E1664 – シンポジウム「図書館の音と学び」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.279 2015.04.09

 

 E1664

 シンポジウム「図書館の音と学び」<報告>

 

 2015年3月15日,筑波大学知的コミュニティ基盤研究センターは,シンポジ ウム「図書館の音と学び」を開催した。筑波大学寺澤洋子氏(音響情報学)の呼びかけで,図書館実務者,利用者,研究者が50名ほど集い,分野横断的な議論を行った。図書館の役割の変容を見据え「学びのメディアとしての音と声」と「学びを養う環境としての図書館」という現代的な視点から,図書館音響の課題を検討した。本稿では当日の流れを報告する。

○ライトニングトーク
 筑波大学三森弘氏による,「議論のための空間デザイン」では,心地の良い環境の提供という意味で音環境を重要な要素であるとした。千葉大学・武蔵野プレイス等の事例を通し,場所の持つ意味として,「ザワメキ」,「セレンディピティ」の二つを挙げ,心地よい空間には適度な「ザワメキ感」,「見る見られる関係(気配)」を感じさせる空間的仕掛けが必要であると指摘された。

 小野測器の石田康二氏による「音環境デザインと場の形成」では,図書館建築の音響設計は,個人学習のための静かな音環境を前提としていることが示された。一方で,図書館の機能や使用目的が複数人での学びの場として変容してきており,その音環境は自ずと賑やかになるという。「静か」と「賑やか」の対立軸ではなく,人々と空間の関係性“sense of place”によって生み出される「場所」を基本に,その場に相応しい音環境の検討が必要であると提案された。

 筑波大学の松原正樹氏による「対話から生まれる学び」では,対話には相手を理解するための営みという側面があり,相手の視点を取り入れて新たな考え方を獲得する学び,意見の違いから無意識であった自分自身の考えを認識する学びという二種類の学びがある,と指摘された。図書館では,静寂な環境と豊富な資料とともに後者の学びが行われることが多かったが,近年,対話が可能なスペースを設ける図書館が増えていることから,対話で二つの学びの相互作用が可能となり,図書館が学びの場としてさらに発展することへの期待が示された。

○招待講演
 岡田新一設計事務所の柳瀬寛夫氏からは,「生涯学習と図書館建築」と題する講演があった。設計に際しては,建築空間で起こりうる様々な現象を“よみ”,より望ましい現象を生み出すように,その“よみ”を空間構成,仕上げや家具のデザインに反映することを心がけるという。図書館の設計においては,音の一般的特性や図書館内で発生する音源の種類や頻度などの把握を前提とし,「快」と感じる音と「障」と受け止める音との区別は,人や状況,その時々の心理により揺れ動くことに配慮すべきであるという。また,「快」と「障」の間にある音について,「障」の率を減らすきっかけが,事例を通して提供された。

 同志社大学の岡部晋典からは,「学びの空間の声」と題して同志社大学ラーニング・コモンズ(LC)の取り組みを紹介した。日本最大級とされる同大学LCのコンセプトは「知的欲望開発空間」である。LCの空間設計等の実際を把握できるよう,導入として動画を放映した。次に,現在の高等教育の潮流の中で,学び合う場の必要性が深く論じられていることを,2012年の中央教育審議会で提示された『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて』と絡めて紹介し,LCの必要性を指摘した。最後に,「騒がしい」のみにならない「賑やか」な学びの場を運営する工夫や,利用者からのLCへの好意的な反響を紹介した。

○基調講演
 筑波大学の吉田右子からは「賑やかな図書館と発見の喜び」と題した講演を行った。1970年代から1980年代にかけてデンマークの公共図書館は静寂の場から利用者同士が会話を交わす空間へと変わり,現在では図書館が静かな空間だと思う利用者はほとんどいない。デンマークの図書館は宿題支援,多文化交流,IT講習会,政治家との対話集会など会話が必要なプログラムを提供し,静寂を求める少数の利用者にはサイレントゾーンを用意している。公共図書館はメディアを通じて自身と対話し,他者と会話しながらコミュニケーションを通じて文化と情報を共有する空間であり,図書館がその本領を発揮するには図書館内での自由な会話が「必要」であると指摘した。

○パネルディスカッション
 参加者が記入した質問票からは,公共図書館を中心として音に対するクレームが多く存在し,その対処に苦労していることが伺えた。それに対し,建築家や音響研究者から,音の周波数特性等を活かして騒音をコントロールする手法等が紹介された。また,図書館の音の問題は,図書館のみで扱うべきではなく,社会的問題ではないかという意見が示された。

 最後に,図書館で音を味方につけることで,どのような幸せなことが起こるだろうか,と司会から問題提起が行われた。これに対し,子供が幸せになる,人々が作業を行いやすくなる,静かな場所と騒がしい場所が両方あることで場所としての幅が広がる,ものを語ることでコミュニケーションの場が立ち上がってくる,現代の学びには音は必要不可欠となりつつある,といった意見が提出され,パネルディスカッションは締めくくられた。

筑波大学・吉田右子
同志社大学・岡部晋典

Ref:
http://slis.tsukuba.ac.jp/lspc/events/libsound15.html