E1738 – 第2回SPARC Japanセミナー2015<報告>

カレントアウェアネス-E

No.293 2015.11.26

 

 E1738

第2回SPARC Japanセミナー2015<報告>

 

 2015年10月23日,国立情報学研究所(NII)において第2回SPARC Japanセミナー2015「科学的研究プロセスと研究環境の新たなパラダイムに向けて‐e-サイエンス,研究データ共有,そして研究データ基盤‐」が開催された。以下,概要を報告する。

 第1部の冒頭に,パーソンズ(Mark Parsons)氏(研究データ連盟(RDA;E1531参照)事務総長)より,“Open Data is not Enough”と題してRDAが取り組む研究データ基盤の構築についての基調講演があった。障壁無き研究データの共有をスローガンに掲げるRDAの取組みとして,研究データの共有における障壁を取り除くためには,技術的標準や識別子を受け入れることができるコンセンサスや信頼が研究者コミュニティに必要であるとパーソンズ氏は述べた。研究データを共有するということは,オープンソースのプログラムと同様に研究者コミュニティによる管理を許容することである。研究者コミュニティ同士のかけ橋となるよう,RDAを研究者が相互に信頼関係を築くための建設的な議論の場としたいとのことであった。

 質疑においては,組織としてのRDAの持続性についてフロアより質問が出され,パーソンズ氏からは,RDAが活動を継続するためには研究者コミュニティの意志を反映し,かつ研究データ共有への熱意を維持し続けることが重要と考えるとの回答があった。

 第2部「サイエンスと研究データ」では,研究データの提供と共有事例を中心に3名の発表とパネルディスカッションが行われた。

 まず,北本朝展氏(NII)は,台風解析・予測に関する新しい手法や知識を発見すること等を目的とした台風関連のデータベースである「デジタル台風」など,様々な研究データを統合した提供事例から,公開か非公開かという議論ではなく,まずは誰もが利用できるサービスにすることを前提に,利用のための障壁を下げることが必要であることを指摘した。

 続いて,池田大輔氏(九州大学)は,サイエンスを支える柱として,これまでの理論と実験に加え,新たに「シミュレーション」と,研究データそのものに着目し分析手法等を扱う「データサイエンス」が現れたことを指摘し,環境問題など複雑な事象を解決するためにデータサイエンスが有効であると述べた。

 次いで能勢正仁氏(京都大学)からは,太陽地球物理学の分野では,1950年代から地球規模での観測データのアーカイブと共有が行われている事例などを挙げ,研究データ共有の文化がすでに存在していることが紹介された。

 パネルディスカッションにおいては,研究の再現可能性のために研究データを引用するのか,あるいは研究データの作成に関わった者のクレジットを表示することで,作成者への謝意を表現し,作成したことを評価するのかなど,研究データの引用とその意義,あるべきライセンスなどについて議論がなされた。

 第3部「日本の研究データ基盤」では,研究データの提供と共有を支える基盤について,4名の発表とパネルディスカッションが行われた。

 加藤斉史氏(科学技術振興機構)からは,デジタルオブジェクト識別子(DOI)を付与する日本で唯一の機関であるジャパンリンクセンター(JaLC)の実験プロジェクトにおいて,研究機関等がデータにDOI登録を行う際のワークフローや対象などについて検討を進めていることと,その成果を取りまとめた「研究データに対するDOI登録ガイドライン」の概要について紹介があった。

 田中良昌氏(国立極地研究所)からは,超高層大気長期変動の全球地上ネットワーク観測・研究(IUGONET)による各地の超高層観測データに対するメタデータデータベースの構築と,解析用ソフトウェアの提供事例が紹介された。

 大山敬三氏(NII)からは,インターネット上で事業を展開している企業等から提供を受けたデータセットをNIIが集約している「情報学研究データリポジトリ」について事例紹介があった。企業からの提供データなどには識別子の付与やオープン化ができないものもあり,提供の効果をどのように計測するかが課題であると述べた。

 最後に,図書館ほかで実務を担う事務職員の一人として,星子奈美氏(九州大学)から,学術研究,行政等様々な分野における一般的なオープンデータに関する解説と研究データ固有の課題について紹介があった。そのほか,大学等における研究開発のマネジメントを担う人材であるリサーチ・アドミニストレーター(URA)やシステム部門との連携,また,利活用可能なデータを選択・分析するデータキュレーションが今後の図書館員の役割であるとの言及がなされた。

 パネルディスカッションでは,主に研究データに対する要求の変化について議論がなされ,研究に際し自らが観測したデータだけではなく多様なデータの活用が求められていること,またJaLCの実験プロジェクトを通じて研究データに識別子を付与するニーズを把握できたことなどが指摘された。

 本セミナーは,研究データの公開に関し,各研究分野における既存の取組みなどを概観できるものであった。図書館に求められる役割とその変化についても発表や議論があったが,研究データの共有が研究コミュニティによって行われている現状では,図書館に対して何が期待されているのかは明確になっていないという印象を受けた。一方,その研究分野以外では知られていないと思われる取組みもあり,研究データの分野横断的な公開や共有,また一般社会へのアウトリーチに対する要求は高まると考えられる。今後,研究活動の一環として重要性を増す研究データの公開に図書館がどこまで関わってゆくのかはまだ不透明であるが,図書館がこれらの要求に応えてゆくのならば,パーソンズ氏の言を借りれば研究者コミュニティとの「信頼」の醸成が必要であると考える。

国際農林水産業研究センター・林賢紀

Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2015/20151021.html
http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/
http://japanlinkcenter.org/top/
http://www.iugonet.org/
http://www.nii.ac.jp/dsc/idr/
E1531