E1674 – 古音源の保存と活用に関する国際シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.281 2015.05.21

 

 E1674

古音源の保存と活用に関する国際シンポジウム<報告>

 

 明治期に録音された雅楽より,現在演奏されている雅楽はテンポが緩やかなものであるという。当時の録音メディアの収録時間の限界が一因であるとしても,どうやら明治期には,今よりも速いテンポで雅楽が演奏されていたらしい。

 そんな仮説を神戸大学の寺内直子教授は示し,古音源という「音」の文化資源に着目し研究することの興味深さを語った。2015年3月20日に神戸大学国際文化学研究科で開催された「私たちは何を録音してきたのか~古音源の保存と活用~」のイントロダクションにおいてである。

 寺内氏は,古音源について,録音技術の歴史,録音物の使用目的,コレクションの来歴,保存,公開の手段といった切り口を挙げたが,近年急速にデジタル化が進む中で,特に公開の手段に変化が見られるという。その一例として,日本およびフランスから報告が行われた。

 国立国会図書館(NDL)からは筆者が,SPレコードをデジタル化した「歴史的音源」(E1186参照)について報告した。「歴史的音盤アーカイブ推進協議会(HiRAC)」が,日本の主要なレコード会社等に残存していたSPレコードやその金属原盤等について行い,NDLがデジタル化音源を収集したものである。1,100点の音源をインターネット上で公開しており,約5万点の全音源は,NDLおよび配信提供参加館の館内で聴くことができる。米国オハイオ州立大学図書館では日本研究の教員や学生に利用されており,再生することで摩耗する原盤とは異なり管理・利用が容易であること,音源の豊富さが評価されている。

 日本伝統文化振興財団会長の藤本草氏は,HiRAC設立の経緯を報告し,「歴史的音源」のようなアーカイブは邦楽の伝承といった観点からも重要である,と指摘した。

 フランス国立図書館(BnF)からは,視聴覚部音響資料課長のコルドレクス(Pascal Cordereix)氏による,同館の録音資料についての報告があった。フランスには録音映像資料の法定納本(dépôt légal)の窓口として,三大機関があるという。第1はBnFで,フランスで上映可能な映像・マルチメディアを含むすべての視聴覚作品を保存している(ただし,次の2機関分を除く)。第2の国立視聴覚研究所(INA)はラジオ・テレビで放映されたもの,第3の国立映画センター(CNC)は映画館で上映されたものを保存する。

 現在,BnFでは約100万点の録音資料を所蔵している。2000年以降,視聴覚部の保存計画で危険な状態とされたシリンダー(蝋管,セルロイド),アセテート盤,磁気テープ,カセットテープ,CDのうち,38万5,000点がデジタル化された。この保存計画とは別に,配信を目的として,SPレコード4,000点のデジタル化が並行して進められ,Gallicaで自由に聴くことができるようになっている。

 コルドレクス氏によれば,こういった共有の文化遺産がフランスの文化的アイデンティティの一部を成し,またそれを生み出すものであるとの考えに基づき,文化政策上,最大限自由な利用が重視されている。欧州のレベルでは,二次利用を促進するために,商業的手法も含めてより「リベラル」なアプローチが念頭に置かれているという。BnFでも,Believe digital社という民間企業とパートナーシップを締結し,2013年から14年にかけてLPレコード4万6,000点のデジタル化を行った。YouTube等の商業プラットフォームで“BnF Collection sonore”の商標を用いて配信している。

 BnFは,音源コレクションの価値を高めるためには単独で活動するべきではないと考えており,“Europeana Sounds”に参加し,欧州12か国24機関と提携,100万点以上の音源にアクセスできる共同インターフェースを展開しようとしている。

 フランスの東アジア文明研究センター(CRCAO)からは鈴木聖子氏が報告を行い,フランスにおける日本関連の歴史的録音資料の存在と「世界主義的な収集」に言及し,それは「フランスが世界の音に関心を持ち続けた結果」である,とした。

 このほか,京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターの大西秀紀氏は,同センターの「SPレコードデジタルアーカイブ」で,音楽学者・田辺尚雄氏旧蔵分を中心に531点の音源を公開していることを報告した。雅楽の「平安朝音楽レコード」等,貴重な音源が多い。

 デジタル音源だけではアーカイブとは言えない,原盤や再生機器等,当時の音の環境まで残して初めてアーカイブである,と指摘されることもあるが,鈴木氏によれば,アクセスの容易さというデジタルの利点は,近年,録音資料の研究環境を激変させたという。

 面白いことに,2008年にBnFはGallica上で録音資料のコレクション(Enregistrements sonores)を開設したが,2011年には米国議会図書館の“National Jukebox”,NDLの「歴史的音源」の公開,続く2012年には英国図書館の“British Library Sounds”,そして2013年にはラトビア国立図書館の“Latvia’s historical sound recordings”やインドの“Archive of Indian Music”と,まるで示し合わせたかのようにデジタル化音源のサウンド・アーカイブの公開が相次いでいる。

 Europeana Soundsでは,2017年に予定されている新たなインターフェースの開設に向けてプロジェクトが進展しており,各国でこうした機運が高まっていると言えるだろう。

関西館電子図書館課・奥村さやか

Ref:
http://web.cla.kobe-u.ac.jp/group/Promis/event/20150320.html
http://rekion.dl.ndl.go.jp/
http://library.osu.edu/blogs/japanese/author/camc/
http://gallica.bnf.fr/html/enregistrements-sonores/fonds-sonores
http://www.europeanasounds.eu/about
http://neptune.kcua.ac.jp/cgi-bin/kyogei/index_sp.cgi
E1186