CA2104 – 剣淵町における「絵本の里」づくりの取り組み / 鈴木千尋, 長谷川奨

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カレントアウェアネス
No.369 2026年9月20日

 

CA2104

 

剣淵町における「絵本の里」づくりの取り組み

剣淵町教育委員会教育課絵本の館管理係:鈴木千尋(すずきちひろ)*
剣淵町総務課:長谷川奨(はせがわしょう)†

 

 剣淵町(1)は、北海道の北部に位置する、人口約2,700人の町で、40年近くにわたって絵本によるまちづくりに取り組んでいる。2025(令和7)年9月には、全国初となる絵本を通じたまちづくり条例「つなぐ、ひろげる剣淵町絵本の里づくり条例」(2)を制定し、2026(令和8)年4月に施行した。本稿では、剣淵町における絵本を通したまちづくりのこれまでの取り組みと条例制定の経緯等について紹介する。

 

1. 「絵本の里」づくりに向けた取り組み

1.1 「絵本の里」づくりの始まり

 剣淵町の「絵本の里」づくりの始まりは、1988(昭和63)年にさかのぼる。折しも日本がバブル経済に沸いていた時代のことである。きっかけは、その年に開催された2つの講演会であった。

 当時の剣渕商工会青年部主催のまちづくり講演会に招かれた士別市(北海道)在住の銅版画家・小池暢子氏は、講演会で「欧州では小さな町でも自分たちの文化を守り育てている。」と紹介し、のどかな田舎の町である剣淵らしい、バブルに踊らされない「文化のまち」としての歩みを提案した。

 この言葉に感銘を受けた町の青年たちは小池氏に文化のまちづくりの進め方を相談する中で、児童図書編集長であった松居友氏を紹介された。

 同年3月に剣淵町を訪れた松居氏は、欧州では絵本原画が美術品として扱われていることを紹介しながら、剣淵町の風景はフランスやドイツの田園に似ていることに触れた。その上で「絵本の持つ自然や生命を大切にする心を持った人たちが暮らす剣淵に絵本原画の美術館ができたらどんなに素晴らしいことか。そうすれば、絵本を通して世界中の人々との交流が生まれるはず。」と語った。

 そしてこの絵本原画美術館構想が同年5月の松居氏を招いた公民館講座(第1部「すばらしい絵本の世界」、第2部「絵本を使ったまちづくり」)の開催につながり、絵本の里づくりの原点となった。

1.2 「けんぶち絵本の里を創ろう会」結成とその活動

 「文化のまちづくり」と「絵本原画美術館」――講師2人からの助言に触発された町の青年たちは「剣淵をこころ豊かな絵本のふるさとにしよう」と立ち上がり、早くも松居氏の講演の翌月には14人の発起人により「けんぶち絵本の里を創ろう会」(3)(以下「創ろう会」)が設立された。「絵本の里」は行政主導ではなく、剣淵町に暮らす人たちの「町を絵本で元気にしよう」という自発的な意志から生まれたのであった。

 「創ろう会」は結成同年に初めての原画展となる小池氏とポーランドの版画家・クリスティーナ・ヒエロフスカ氏による「国際交流版画二人展」を開催した。翌1989(平成元)年には「北海道絵本の里冬の絵本原画展」と27か国60余名の絵本原画作品を集めた「けんぶち国際絵本原画展」(第1回けんぶち絵本原画展)を開催した。「けんぶち国際絵本原画展」は12日間で3,500人が来場するという大盛況で、多くの町民を絵本の世界に引き込んだ。

 この成功を足がかりに、「創ろう会」の活動は原画展にとどまらず、町内巡回文庫や読み聞かせ、絵本作家を招聘したイベント開催へと広がっていく。ピーク時の会員数は300人を超えた。こうした活動の広がりを支えるため、剣淵町では「ふるさと創生事業」による交付金1億円の半額5,000万円を活用することを決定し、1991(平成3)年に旧役場庁舎を改修し、1万冊の絵本を備えた「剣淵町絵本の館」(以下「絵本の館」)が開館した(4)。同年、来館者の投票で大賞を決める「けんぶち絵本の里大賞」(5)もスタートした。

 絵本の館は2004(平成16)年に現在地へ新築移転し、絵本図書館・絵本美術館・子育て支援・絵本のまちづくりの拠点の4機能を一体化した「絵本の里」剣淵町を象徴する複合施設となっている。

 絵本の里づくりの草創期に特徴的だったのは、行政があえて前に出なかった点である。当時の町長は「行政が主導すると民力が死滅し活力を失う」と語っており、「絵本」を活かしたまちづくりには出版社や画家・作家との密接な関係を要すると同時に、「絵本」への思いは人それぞれ異にすることから、町民主導で自由度が高い方が良いという考えのもとで支援に徹する方針を一貫して守った。

 町側の支援体制と、時に町民から「絵本で飯が食えるのか」と厳しい意見を受けながらも地道に活動を続けた「創ろう会」の取り組み。その両輪があったからこそ、絵本の里づくりの活動は着実に根を張っていった。やがて障がい者福祉施設との連携や、安全な農産物づくりを進める農業者とのつながりへと自然に広がり、現在の「絵本と福祉と農業のまち」の土台となっていった。

1.3 「絵本の里」としての取り組み

 今日の絵本の里の取り組みで特徴的なのは、絵本に触れる機会を日常の暮らしの中に根付かせている点である。絵本の館では、絵本に関する事業は単発の催しではなく年間を通じた継続的な取り組みとして実施しており、読み聞かせを中心とした絵本体験活動、公共施設や商店に絵本を配本するマチナカ文庫、赤ちゃんが生まれた家庭への出産記念品「君の椅子」(6)贈呈と連携したブックスタートや、町内在住の小学生未満の乳幼児に1年に1冊絵本をプレゼントする「ぷっちーなブック」事業、約550冊の絵本を積んだトラックが町内外の施設やイベントを訪問するキャラバンカー事業などに取り組んでいる。特に「創ろう会」が主催し全道179市町村の子どもたちに絵本を届ける取り組み「エホンキャラバン179」はこれまで道内21市町村をキャラバンカーで訪問し、各地に直接絵本の楽しさを届けている。

 絵本の里づくりの黎明期から核となってきたのが、毎年8月から9月に開催される「けんぶち絵本の里大賞」と絵本原画展である。1991年に始まったこの賞は、専門家ではなく来館者のひとりひとりが審査員となってお気に入りの絵本に投票し、得票数で受賞作を決めるという参加型の選定方法を開始当初から守り続けている。2025年度の第35回では、6,578人が訪れた。応募271作品に対し2,421人が投票し、総投票数は1万1,599票にのぼった。

 絵本の館は2025年度末時点で蔵書約7万8,000冊を有し、そのうちの過半数を絵本が占めている。建物は中央に中庭のあるドーナツ型で絵本図書館と絵本美術館が一体となっており、大人も子どもも靴を脱いでくつろげる空間は訪れた人に家の中にいるような安心感を与える。また、絵本閲覧室内の「たまごのへや」に設置された約10万個の木の玉が入った「木の砂場」や、閲覧室中央に設置された木製のおままごと遊具「ごっこハウス」などにも象徴されるように、子どもの遊ぶ声・笑い声が自然と聞こえてくる“静寂を求めない図書館”というコンセプトが館内の随所にあらわれている。

 2006(平成18)年に開業した道の駅「絵本の里けんぶち」にも絵本コーナーや木の砂場を備えており、文化拠点である絵本の館と、観光交流拠点である道の駅が互いを補い合うことで、訪れる人が町の中の複数の場所で「絵本の里らしさ」を体感できるようになっている。

 こうした取り組みのひとつの到達点が、2025年9月の町議会定例会で制定され、2026年4月1日に施行された「つなぐ、ひろげる剣淵町絵本の里づくり条例」である。町はこれを全国初の「絵本を通じたまちづくり条例」と位置づけ、「けんぶち絵本の里大賞」来館者投票の初日である8月1日を「絵本の里けんぶちの日」と定めた。

 

2. 「絵本の里づくり条例」の制定の経緯とその後の取り組み

2.1 条例制定の経緯

 本条例の制定に至ったきっかけは、2024年6月に開会された第2回剣淵町議会定例会においてなされた、議員からの一般質問である。具体的には、「全国の自治体の中では様々な個性的な条例があるようだが、剣淵町においても絵本の里づくりを進めている中で、剣淵町としての指針を条例化することは如何か。今さらながらの感もあるが、絵本の館新築20周年の節目の年でもあり、個性的な条例を制定することにより、全国に向けて剣淵の名前を再発信し、注目を集めると思うが町長の考えを伺う。」という質問であった。これに対し、当時の町長・早坂純夫氏が「特色を生かした絵本の里づくりを柱とした、実用かつインパクト効果のあるものを検討していく。」と答弁したのが制定に向けたきっかけとなった。

 「絵本の里づくり」を条例にした場合、地方公共団体の区域内で適用されるルールになることや、総合計画との関係性には特に注意が必要であった。また、条例案づくりや総合計画を担当する総務課、住民主体で活動する「創ろう会」、絵本の館を維持・管理する教育委員会など、関係する様々な部署が存在し、意見交換、協議、確認作業などで議会への条例提案まで時間を要した。本節では、条例案づくりを担当した剣淵町総務課の、条例制定に至るまでの対応を紹介する。

 まず、最初に取りかかったのは、絵本の里づくり事業を主体的に推進してきた「創ろう会」との意見交換である。意見交換は3回実施し、町からは条例制定の検討に至る経緯、条例の定義、条例の目的、条例の内容などを説明し、「創ろう会」からは今まで取り組んできたことの聞き取りを行った。意見交換では、絵本の里づくりの背景、聖地化や次世代への継承などのキーワード、記念日の設定、議会や町民の役割・関与など様々な意見が寄せられた。寄せられた意見の中で特徴的であった内容については、制定の背景、基本理念、決意、政策意図等を述べる「前文」で強調することにした。

 次に、町内各団体の代表者で構成する剣淵町まちづくり町民会議において、条例草案を基に意見交換を行った。委員からは題名についての意見があり、参考となる助言を得た。

 最後に、剣淵町議会に対し説明を行った。条例の制定には十分な事前説明、協議等が必要となることから、剣淵町議会の議員協議会を6月と9月に開催してもらい、議員からは、絵本の里づくりの魅力化や関係人口の増加につながる施策、条例施行に伴う必要な予算計上の考えなど、心強い助言を得ることができた。

 「創ろう会」との意見交換や剣淵町議会などからの助言を参考に、最終的に町長の確認を経て、2025年9月の第3回剣淵町議会定例会に「つなぐ、ひろげる剣淵町絵本の里づくり条例」を提案し、起立多数で可決された。

 施行年月日については、2026年4月1日とすることで約半年間の時間的猶予が生まれ、町内外への周知及び取り組むべき事業の検討ができ、特に役場組織には大きな効果があったものと考える。

2.2 条例制定後の取り組みと今後の展望

 2026年度になり、条例第1条(目的)に規定されているふるさとへの愛着の醸成や絵本の聖地としての知名度向上に重点的に取り組むため、北海道科学大学の梶谷ゼミとの協働プロジェクト「剣淵町を絵本の聖地へ」をスタートさせた。内容は、絵本の里という地域文化資源を活用したまちづくりを大学生とともに実践するものである。1年目に町民との関係構築、イベントへの参画、課題整理と提案の検討などを行い、2年目には具体的なアイデアの実現に向けた展開を計画する。

 協働プロジェクト以外にも、条例第10条に規定する「絵本の里けんぶちの日」について、一般社団法人日本記念日協会に8月1日で記念日登録したほか、町内イベントの名称に「絵本の里けんぶち」と表示、懸垂幕を作成し庁舎に掲示、絵本の里けんぶちの日ポロシャツの着用など、徐々に事業を展開している。

 今後、絵本の里けんぶちとしてのまちづくりを推進するため、持続可能性の高い取り組みを積極的に展開することで、絵本の里づくりを誇りある地域文化の象徴として次の世代につなげていくこと、そして、剣淵町を訪れ、応援してくれる人を増やし、まちの活力と楽しさをひろげていくことを目指す。

 

*第1章を担当
†第2章を担当

 

(1)絵本の里けんぶち.
https://www.town.kembuchi.hokkaido.jp/, (参照 2026-05-13).

(2)つなぐ、ひろげる剣淵町絵本の里づくり条例を制定しました!. 剣淵町.
https://www.town.kembuchi.hokkaido.jp/wp-content/uploads/58f46018e055f5905bac961ab7d8b945.pdf, (参照 2026-05-13).
“つなぐ、ひろげる剣淵町絵本の里づくり条例”. 例規集データベース.
http://houmu.h-chosonkai.gr.jp/~reikidb/data/75/51/H507901010020/H507901010020.html, (参照 2026-05-13).

(3)“けんぶち絵本の里を創ろう会・絵本の館のあゆみ”. 剣淵町絵本の館.
https://ehon-yakata.com/whats/history/, (参照 2026-05-13).

(4)剣淵絵本の館.
https://ehon-yakata.com/, (参照 2026-05-13).
公設公営の施設で、絵本の館の施設設備の管理運営といったハード事業を行政(町)が担い、絵本の里大賞等のイベントや絵本作家との交流といったソフト事業を「創ろう会」をはじめとした民間団体と協働で実施している。

(5)“けんぶち絵本の里大賞 概要”. 剣淵絵本の館.
https://ehon-yakata.com/prize/, (参照 2026-05-13).

(6)“君の椅子”. 剣淵町.
https://www.town.kembuchi.hokkaido.jp/about-kembuchi/%E5%90%9B%E3%81%AE%E6%A4%85%E5%AD%90/, (参照 2026-05-13).

[受理:2026-08-06]

 


鈴木千尋, 長谷川奨. 剣淵町における「絵本の里」づくりの取り組み. カレントアウェアネス. 2026, (369), CA2104, p. 2-4.
https://current.ndl.go.jp/ca2104
DOI:
https://doi.org/10.11501/14990392


Suzuki Chihiro, Hasegawa Sho
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