CA1879 – 山梨県立図書館の取組み―地元書店と連携した読書活動促進事業― / 齊藤 秀

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カレントアウェアネス
No.329 2016年9月20日

 

CA1879

 

 

山梨県立図書館の取組み―地元書店と連携した読書活動促進事業―

前山梨県立図書館副館長:齊藤 秀(さいとう すぐる)

 

はじめに

 山梨県立図書館は、「山梨県民図書館の構築」を目指して、6つの基本コンセプトを掲げ、2012年11月11日、甲府駅北口に移転、新築オープンした。図書館は本来、本と人を結びつける施設であるとともに、知識を通して人と人を結びつけ、交流を促す施設でもある。そこで、当館は、図書館の資料やサービスを提供するだけでなく、図書館を訪れた人々が互いの情報を交換し、思いがけない出会いや交流によって新たな情報を生み出すことのできる知的・文化的拠点を目指している(1)

 

阿刀田館長の就任と「やまなし読書活動促進事業」

 新館開館に当たり、読書や図書館運営に関する豊かな見識と優れたリーダーシップを持った館長が必要だということになった。国立国会図書館勤務の経験もあり、読書や、文字・活字文化にも高い見識を持つ作家の阿刀田高氏に白羽の矢が立った。「読書活動や活字文化に携わってきた者の一人として、それを傍観しているのではなく、自分ができることをやっていきたいと考えて、引き受けることにした。」「出版業もまちの書店もたいへん厳しい時代に入っている。図書館もかつてのようにただ住民に本を貸していればいいという時代ではない。作家や出版社などの作り手側はもちろん、図書館の仕事に携わるすべての者が出版文化の将来に責任を持つべきだ。」と、何度か講演会等で発言されたことを筆者は印象深く憶えている。

 阿刀田氏が「本来無料で本を貸し出すという役割を持った図書館が、本を買いましょうという運動を唱えるのは問題があるかもしれない。しかし、地域の読書活動を推進し、情報を発信する中で地域の活性化を図ることは図書館の大きな使命であり、ぜひこの運動に取り組んでみたい。」という考えを述べ、「『やまなし本の日』を制定し、その日を中心として、地元の書店で本を購入し、親しい人に贈る習慣を定着させるような取組みをしたい。」という提案をしたのは、館長就任から約1年たった2013年秋のことである。その背景には、阿刀田館長が実際に県下の商店街を訪れた際、商店街に活気がなく、特に、書店が衰退していることを痛感したことがあるという。館長は、日頃から図書館にとって大事なものは、人、本、建物の順番だと公言していた。「施設がどれだけ立派でも、本がどれだけそろっていてもだめだ。図書館に関わるすべての人間が誇りと自信を持って仕事をしているかということだが、それ以上に一番問われるのは、その図書館のある地域の人々、つまり利用者の民度である。」と言ってはばからない。当時副館長であった筆者は、この事業の最終的な目標は、商品やサービスを享受するには対価が必要という社会の基本ルールを住民が認識する「民度の形成」(2)ということになるのであろうと理解した。

 「やまなし本の日」を県の条例で制定することは困難であったため結局制定は諦め、「やまなし読書活動促進事業」という形で、2014年度から県で取組む事業とした。県民の読書活動に対する理解を深めるために、本を贈る習慣の定着を図るイベントの開催等を行うという事業目的のために、初年度は、この事業のキャッチフレーズ(下図)、本を贈ったことにより他人と想いを共有することができたエピソード、後述する贈りたい本大賞の公募などのさまざまな募集事業を行った。同時にロゴマークも制定した。また、この事業を周知するためのパネルディスカッションや著名人の講演会、ビブリオバトル、本の市等のイベントを開催した(3)

 

図 キャッチコピーとロゴマーク

図 キャッチコピーとロゴマーク

 

書店との連携

 さまざまな事業が行われたが、当館が重視したのが、先に挙げた阿刀田館長の意向や、当館の6つのコンセプトの1つ「山梨の文化を支え、創造する図書館」から、地元の書店との連携であった。

 事業目的の本を贈るということでは、既に「サン・ジョルディの日」という本を贈る記念日(4月23日)があるが(4)、日本ではあまり定着していない。それは、本を贈られることに慣れていないこともあるが、この取組みが、どちらかというと本を購入するという点を重要視しており、図書館や関係団体等を巻き込んだ読書活動を推進する運動にはなっていないからだと筆者は考えた。これまで、図書館は営利とは遠いところにいて、図書館が書店と連携・協力するという発想はあまりなかったが、県全体で住民の読書活動を進めるこの事業の成功には、何よりも図書館と書店の協力が不可欠であろう。

 ただ、リニューアルオープン当時、近隣の書店からは、一緒に読書文化を振興していきたいという好意的な反応があった一方、売り上げへの影響等を不安視する意見もあった(5)

 そこで、2014年2月に甲府市内の何軒かの書店を筆者が訪問し、読書活動、当館、この事業等について、さまざまな意見を聞く機会を設けた。その結果、何よりコミュニケーションが不足していたとお互いに実感したのである。無料で貸すか、本を買ってもらうかという違いはあるが、「県民によい本を届けたい。読書活動を活発にしていきたい。」という思いは同じであり、そこを基本に置けば必ず協力し合えるという手応えを感じた。

 そこで、2014年8月、教育委員会社会教育課、当館、書店で構成される実行委員会(6)を立ち上げた。県内すべての書店に実行委員会への参加を求めた(7)結果、県内の7つの書店が協力に手を挙げた。当館を含む教育委員会が企画した事業に対して民間の活力を注入するとともに、将来にわたり、この事業の主体を官民連携のこの実行委員会が担っていく計画である。図書館と書店が参加するこの実行委員会で話し合われた内容を、当事業にどれだけ取り入れていくことができるのかは、事業の成功にとって大命題である。なお、発足3年目を迎えた現在の実行委員会には、これからの事業拡大、さまざまな連携を模索するために、県内の書店だけでなく、県外の出版社や出版取次も参加している。今後も、県内外の書店、出版社等との連携を促進し、また異業種との連携も行う中で、この事業を山梨県から発信し、全国展開をしていく考えである。

 

贈りたい本大賞・本と作者とワインと・やま読ラリー

 当事業のうち、当館が中心となって行っているのが、「贈りたい本大賞」である。どのような本を、どのような相手に贈りたいかを書いた150字以内の文章を募集するもので、2014年度は2,617点、2015年度は2,731点の応募があった。選考委員会は、山梨県教育長が委員長を務め、実行委員会委員長と実行委員各1名と当館から筆者含め2名が選考委員として参加し、大賞を選考した。贈りたい理由を重視しながらも、書店としてこの本を売りたいという意見を尊重しながら審査し、5点の最優秀賞を決定した(8)

 実行委員会が発案して行っている事業に、「本と作者とワインと」と「やま読ラリー」がある。当館では館長企画事業として、さまざまな著名人の講演会を行っている。折角の機会なので、講師とワインを傾けながら、親しく話をする機会を持とうというのが「本と作者とワインと」の趣旨で、2015年に、第1回として阿刀田館長を囲んで行い、その後、山梨県立文学館館長の三枝昻之氏、作家の北方謙三氏、神永学氏に参加いただいて実施した(9)。今後も定期的に開催していく予定である。また、「やま読ラリー」は、2016年度から開始したもので、当館の利用と参加書店の店舗での書籍購入でスタンプを集めると、オリジナルのしおりがもらえるというものである。オリジナルのしおりにはノーベル賞を受賞した大村智氏、作家の林真理子氏、神永学氏といった山梨県出身者の協力が得られ、3枚一組にしたものをプレゼントしている。現在、28店舗の参加があり、2016年8月31日まで実施している(10)

 このように、実行委員会が、当初想定していたとおり、民間の活力を発揮して、さまざまなアイデアを出し、積極的に活動している。

 

課題

 県の事業は、概ね3年で見直しがなされる。しかし、読書活動の成果は、それほど容易かつ短期間で出せるものではない。また、本の売り上げとこの事業の因果関係を実証する手段はなく、また、読書活動が盛んになったというような感覚的なものを、数字や言葉で説明することも難しい。そのためには、さまざまな取組みを行ってアウトプットするだけではなく、常にこの事業の根本にある読書活動の促進というアウトカムを意識して、事業の企画・運営をしなければならない。

 また、活動が展開するなかで、教育委員会が事務局、図書館がオブザーバーという色合いが強くなりつつあり、三者が一体となって活動するという当初の考え方が薄れているような感じがする。教育委員会、当館、書店が三位一体となって、連携・協力する体制をさらに強化していくためには、実行委員会が重要な意味合いを持ってくる。先述した、日本で「サン・ジョルディの日」が定着しなかった原因・理由を認識し、教育委員会、図書館は事務局的な姿勢に終始するべきではない。また、あくまでもこの事業の目的が読書活動の促進にあることを意識し、商業的な色合いが濃くなり過ぎないように実行委員会を導いていく必要がある。特に当館が、読書活動の旗振り役としてのイニシアティブを発揮して、この事業を牽引していかなければならないと考えている。

 その一方で、この事業が県民運動となり、民度の形成を図るためにも、マスコミを含めた県内のさまざまな業種の企業に参加を促す必要も感じている。実行委員会関係者の持つネットワークを活用し、この事業に賛同する企業に働きかけ、この事業の周知を含めた活動体制を構築していきたいと実行委員会では考えている。

 

(1)当館の詳細については以下のページや要覧を参照。
“図書館の紹介”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/index.html, (参照 2016-07-29).
“県立図書館“6つのコンセプト”ー基本的運営方針ー”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/concept.html, (参照 2016-07-29).
“平成28年度要覧”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/hakkou/yoran/H28yoran.pdf, (参照 2016-07-29).

(2)阿刀田館長の述べる「民度の形成」については、以下の記事を参照。
阿刀田高. 阿刀田高インタビュー 本と読書の曲がり角 : ふたたび図書館の現場から(第2回)高い民度を求めて.国立国会図書館月報.2014,(635), p.4-10.
http://doi.org/10.11501/8424694, (参照 2016-07-29).

(3)同事業については以下を参照のこと。なお、キャッチフレーズには「わたしと 本と あなたと」が選ばれた。
“やまなし読書活動促進事業 「わたしと 本と あなたと」”.山梨県.
http://www.pref.yamanashi.jp/shakaikyo/dokushosokushin/dokushosokushin.html,(参照 2016-07-29).
“やまなし読書活動促進事業”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/sokushin/index.html, (参照2016-07-29).

(4)“世界本の日 サン・ジョルディの日”.日本書店商業組合 連合会.
http://www.n-shoten.jp/santjordi.html, (参照 2016-07-12).
なお、4月23日は、子どもの読書活動の推進に関する法律(平成13年12月12日法律第154号)の第10条第2項で「子ども読書の日」と定められている。
“子どもの読書活動の推進に関する法律”. e-Gov.
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H13/H13HO154.html, (参照 2016-07-29).

(5)山梨県立図書館 地域との協働・連携欠かせず.文化通信. (4091), 2013-10-28.

(6)“やまなし読書活動促進事業-実行委員会”. Facebook.
https://www.facebook.com/pages/やまなし読書活動促進事業-実行委員会/1491262221098759, (参照 2016-07-29).

(7)山梨県教育庁社会教育課長. “やまなし読書活動促進事業に係る提案募集について(依頼)(教社第1278号)”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/sokushin/h26/jikkou-kyouryoku.pdf, (参照 2016-07-29).
“書店商業組合と連携した「やまなし読書活動」の促進について”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/sokushin/h26/teian.pdf, (参照 2016-07-29).

(8)各年度の受賞作品等については以下のページを参照。
“「贈りたい本大賞」の受賞作が決定しました!”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/oshirase/2015/02/post-104.html, (参照 2016-07-29).
“贈りたい本大賞”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/sokushin/h27.html#p4, (参照 2016-07-29).

(9)当日の様子等については以下のページを参照。
“「ワインと本と作者と」を開催しました”.山梨県立図書館.2015-02-14.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/oshirase/2015/02/27214.html, (参照 2016-07-29).
“「ワインと本と作者と」を開催しました”. 山梨県立図書館. 2015-07-19.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/oshirase/2015/07/post-132.html, (参照 2016-07-29).
“「ワインと本と作者と」第3回を開催します”. 山梨県立図書館. 2015-08-18.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/oshirase/2015/08/3.html, (参照 2016-07-29).

(10)“「やま読ラリー」に参加しませんか?”.山梨県立図書館.
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/oshirase/2016/05/post-161.html, (参照 2016-07-29).

 

[受理:2016-08-03]

 


齊藤秀. 山梨県立図書館の取組み―地元書店と連携した読書活動促進事業―. カレントアウェアネス. 2016, (329), CA1879, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1879
DOI:
http://doi.org/10.11501/10196260

Saito Suguru.
Promotion of Reading Activities in Cooperation with Local Bookstores at the Yamanashi Prefectural Library.