E1889 – 主権者教育と学校図書館:スコットランドの場合<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.320 2017.02.23

 

 E1889

主権者教育と学校図書館:スコットランドの場合<文献紹介>

 

Lauren Smith. Information literacy as a tool to support political participation. Library and Information Research. 2016, 40(123), p. 14-23.

    2015年6月,公職選挙法が改正され,第24回参議院議員通常選挙の公示日(2016年6月22日)以降の選挙から,選挙権年齢が18歳以上に引き下げられた。それにあわせ,図書館界では,関連書籍の展示や模擬投票の実施,生徒会図書局主催の意見発表会の開催,期日前投票所の設置などといった様々な形で学生,生徒を対象とした取組が行われた。

   世界に目を転じると,スコットランドでも,英国からの独立を問う住民投票(2014年9月)では16歳以上の住民に投票権が与えられ,スコットランド議会総選挙(2016年5月)からは選挙権も16歳以上に引き下げられている。一方で,本文献によれば,同国では,政治への無関心や不信,民主主義のプロセスへの幻滅が社会問題となっており,政治的な判断をするための情報の過多や,そこから適切な情報を得るための検索能力の不足に関して懸念がもたれているという。そして,そのような状況のなか,生徒に対しては,学校図書館職員によって,関連書籍の展示や図書館資料を含む各種情報源の提供,主権者教育に関する授業での情報リテラシー養成面での支援といった取組が行われている。

    本文献は,社会的存在意義を示すためにも,情報専門職たる学校図書館職員が,現に選挙権を持つ主権者であり,近年の投票結果から投票率も高いことが判明している若者の情報リテラシー能力を養成し,適切な情報を提供することの重要性を説くものである。本稿では,本文献の著者が博士論文を執筆するにあたってスコットランドで実施した調査で得た知見のなかから,学校で行われている主権者教育に対して生徒が感じている「不満」や,主権者教育を実施するにあたって学校図書館職員が感じている「障壁」を中心に紹介したい。

    先行研究によれば,政治問題に関する議論は,学校において確かな情報に基づいて実施することで政治への信頼度を増すことが明らかとなっており,英国全土やスコットランドの学校教育プログラムにおいても主権者教育が組み込まれている。しかし,スコットランドの生徒は,政治に参加するにあたって,政党間の意見の相違点・共通点や自分の意見との近さ,政治的出来事の原因と結果及び生活への影響,政治への参加方法などといった情報を必要としており,政治の「制度」を教えるに過ぎない現在の教育内容には満足していないのだという。一方で,生徒は,学校のカリキュラム以外で,上記のような多様な政治情報に触れており,その選択にあたり,大人からのアドバイスを求めているが,家族は,偏りのない正確な情報を示してくれない存在として考えられている。学校図書館職員に関しては,正確な情報を提供する存在として信頼されているものの,生徒は,正確な情報以外にも,学校図書館職員個人としての意見も求めており,議論を求めた際にそれを拒否することに関しては不満を感じているという。

    また,先に示したように,主権者教育に関する活動に取り組んでいる学校図書館職員がいる一方,時間・人員・予算の不足,必要な知識・情報の欠如,学校全体としての取組の不十分さ,学校や学校評議会による政治にかかわることへのリスクの回避といった要因により実施に困難を抱えている学校図書館職員がいることも明らかになった。著者は,主権者教育によって若者を「洗脳する」リスクへの懸念に関しては,学校図書館職員は,個人的な意見を持ちつつも「公平性」を維持し,若者が正確な情報に基づいた意見を形成するために必要な支援を行なうことができると指摘する。また,学校図書館職員が感じている情報・知識の不足を解消し,学校全体としての取組を促進するためには,英国図書館・情報専門家協会(CILIP)の学校図書館部会を含む学校図書館関連団体による支援やアドヴォカシー活動が必要であると述べている。

    冒頭で紹介したように,選挙権年齢の引き下げにあわせて,日本の図書館でも様々な取組が行われた。一方,国においては,総務省が,2016年12月に18歳選挙権に関する意識調査を公表し,選挙・政治に関する授業を受けた生徒の投票率が高いこと,選挙や地域の課題についてのディベートの開催や,議員・政党関係者から話を聞く機会を望む割合が高いこと,インターネットや新聞より,テレビを情報源として用いる割合が高いことなどの調査結果が示され,また,2017年からは,主権者教育の推進に関する有識者会議を実施している。文部科学省でも,第5次「学校図書館図書整備等5か年計画」(平成29年度から平成33年度まで)に伴う地方財政措置として,選挙権年齢の引き下げに関連し,学校図書館への新聞の複数紙配備のために必要な費用の措置を講じている。このような調査結果や国の施策を受け,日本の学校図書館においても,新たな取組が可能となるのではないだろうか。

関西館図書館協力課・武田和也

Ref:
http://www.lirgjournal.org.uk/lir/ojs/index.php/lir/article/view/722
http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/senkyo_nenrei/
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201605/CK2016051002000136.html
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei15_02000153.html
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/syukensha_kyoiku/
http://www.soumu.go.jp/main_content/000461924.pdf
成田康子. ブック・ストリート 学校図書館 18歳選挙権,生徒の関心. 出版ニュース. 2015, (2387), p. 18.