CA813 – ハロン消火剤と環境問題 / 青木美恵

カレントアウェアネス
No.154 1992.06.20


CA813

ハロン消火剤と環境問題

貴重な資料を所蔵している図書館,美術館などにとって,火災は最も恐ろしいものであり,消火設備の選択は重要なことである。従来のスプリンクラーによる消火では,水とその後のかびなどにより甚大な被害をこうむることが多かった。このような,消火による資料の被害を少なくするため,泡,粉末,ガスなど様々な消火剤が開発されてきた。最近では,より性能の優れたハロンが消火剤の主流を占めるようになった。

ハロンは炭素とフッ素と臭素の化合物の総称で,フロンの一種である。消火剤として使用されたハロンは種々あるが,現在では,毒性が少ないことから,ハロン1301(以後ハロンと略す)が最も多く使われている。ハロンは1950年に米国で商品化されたもので,日本では1974年に消火設備に使用が認められるようになった。毒性については,濃度が10%を越すと,眠気,軽い頭痛などを起こすが,それは一時的なもので,後遺症が残ることはない。普通,消火用ハロンガスは,濃度が5-7%になるよう設定されているので,短時間ではハロンガスを吸ってもほとんど影響はなく,窒息の心配もない。また,不活性で腐食性がないため,長時間保存ができ,消火後の二次損傷がほとんど無い。さらに,絶縁性が高いため,電源を切れない場合の火災にも使用できる。

ハロン消火設備は,室内に張り巡らされたパイプ,それに繋がるガス貯蔵ボンベ,熱センサー,煙探知器などからなる。熱センサーや煙探知器が異常を感知すると,ボンベ内の圧縮されたハロンガスがパイプを通り,適当な間隔で取り付けられたノズルから,噴出するようになっている。煙探知器の誤作動を防いだり,必要に応じ,手動に切り替えられる装置もついている。なお,日本では法令上,ハロン設備は,人が火災を確認してから作動させる,手動式起動方式を原則としている。

ハロンシステムの欠点としては,1)室内のドアが確実に閉められ,密閉されていないと,ハロンガスの濃度が低くなり,消火ができないこと,2)ハロンガスは,炎の消火には非常に有効だが,深部の火災や,燻った火にたいしては,効果が小さいこと,3)設備や管理にお金がかかることなどである。

しかし,なにより最大の欠点は,ハロンのオゾン層破壊力が大きいことである。フロン洗浄剤に較べ,使用量は少ないものの破壊力が大きいため,無視できないものとなっている。そのため,1990年6月の第2回「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」締約国会議において,特定ハロン(ハロン1301ほか2種)の規制が強化され,1992年1月から規制に入り,以後段階的に削減し,2000年までに生産・使用共全面禁止することとなった。最近では,オゾン層破壊がより深刻化しているため,全廃時期を2000年から,95-97年に早めるという動きもでている。

現在,各国でハロンに替わる消火剤が研究されているが,決定的なものが無いため,「必要不可欠な分野における使用(エッセンシャル・ユース)」のための少量のハロンは,全面禁止の例外として残されることになっている。代替消火剤としては,ハロンと同等かそれ以上の消火能力を持ち,環境に害が無く,また毒性が少なく,なおかつ,現在の設備がそのまま使えるようなものが期待されている。

青木美恵(あおきみえ)

Ref: Pacey, Antony. Halon gas and library fire prevention. Can. Lib. J. 48 (1) 33-36, 1991
石川延男監修 特定フロン・クロロカーボン代替品開発の現状とその方向 化学工業日報社 1990 211p
朝日新聞 1992.2.7