CA762 – グラスノスチがもたらしたもの / 岩澤聡

カレントアウェアネス
No.145 1991.09.20


CA762

グラスノスチがもたらしたもの

ここ数年のソ連・東欧の出版界の混沌状況は,アメリカの図書館に直接影響を及ぼしている。出版物の価格の高騰,伝統的な流通ルートの混乱,書誌コントロールの欠落により,出版物の入手が困難になってきている。

グラスノスチ以前,ソ連における情報伝達の基本原則は,「集合的宣伝機関,労働大衆の組織者」というレーニンの出版概念に基づくものであった。革命後,私有の印刷所は国家所有に移され,出版事業は共産党に支配された。グラブリトと呼ばれる検閲機構が存在し,出版物に対する徹底した管理が制度化された。あらゆる新聞・雑誌は,特定の機関・団体に従属し,あらゆる組織に共産党が浸透していた。また,各出版所は,国家の承認を得るために『出版計画』を提出することを要求され,その上で印刷設備,用紙が割り当てられ,印刷部数が決定された。一方で,国家は,出版,流通,書誌編集に巨額の補助金を拠出し,それによって出版物の価格は低く抑えられていた。

ソ連で確立されていた,このような出版物の生産・流通システムに西側の図書館は十分に対応してきたといえる。出版物の輸出入公団であるメジュクニーガ(Mezhdunarodnaia Kniga)は,ソ連の出版物の国外販売権を独占し,国外で購入できる出版物は,メジュクニーガが刊行する出版予定図書目録Novye Knigiおよび新聞・雑誌目録Gazety i Zhurnaly SSSRに掲載されたものに限られていた。西側の図書館はもっぱらこのメジュクニーガと取引する書籍商を通じて,ソ連・東欧の資料を購入してきたのである。

1985年,ゴルバチョフ書記長の登場でソ連の出版界に新時代が開かれた。彼が導入したグラスノスチは,当初,出版の自由化の到来を告げるものではなかったが,ソ連の新聞・雑誌,その他の出版物は,こぞって,それまでタブーとされていた情報を公表しはじめた。以後,600タイトルに近い非公式の定期刊行物が発刊され,多様な政治的,社会的,文化的,民族的意見を代表した。一方で公式の刊行物も,政治的に分極化を始めるとともに,あるものは廃刊となり,あるものは飛躍的に部数を伸ばした。本来,旧勢力との闘争の手段としてゴルバチョフが企図したグラスノスチは,結局雪ダルマ効果を見せ,1990年8月1日,「反検閲法」(「新聞法」あるいは「出版法」とも呼ばれる。正式名称は「新聞雑誌その他のマスメディアに関する法律」)が発効した時には,ソ連邦は事実上すでに出版の自由を謳歌していたのである。

ところで,この出版の自由を守るためには,独立採算のもとでの出版流通業の発展が前提となるが,現実に,出版事業への補助金は打切られる方向にあり,ソ連の出版流通界は自由企業化を迫られている。しかも,出版所が独立採算に移行するために奮闘している間にも,諸経費は急騰していく。最近までソ連に対して紙の主要輸出国であったフィンランドが,代金未払いのために供給を停止したところ,ソ連国内での紙の値段は三倍にはねあがったという。

コストに見合うようにと,各出版所は,高い需要が見込まれる,以前禁止されていた作家の著作を盛んに出版し始めた。これらの本の価格は市場価値を反映してさらに高騰していく。一方,主要な新聞・雑誌の購読料は1991年に二倍から三倍になった。例えば,1990年9月にソ連作家同盟からの独立を宣言した『文学新聞』の場合,諸経費の値上がりに加えて,同盟からオフィスの使用料として利益の30%を要求され,購読料を二倍にせざるを得なくなった。

1991年1月には,輸出出版物に対するソ連政府の補助金が停止されたために,国外からの購読料は日刊新聞の場合で二倍にまで値上がりした。ただし,ソ連国内における新聞・雑誌の1991年の購読料が二倍三倍に跳ね上がったのに対し,メジュクニーガによるドル建て輸出価格は平均14%の値上がりに抑えられている。それでなお,出版物の外貨による価格は,国内価格に比べはるかに高い。

出版物の流通システムおよび書誌コントロールもまた,混乱に陥っている。アメリカの図書館員たちは,ソ連・東欧の出版物の選書ツールとして主にメジュクニーガのカタログを活用してきたが,ソ連の出版物の多くがもはやNovye Knigiや各出版所の『出版計画』に収載されていない。出版コーペラチフや西側出版社との合弁事業による出版物についての情報は,さらに乏しい。以前は「非公式」と呼ばれ,1990年8月1日以後「独立系」と呼ばれるようになった数多くの新聞・雑誌についても事情は同じである。これらの多くが,1991年のメジュクニーガの新聞・雑誌カタログから落ちているために,取次店を通じて予約購入することが不可能な状況である。

さらに悲観的なことは,西側の取次店がこうした混乱状況に耐えられなくなってきていることである。1991年2月,125年の伝統を持つフランスの書籍商“Les Livres Etrangers”(スラブ・東欧圏出版物を扱い,フランス,イギリス,オーストラリア,南アフリカ,アメリカの需要の多くを充たしていた)が廃業に追い込まれた。

アメリカ国内のスラブ・東欧圏コレクションの大部分は学術図書館に集中しており,不運なことにこれらの図書館の多くが予算の削減に直面しているという。出版物価格の上昇分を補填し,以前には入手不能であった資料や自由出版物を購入し,新しい流通ルートや選書ツールを探し出すために,今こそ大きな予算の注入が必要とされているのだが……。

岩澤 聡(いわさわさとし)

Ref: Zilper, Nadia. The consequences of Glasnost. Lib. J. 116 (9) 44-49, 1991