュニティーを超えて資源を受け渡したり受け取ったりすることから得られる価値に焦点を当てる「遺産レンズ」,当該デジタルアーカイブを通した公式・非公式の学習により人々にもたらされる知識や文化的センスの向上などといった価値に焦点を当てる「学習レンズ」,当該デジタルアーカイブが関係するコミュニティーの一員であるという体験から生まれる価値に焦点を当てる「コミュニティーレンズ」の5種類が設定されている。

 なお,残りの部については現在開発中であり,「査定」はデータの収集・分析方法の選定,「物語」は評価結果の公開方法,「価値評価」は前段階までのレビューに関するものになるという。

 プレイブックおよびその母体となったBVIMは,インパクト評価の諸領域の内でも「文化」を対象とする文化インパクト評価と呼ばれるものに属すると考えられる。現在日本においては内閣府のもと,文化インパクト評価の近接領域である社会的インパクト評価を普及させるためにワーキング・グループが発足し,普及のための諸課題とその対応策が検討されている。このように国内外ともにインパクト評価導入の機運が高まっているいま,特に財政基盤の脆弱さが懸念されるデジタルアーカイブ関連事業に関してはプレイブックで示される考え方が大いに参考となるはずである。

筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・西川開

Ref:
https://pro.europeana.eu/what-we-do/impact
https://www.dropbox.com/s/36xzwx4tnn0va8y/Europeana%20Impact%20Playbook.pdf?dl=1
https://www.kdl.kcl.ac.uk/fileadmin/documents/pubs/BalancedValueImpactModel_SimonTanner_October2012.pdf
http://cercles.diba.cat/documentsdigitals/pdf/E160056.pdf
https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/social-impact-hyouka-houkoku.pdf
E1608